第11話 ちょっとヤバい女神様
「はえ? まだ人間を塩にしてるって?」
思わずすっとんきょうな声を上げ、梅はマジマジとメープルを見た。
とうの御仁はウンウンと小さく頷き、梅の出したゴーフレットを食べている。
間にジャムやバタークリームなどを挟んだ薄焼き煎餅は絶品で、メープルは眼に捕食者の輝きを宿した。
ぎらりと色を変えた彼女の瞳を無視して、梅は詳しく話を聞く。
それを眺める周りの人々。
剣呑に煌めく魔族の瞳に戦き、それを無視する梅の鈍さに溜め息をついた。
鈍い訳ではない。ただ無頓着で、細かいことはどうでも良いのだという梅の性格を考慮しても、戦慄を禁じ得ない周りの面々。
梅にとっての細かいことは、街にとっての大問題なことが多い。
はあぁぁっと深く息を吐き出し、サミュエルは二人の会話に耳を欹だてる。
パリパリと出された御菓子を食べながら、メープルは魔族の国の実情を語った。
「まあ、原因は勇者達ねぇ。彼等に一時とはいえ後れをとったのが我慢ならないのよぅ。人間らに塩を頼むより、人間らを塩にする方が溜飲が下がるのだわぁ」
うわあ.....っと歯茎を見せる梅。
分からなくはないが、えげつない。家畜に分を弁えさせるために見せしめするってか。
二度と歯向かわぬよう、徹底する。個人的に知ってる魔族がメープル達だけなので、魔族の本質を梅は知らないのだ。
梅の御菓子に餌付けされたメープルは、非常に友好的だ。さらにはトウガラシスプレーで死ぬような目に合わされているため、人間が侮れない生き物なのだとその身をもって理解していた。
しかし、そういった交流もない他の国々は、未だに魔族の脅威に怯えている。
それに抵抗し、一時でも恐怖を払拭出来るのが件の勇者達だというから悪循環も極まれり。
魔族への恐怖から勇者にすがり、勇者への憤怒から魔族が人間を襲う。延々と続くエンドレス。
あったま痛ぁ.....
一旦、どちらかが引かねば事態は収拾しない。
「ねぇねぇ、ウメっ! これ、美味しいっ!」
ぱあっと顔を輝かせて大福を頬張る魔族のお姫様。
こういう光景が世界中で日常にならないものかねぇ。
悩む頭を振り払い、梅もにかっと笑うと大福を頬張った。
考えたって仕方ねーべさ。アタシに出来るのはメンフィスの街を守るくらいだ。他所は他所。勝手にやってもらおう。
そう答えを出した梅だが、その夜、彼女は奇妙な夢を見た。
真っ暗な汚泥の中に座り込む誰か。その汚泥は、タールのように真っ黒で、まるで意思を持つかの如く不気味に蠢いている。
ヘドロに似た腐臭が漂い、そこに居るだけで気が滅入りそうだ。
蠢く汚泥が誰かの身体をなぞり、べちゃべちゃと四肢を汚していく。
べったりと張りついたソレを見つめ、座り込む誰かが呟いた。
《.....して》
『え?』
か細く消え入る呟きが聞き取れず、梅は思わず聞き返す。
《.....出して》
言うが早いか、その誰かは天を振り仰いで絶叫した。
《わたくしを、ここから出してぇぇぇっっ!!》
眼を見開き、喉が張り裂けんばかりの絶叫を上げる誰か。
絹糸のような金髪を振り乱すその人物に、梅は見覚えがあった。
『駄女神さんか?』
《.....誰?》
梅の声が聞こえたのか、汚泥まみれの女神は、虚ろな眼を宙にさ迷わせる。
苦渋に満ちたその瞳。濁り、光を失いかかっているソレを見て、梅は慌てた。
様子がおかしい。大丈夫なのだろうか。この空間は一体?
悲し、寂しが目に見えるように、しん.....っと静まり返った不気味な空間。
そんな場所で、膝まで汚泥浸かる女神様。その汚泥は八方からポタポタと滴り落ちている。
そんな真っ暗な空間に射しそむる一条の光。
神々しいその煌めきを見て、女神様が再び絶叫した。
《誰か.....っ、わたくしを、ここから出してぇぇぇっっ!》
あまりに悲痛で骨の髄まで沁みる慟哭。
「ふあっっ?!」
その声に背筋を凍らせて、梅はベッドに飛び起きた。
寝汗に濡れた己の額を拭い、呆然と天井を見上げる。
「今のは.....? いったい、何が起きて?」
ざわざわと全身を粟立たせ、梅は得体のしれない何かが起きている事を肌で感じ取った。
あの駄女神は何と言っていたか?
人間に知識と技術を与えてくれと..... それは多分、魔族との戦いで疲弊していたためだろう。
だが、他に何か言ってはいなかったか?
梅が暗闇へ墜ちていく寸前に。
《.....切実なのですよ》
そんな事を言っていたような気がする。
切実? もしやそれは、人間らのことではなく、女神様自身の事だったのだろうか。
あれがただの夢とは思えない。あんな夢を梅が見る理由はないはずだ。
何かを伝えようとしている? これが神託? だとしたら、えらく生々しすぎるが。
どちらにしろ梅だけでは答えが出せない。
翌日、梅はサミュエルに相談して教会を訪れた。
「それは..... 御神託といえましょう」
複雑そうに顔を歪め、教会の神父様は梅の説明する。
神託とは、基本、女神様から直に頂くものらしい。
それは声であったり、輝く御姿であったりと様々だが、何かを伝えに来るのは同じである。
「私も祈りの最中にお声を賜ったことがございます。夢にというのは初耳ですが、お姿とお声を頂いたのなら神託と呼んで差し支えはありますまい」
「梅は女神様が直に招いた客人なのだし、そういう事もあるんじゃないのか? 女神様はなんと仰っておられたのだい?」
心配そうな面持ちで尋ねてくるサミュエル。その横の神父様も真剣な顔で梅を凝視していた。
何と言ったものか。
まさか、あの駄女神が真っ黒な汚泥にまみれて、気が狂ったかのように絶叫していたなどと話せる訳がない。
少なくともこの世界で、あの女は高貴で尊い神なのだ。
うーんと唸りつつ、梅は差し障り無さげな部分だけ口にする。
「出してって。ここから出してって言ってたよ?」
途端にサミュエルと神父様は、ばっと顔を見合せた。
「.....やはり?」
「.....あの中におられるのですね、おいたわしい」
訳知り顔で項垂れる二人。
それを見て、梅はテーブルな身体を乗り出した。
「なんか知ってるんっ?」
しばらく重い沈黙が部屋に満ち、ゆるゆると顔を上げたサミュエルは、絶望的な光を眼に宿して呟いた。
「樹海の中心にある神殿。そこに女神様がおわすと聖典にはあるのです」
「魔族に樹海が支配され、女神様は神殿に閉じ込められているのだと..... 遥か昔から伝えられおりました」
なんと.....
憮然とする梅に、サミュエルらは教会にのみ伝わる口伝を語る。
その昔、女神様は自身の力を分け与えた魔族をお造りになられた。
その当時は狂暴な生き物が溢れ、跋扈する恐ろしい時代だったため、女神様は強き生き物をお造りになったのだ。
しかし、陸と海とに分かれた魔族らは、お互いを敵と認識し、血で血を洗う戦いを繰り広げ続け、追い詰められた陸の魔族は、あろうことか女神様の神殿を拠点として、海の魔族を退けたという。
さらにはそこに陸の魔族らが国を造り、聖域を穢されてしまった女神様は、神殿から出られなくなってしまったのだとか。
「各国に降された御神託を集めて総合したところ、そのような話になります」
「一番最近の御神託は、樹海を渡れる勇者らを招いたというもの。いずれ成長すれば陸の魔族の国をおとせるとのことで、大切に育てよと御神託があったそうです」
え? 育てる?
サミュエルの話に違和感を覚え、ちょちょっ? と、梅は口を挟んだ。
「育てるって何? メープルの話だと、すぐに戦いに駆り出されていたみたいだけど?」
そう。そのため魔族の逆鱗に触れ、この間の大襲撃があったのだ。
「そうなのです、どうやらオルドーラ王国は御神託に従わず、勇者らを戦いに赴かせたようなのです」
困惑げに首を傾げるサミュエル。
「こんな御時世です。有益な力を目の前にして、堪える事が出来なかったのでしょう」
深い嘆息とともに神父様も困ったような顔で呟いた。
あまりの馬鹿さ加減に唖然として二人を見つめる梅。
成長したら樹海を渡れるほどの強者となるはずだった勇者らを、使い回す捨て駒みたいに扱ったってか? しかも駄女神の神託を無視して?
あの時、駄女神認定した彼女が如何に切迫していたか。梅を騙し討ちしてまで、この世界に送った、あの女。
憤慨極まりなくはあるが、今思えば、それだけ必死だったのだろう。
夢の中のアイツは、今にも壊れてしまいそうに見えた。
なのに、そんな彼女の希望を使い潰そうとしたオルドーラ王国とやらに梅は怒り心頭。
なにより、あの時見た若者らが、窮地に晒されていると考えると、梅は腹の奥から憤怒が沸き上がる。
まだ若い三人だった。異世界知識があろうとも、ゆとり世代と揶揄される今の若者には耐え難い試練だろう。
子供を守るべき大人らによって戦場に駆り出されているのだ。神父様は、そういう御時世なのだというが、この街の伯爵は違うではないか。
サミュエルら騎士達も、兵士達も、梅が戦えると理解しつつ、守ろうとした。戦わせようとなどしなかった。
御時世とかいう曖昧なものじゃない。その土地を治める責任者の人間性だ。
たまたま運良く、梅はメンフィスに飛ばされた。三人は神託を受けたにも関わらず、女神様を無視するような国に飛ばされてしまった。
半世紀以上生きてきたババアを舐めんなよっ!!
「なんとか三人を助けようっ! このままじゃ殺されちゃうものっ! 女神様の希望がだよっ?!」
女神様の希望と言われ、サミュエルと神父様は眼を合わせた。
おばちゃんは常に子供らの味方なのだ。梅の我が儘に勝てる術はない。
こうして伯爵のみならず、メンフィスの街を丸ごと巻き込み、梅の勇者奪還作戦が始まる。
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