第4話 やっぱり嬉しい昼食付き
僕のポジションは人事官。魔王様の話はとにかく突拍子のないものに感じられた。おかげで脳はすっかり疲れ果て、席に戻った頃には自然とボンヤリしてしまう。チラリと柱時計を見てみれば、時刻はもうすぐ12時を迎えようという所。そして針が真上を向いた途端、ひどく耳障りな音が響き渡った。
「キェェーー! キェェーーッ!」
「鳩時計……かな。どう見ても鳩じゃないけど」
断末魔の叫びをあげるネズミのオブジェを見つめていると、斜向いに座るエレンさんが伸びをしつつ声をあげた。
「もうお昼時ね。そろそろご飯にしましょうか」
「この辺にコンビニってあります?」
「ちょっと遠いかな。でもさ、マジマくんにも昼食が出るんでしょ?」
「あぁ、そう言えばそんな話もありましたね」
魔族の用意する食事とは果たして。グロテスクな何かを丸焼きにしたものとか、凄くデロッとしたものとか、そんな料理が出たらどうしよう。そうだったらコンビニダッシュしてツナサンドでも買って来よう。
「皆で一緒に食べましょうね。そしてアンタはそろそろ起きなさい」
丸めた雑誌が勢いよく振り下ろされると、モーリアスさんの赤髪が更に乱れた。彼はソファに寝っ転がって居眠りしていたのだから自業自得ってやつだ。
「いてて。起こす時は甘いささやき声だろ。せっかく可愛い見た目してんだからよぉ」
「はいはい。無駄口はいいから、さっさとアネッサちゃんとこ行ってきて」
「なんでオレが。新人のボウヤにやらせろって」
「まぁ、それもそうね。顔合わせにもなるし」
「今のは僕の事ですよね?」
「うん。悪いんだけどさ、アネッサちゃんに声掛けしてもらえる? 私の名前を出すだけで伝わるはずだから」
「わかりました。どこに行けば良いですか?」
「通路に出て向かって左側、2番目の扉よ。行けば何となく分かると思うわ」
「はい。それじゃ失礼します」
どうやらお使いを頼まれたらしい。言われた通り仕事場から通路に出てみる。改めて思うのは、部屋数の割に広い建物だということ。1つ目の扉は餌のある備品部屋。そこを通り過ぎて次の扉までやって来ると、異様な気配に腕が縮こまった。
「ここで……良いんだよな?」
不安に感じたのは、隙間からドス黒い煙のようなものが染み出していたからだ。これを開けろというのか。嫌なものを感じつつも、意を決して押し開いた。
「えぇ……。何だこの部屋」
ひとことで言えば魔女の部屋。壁には松明、戸棚にビッシリと古めかしい本、それからドクロの飾り。部屋の中央にはこれ見よがしな壺がドンとあり、火がかけられている最中だった。静かに煙を吐き続ける壺は異様にでかい。大人の僕でもスッポリと隠れてしまえるくらいだ。
「何じゃお主は。ノックもせずに」
「あぁ、すみません……」
反射的に謝ったけども、そこには誰も居ない。ただグツグツと煮えたぎる壺だけがある。つまりはこういう事か。
「アネッサさんって、壺だったんですね」
「フザけるな始末するぞ。ここに居るではないか!」
すると壺の両端から小さな腕が現れ、ブンブンと激しい手振りをみせた。これは壺に手が生えた、訳ではなく、その向こう側に女の子が隠れていたのだ。
「あぁすみません。良く知らなくて」
「フン。別に構わぬわ。ニンゲン風情に怒りを覚えても仕方がないからの」
そんな厳しいコメントを寄せたアネッサさんだが、見た目は正反対に愛らしかった。背丈は僕の胸元くらい。金色の長い髪と、そこからピンと長耳が飛び出し、頬や手足は雪のように白い。常識的に考えれば外国人の女の子といったところだけど。
「アナタって、もしかしてエルフですか?」
「無用な詮索はよせ。それよりも何用で来たのじゃ」
アネッサさんは指先をアゴに添えつつ言った。仕草や口ぶりは見た目の幼さからは程遠いものだ。黒を基調としたローブを袖余りに着こなしているのに。
「すみません。エレンさんに、ここへ行くよう頼まれてですね」
「ならば昼飯の催促か。今やっておる故、そこで待っておれ」
彼女はそう言い放つと、指先から粉のようなものを壺の中に振りまいた。そこで沸き立つ液体は粘性の強いうねりを見せつつ、赤紫色に輝きだした。まさかこれが昼飯じゃないだろうなと寒気が走る。
「デロッとしてやがる……まさか当てちゃうとはなぁ」
「何か妙に盛り下がっておるが、途中段階じゃぞ」
「そうなんですか、こっから良くなるんですよね?」
「良いかニンゲンよ。これから偉大なる魔法を見せてやろう」
今のは比喩じゃなくて本当に使うんだろう。たとえ世界一の料理人だったとしても、コレを美味しく仕上げる事は不可能だ。それこそ魔法でもない限り。
「はいお願いします、どうにかしてください」
「下ごしらえは概ね終わっておる。不死鳥のモモ肉をふんだんに使用し、マンドラゴラは歯応え重視で乱切り。他には高齢ニンジン、マジクサルタケ、爆裂草。もちろん丁寧にアク抜きを済ませておる」
「そ、そうなんですか」
「煮込みはもう頃合いか。仕上げに銅鉱石、ガラス片、ついでにヤダナンタイトも投入してやる」
やっぱり比喩じゃない。言葉通りに石やらガラスやら無機質な物が無造作に投げ込まれていく。建前上は食品とされる物の中へ。
「待って、食えるんですかソレ!?」
「やかましい気が散るわ!」
「スミマセンでもそこそこ正論だと思ってます!」
「最後に指先へ魔力を籠め、印を結ぶ!」
「そうですか、もうどうにでもなれ!」
「クリエイション・ミール!」
アネッサさんの叫びと共に、室内には旋風が吹き荒れた。足を踏ん張って耐えていると、いつしか風は止み、静けさが戻る。壺の方を見てみれば、異様しかなかった液体は消え去っていた。
「もしかして失敗ですか?」
「馬鹿を申せ。簡易な魔法になんぞ、しくじる方が難しいわ」
そんなトゲのある言葉を残し、小さな身体は壺の中に消えた。そしてヒョッコリと顔を持ち上げると、続けて大きな皿を手渡してきた。
「ほれ。出来立てのスパイシーブレッドじゃ」
黒光りする平たい皿には、茶色に焼き上がったパンで小山ができていた。
「あの、これって食べられるんですか?」
「なんじゃと!? 妾の手料理を愚弄する気か!」
「だって食材がおかしかったでしょ! 石とか鉱石とか明らかにヤバイもんが……」
「つべこべ言わず食うのじゃオラァ!」
強引に口に突っ込まれはソレは、外側サクサク、中にはしっとりとした具が詰まっていた。噛みしめる程にパン生地の油がジュワァと広がり、中身もピリリと辛めで下味も濃厚。肉と野菜の噛みごたえも十分で、歯ですり潰すごとに豊かな風味が広がり、飲み込もうとする喉も滑らかに動いた。
一言で言えば絶品だった。
「これはカレーパン? いやピロシキかも」
「どうじゃ。美味いじゃろうが謝れ」
「美味いです。石とかガラスなんて入れてたから、ヤバイもんだとばかり」
「そんなものは食器用の素材に決まっておろうが。それよりも謝れ」
「あぁそっか。器まで一緒に作ったという訳ですね。なるほどなるほど」
「謝れ」
「ほんとスンマセンでした」
それにしても美味いパンだ。拳大のサイズが一瞬のうちに胃袋へ消えてしまい、次の1個にも手が伸びていく。
「料理が上手なんですね。どっかで勉強されたんですか?」
「腕前ではなく素材のおかげじゃ。どれもこれも高級品。今日だけでも500ディナ近いコストがかかっておる」
「ディナって何ですか?」
「魔界における通貨じゃ」
なるほど。価値はわからないけど昼飯に500って事は、僕らで言うワンコインみたいなものだろうか。
「それってどれくらいの価値なんでしょう?」
「まぁ、一般魔人なら1日に10ディナの食費を要するな」
「えっ……」
すぐに血の気が引いた。500ディナとは魔界で50日分の食費に当たるようだ。僕にしてみれば、1日に千円かかっているから、つまり50倍すると……。
だてに時給暮らしはしてない。単純な四則演算なら電卓なしでも叩き出すことが出来るし、そして今、絶望的な数値が算出された。
「このパン、5万円もするんですか!?」
「円など知らぬ。まぁ安物でない事は確かじゃの」
「えっと、僕の昼食ってタダなんですよね? 給料から天引きじゃないですよね!?」
「なぜ妾に聞く。エレンにでも問うてみよ」
「エレンさん、エレンさぁーーん!」
僕は走った。一刻も早くエレンさんの元へ。
いや、走りたかったのだけど、皿の上でツルツルすべるパンのせいで小走だった。もしかすると早歩きくらいだったかもしれないとか今はどうでも良い。
「エレンさん、僕のお昼ってどうなってますか!」
「あら美味しそうなパンじゃない。でも独り占めはダメだからね」
「そうじゃなくって、これ500ディナもかかってるらしいんです!」
「わぁ! もうそんな事まで勉強したのね。偉いよぉ」
「そ、そうですかね……へへっ」
違う、そういう話じゃない。頭を撫でられて喜んでる場合じゃないんだ。改めて確認してみると、昼食代は全て無料にしてくれる契約との事。本当に良かった。毎日赤字を垂れ流しながら働くという、絶望的な未来は回避されたのだから。
「はぁ……安心したらお腹空きました。コレ食べても良いですか?」
「もちろんよ。もし気に入ったら、私の分も食べちゃって良いわ。1個か2個くらい残してくれれば」
「本当ですか!?」
「えぇ。あなたには沢山食べて貰いたいからね」
そんな言葉とともに、また頭を撫でてくれた。これが昼食付きの職場か。初めての経験だけど凄く良いね、最高かよ!
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