鉄扇を手にした律華が伊織に代わり化け物に対峙する。律華が鉄扇を振るうと凄まじい風が2匹目の化け物を切り刻んで塵にした。

「伊織さま、この化け物は俺が相手をします。伊織さまはあの男を」

「律華さん、ありがとうございます」

律華の言葉に礼を言って伊織は足を踏み出した。目的は袈裟姿の男。男は乱入者を見るとニヤリと笑った。

「生き残りはちゃんと始末しないとな。一族の元へ送ってやらねば憐れというもの」

「憐れなどと、貴様が言うのかっ!!」

男の言葉に律華が激昂して鉄扇を振るう。その風が男を襲う前に、化け物が盾となって塵と化した。

「お前の相手は私ではないぞ?」

ニヤリと笑う男の言葉に反応するように残った2匹の化け物が咆哮を上げる。3匹にいくはずだった穢れまで溜め込んでいるのか、2匹の化け物はさらに巨大に、さらに禍々しく姿を変えた。

「律華さん」

「大丈夫です。俺とて神楽山の天狗です」

伊織の呼び掛けに答えた律華が空に舞い上がる。伊織は化け物たちを律華に任せ、再び男の前に立った。

「あぁ、あなたは鬼神の子か」

鬼化が進んだ伊織を見て男が気づいたように言う。そう言えば父が会ったことがあると言っていたのを思い出して、伊織は刀を構えた。

「あなたは蘆谷道満ですか?」

「いかにも」

「なんの目的でこんなことを?」

伊織の問いかけに道満は邪悪な笑みを浮かべ、伊織はその表情に寒気を感じた。

「私はな、実験をしているのだよ。強い妖の一部を穢れと混ぜればどうなるか。穢れを人間に埋め込めばどうなるか。逆に妖に穢れを埋め込めばどうなるのかをね」

「そんなことをして、一体何になると言うのです」

「何に?そんなことはやってみなくてはわからんさ。実験とはそれを調べる為にやるものだ。最初から結果がわかっていては面白くもなんともないだろう?」

そう言って笑う道満は伊織には狂っているようにしか見えなかった。この男の実験とやらのために、いったいどれだけの妖と人間が犠牲になってきたのか。考えただけでもおぞましかった。

「神に穢れを混ぜると祟り神や荒御魂になるのだが、以前失敗してな。力のほとんどを失ってしまった。力と肉体を回復させるのに随分時間が経ってしまったが、今は良い時代になったものだ。神や妖は減ってしまったようだが、穢れを生み出す人間はごまんといる」

「外道がっ」

伊織が吐き捨てるように言うと道満は「光栄だ」と言って笑った。

「このまま、あなたを帰すわけにはいきませんっ」

言うと同時に地を蹴った伊織が一瞬で道満との距離を詰める。斬りかかった伊織の刀を道満は錫杖で受け止めた。

「鬼が打ちし妖刀鬼一か。なるほど。鬼と陰陽師の血を引く男。やはりお前はほしいな!」

伊織の持つ刀の刀身を見た道満が確信を持って言う。道満は刀を弾くと懐から黒い玉を幾つか取り出して伊織に投げつけた。

 伊織がそれを切り伏せてさらに道満に斬りかかる。互いに切り結ぶこと数回、伊織の刀が錫杖ごと道満を袈裟斬りにした。

「くくくっ」

斬られたはずの道満の口から不敵な笑いが溢れる。伊織が距離をとろうとしたとき、道満の体の傷口からぶわっと黒い煙が吹き出して伊織を包み込んだ。同時に伊織が切り損ねた黒い玉が伊織に向かって飛び上がった。

「伊織さまっ!」

化け物2匹を相手にしていた律華がその光景に思わず叫ぶと、突如伊織の体から眩い光が迸った。

「ギャーッ!!おのれっ、おのれーっ!!」

道満が悲鳴を上げて姿を消す。それと同時に伊織を包んでいた黒い煙も消え去った。

 光が消え、伊織の体が地面にばたりと倒れる寸前、結界を維持するために湯屋を離れられなかった玉城が姿を現し抱き止めた。

「伊織っ、伊織っ!」

意識のない伊織の体を抱き締めて玉城が叫ぶ。残っていた化け物をなんとか仕留めた律華は、傷を負った体を引きずって玉城の元に向かった。

「玉城さま、伊織さまは!?」

「ひとまず無事だ。呪詛の類いも受けておらん」

「よかった…」

伊織の無事を聞いた律華がその場に崩れ落ちる。危険が去ったと判断した従業員たちがわらわらと出てきて傷だらけの律華を中に運び込んだ。

「玉城殿、主殿も中へ。医師に診せねば」

「あぁ。伊織を頼む。俺は客たちに説明をせめば」

湯屋の主の番としてやるべきことがあると、玉城は声をかけてきた九郎に名残惜しげに伊織を託した。

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