一日の終わり

 ファミレスを出た僕たちは夜道を帰る。

 マンションが一緒だと帰る最後の最後まで一緒に過ごせるので、帰り道で一人になった時の寂しさを味合わなずに済む。

 

 「なあ、ちょっと一ノ瀬」


 二列になって男女で別れて歩く僕ら、隣の新崎が小さめの音量で言う。


 「なに?」


 察して、僕も小さめの声で聞き返す。


 「一ノ瀬って可愛いじゃん?」


 急に何を言い出したんだこの人は。


 「まあ、そうだね」


 流石に、あんなに周りから可愛いと言われたら嫌でも自覚してしまう。

 自分が可愛いってことに。

 親からも言われてるからね、あはは。

 笑い事じゃないよ、本当に。


 「前に男から告られてたもんな」


 「けっこうあるんだよね、僕は男だってのに」


 「だから、一ノ瀬が可愛いからだって」


 そりゃそうなんだけど、僕の悩みである事には変わりない。

 そんな僕を横目に、新崎は話を続ける。

 

 「まあ、俺はもう一ノ瀬を男だって脳が理解してるけど、たまにドキッとさせられるから恐ろしいぜ」


 「それが、今まで僕に男友達ができなかった原因だよ」


 あれだな、男女の友情が成立しないのと似ているな。

 僕は男だし、僕は中学時代に女子との友情を成立させていたんだけど。


 「だから俺は思ったんだよ、一ノ瀬の可愛さは女にも効果があるのかって」


 真剣な顔で何を言ってるんだ。

 新崎は笑うは愚か、顎に手を当てながら考えるように言う。


 「それでだ、あの二人の女に一ノ瀬の可愛さをアピールしてもらいたい」


 言いながら、新崎は僕たちの前を歩く二人を指差す。


 「なんでそんなことしなきゃいけないのさ」


 「今のままじゃお前、男からしかモテないぞ? 良いのか?」


 「良くないけど、別に今すぐどうこうしたいって訳でもないし」


 彼女欲しいとは今のところ思わない。

 というか、そんな余裕ない。


 「うるせーよ、良いからやれ」


 「なんでだよ!」


 「あ? そんなの、面白そーだからに決まってんだろ」

 

 言ってニカっと笑う新崎。

 それを見て僕は苦笑いをする。


 「面白そーだからって……」


 「お前なあ、青春に面白そー以上の動機が必要か?」

 

 呆れた表情で新崎は言う。

 まあ確かに、これも青春という人生において一番楽しい時間の一幕。

 青春という物語の一ページにも満たない戯れ。

 

 「やれば良いんでしょやれば」


 まあ僕も、慌てふためく早川さんや春樹を見てみたいというのもある。

 可愛いさをアピールと言われても何をすれば良いんだ。

 普通に、僕が知っているやり方で良いのかな。

 よしと胸の前で拳を作り、僕は前を歩く二人に声を掛ける。



 * * * *



 瞬間だった。

 

 「二人とも、今日はすっごく楽しかったよ!」


 目の前に現れた可愛いの権化に、私の目は釘付けになってしまう。

 それは、隣にいる彩香も同じなようで。

 手を腰の後ろに組み、純粋な笑顔で可愛さを解き放った涼。

 めちゃくちゃ可愛いです、ありがとうございます。

 心の中でお礼する。

 

 「可愛すぎるよ涼ちゃん!」


 「そりゃそうでしょ、僕なんだから」


 涼って、可愛さに対する圧倒的なコンプレックスを持ってるけど、それと同時に自分の可愛さに対する自信が凄い。

 まあ、コンプレックスが故にみたいな所はあるんだろうけど。


 「ちょ、今の笑顔もう一回やって!? 写真撮らせて、背景にさせて!」


 スマホを片手に懇願する彩香。


 「流石に、友達の背景が自分なのは嫌だよ」


 真顔で断る涼。


 「た、確かに、それはちょっと気持ち悪いわね」

 

 正直に言えば、私も写真欲しいんだけど。

 寝る前とかに見たら絶対安眠できる。

 癒し効果抜群だよ涼の可愛さ。


 「くくっ、良い反応してくれるな」


 そんな笑い声が後ろから聞こえる。

 振り返ると、涙目になりながら意地悪な笑みを浮かべる新崎の姿があった。


 「これで良かったの?」


 ため息を吐いた涼が新崎に聞く。


 「ああ、良すぎるくらい、いや良いもん見れたぜ」


 言って、思い出すように吹き出す新崎。

 

 「良かったな一ノ瀬、お前の可愛さは女にも通用するぜ」

 

 は? そんなの当たり前だろ。

 誰にものいってんだ。

 この可愛さだぞ? 女だって見惚れてしまう。


 「そりゃどうも」


 「何がしたいのか分かんないけど、まあ、可愛い涼ちゃん見れたから良しとする」

 

 それはそう。

 今日の疲れが全部吹っ飛んだ気がする。

 可愛かった。


 「だろ? 俺はいつもこれに耐えてるんだぜ? ま、もう慣れたけどな」


 「それを言うなら、私だってハルちゃんのイケメンに耐えてるんだから」


 「え、そうだったの?」


 そんな様子ミリとも感じなかったんだけど。

 それはなんだか、申し訳ない気持ちになる。


 「もう慣れたけどね、それに、ハルちゃんにも可愛いところあるし」


 言って、意味ありげな視線を私に向ける彩香。

 そんな所を見せたつもりは全くないんだけどな。

 まあ、可愛いと言われて悪い気はしない。

 

 「それにさ、みんなといると楽しいしね」


 言って、照れくさそうに笑う彩香。

 

 「それは僕もそうだよ、さっきも言った通り、今日はすっごく楽しかったし」


 「俺もだな。久しぶりだったぜ、こんなに楽しい休日は」


 「私もそう思う」


 「また遊びに行きましょ、時間はたくさんあるんだし」


 そうだ、時間は沢山ある。

 この四人で過ごせる時間は、続けようと思えば永遠と続けられる。

 少なくとも、今の私はこの四人との関係が永遠に続けば良いのにと願っている。

 

 こうして、みんなとの一日は終わりを告げる。

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