パンケーキを食べる
電車を降りた後は、特に何事もなく目的地のショッピングモールへとたどり着く。
というか、電車内での出来事の印象が凄すぎて、未だに頭の中が春樹の事で埋め尽くされている。
確かに、今までも女友達から肩を組まれたりとかされた事はあるけど、あんなにガッツリ抱きしめられたのは初めてなんだから。
そもそも、なんで春樹は僕を抱きしめたんだ?
分からない。
僕は、春樹の顔をチラッと見る。
そこには、いつもの何を考えているか分からない、クールでイケメンな春樹がいるだけで。
まるで、さっきの出来事なんて無かった様な。
ここまで春樹と接してきて、あまり感情豊かな方では無いと思っていたけど。
この状況でも、真顔でいられるのか。
それとも、本当に何も思っていないのか。
「さて、どこからまわる?」
そんな僕をよそに、早川さんが入口で受け取った、モールの地図を観ながら言う。
相変わらず、バカみたいに広いなこの建物。
「一ノ瀬、大丈夫か? 顔が赤いぞ」
言いながら、新崎が僕の顔を心配そうに見つめる。
「だ、大丈夫だよ」
だ、ダメだ。
ドキドキが止まらない。
まだ残ってるもん、春樹の温もりが残ってるんだよ。
忘れろ、忘れるんだ一ノ瀬涼。
「最初はちょっと休憩しよっか、私も満員電車で疲れちゃったし」
「それもそうだな、でも休むって言ってもどこで休むんだ?」
そこで、僕はピコーンと一つの案が思い浮かぶ。
「パンケーキを、食べに行きませんか!」
* * * *
僕が案内したお店は、今女子高生を中心に話題のパンケーキ専門店だった。
内装は白を基調として、シンプルかつオシャレな感じ。
今の時間が十五時くらいな事もあり、殆どの席が埋まっている。
男女比は三対七くらいで、男性客のほとんどが同じ席に彼女らしき女性と座っている。
「めっちゃ混んでるな」
店内を見て新崎が一言。
「そりゃ、SNSでバズってたからね」
ここのパンケーキを女子高生に人気のインフルエンサーがSNSで取り上げたらしく、最近になって急激に客の数が増えたらしい。
まあ、僕はもっと前からこのお店のパンケーキに惚れていたと、意味のない古参アピールをしておく。
「とりあえず中に入ろ、ちょうど席も空いたみたいだし」
早川さんの言葉で、僕たちは店の中へと入っていく。
* * * *
「めっっっちゃ美味しい!」
パンケーキを一口食べた涼が、幸せそうな顔で言う。
可愛い。
何個でも食べさせてあげたい。
「お前、ほんと幸せそうに食べるのな」
隣で呆れたように新崎が言う。
「甘いものを食べると幸せになるんだよ。 新崎は食べなくていいの?」
新崎はパンケーキは頼まず、ドリンクだけを注文して飲んでいる。
まあ、私も頼んでないんだけどね。
お腹空いてないし。
「俺は腹減ってないからな、今食べたら夜が入らん」
「こんなに美味しいのに、もったいない」
「そうよ新崎、それにハルちゃんも、ここのパンケーキを食べないなんて」
「私もお腹空いてないから」
「ふーん、なら仕方ないわね、じゃ、あんたたちの分まで私たちが味わってあげる」
言って、彩香は生クリームをたっぷりつけたパンケーキを幸せそうに頬張る。
こっちも可愛い。
というか、今思ったけど彩香も相当な可愛さを持っていると思う。
現に、周りの女子を見てみても、彩香に勝るものなどいない。
まあ、それよりも可愛い男子が私の目の前に座っているわけだけど。
「何回食べても美味しいなあ、ここのパンケーキは」
ああ、めっちゃ可愛い。
パンケーキが入った頬に左手を添えながら、幸せいっぱいの笑顔を浮かべる涼を見て思う。
「そんなに何回も来てんの?」
「中学の時は、月に一回くらいのペースで来てたよ」
「一人で?」
横から彩香が聞く。
「いや、友達とだよ、このお店も元々はその友達に教えてもらったし」
「へー、その友達は? 今でもあってるの?」
「いや、その子は遠くに引っ越しちゃってさ」
そう言った涼は、どこか悲しげな表情を見せる。
「あ、ごめん! そんなつもりはなかったの!」
それを察した彩香は、慌てて謝りを入れる。
「分かってる。早川さんが謝ることじゃないよ」
優しい笑みを浮かべながら涼は言う。
「それに、今はどこで何してるかなんて分からないけど、僕たちが友達なのは変わらないしね」
その言葉が、中学の時の私に突き刺さる。
守ろうとした結果、何も守れなかったあの時の私を思い出す。
思い出したくなんて無いけど、でも忘れてはいけない記憶。
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