第122話 リリアside⑤

「あーあ。退屈」


 自分の部屋のベッドの上でクッションを抱きしめながら独り言を漏らす。

 謹慎を言い渡されてから一週間くらい経っている。ずっと部屋に閉じ込められた生活って、面白くないし楽しくないし、ホント退屈。


 机にはいろんな本や刺繍の道具なんかも用意されているけど、本はパラパラとめくってみた程度だし、刺繍なんて凶器じゃん。針で指を刺して血だらけになって痛い思いを何度したことか。今では恐怖の対象になっている。

 メイドのマギーは『みんな通る道ですよ。痛い思いをしながら上手になるんです』とか言ってたわ。

 金輪際、痛い思いはしたくないので、手つかずのまま机の上に放置している。


 普段ウロチョロしないけど、出るなと言われれば何故だか無性に出たくなるんだよね。

 せめて邸内を歩けないか聞いても許可は下りず、それならば強行突破と思い脱出を試みるも失敗。

 

 こうなったら意地でも外に出てやるぞと思って、シーツを引き裂き繋げてロープ状にしたものをバルコニーに結びつけて降りようと足をかけたところでマギーに見つかった。


『お嬢様、それだけはおやめください。飛び降りるだなんて、もしものことがあったらどうするんですかあ』

 血相を変えたマギーに凄い勢いで抱き着かれて脱出を断念させられた。


 飛び降りるつもりはなかったんだけど。ちょっと庭を散歩のふりをして馬車を出してもらってエドガーの所に行こうかなって、ちょっと考えていたけど。

 誤解は解けたのはよかったんだけど、見張りがいっそう厳しくなってしまった。



 はあ。なんでこうなってしまったんだろう。



 事の発端は卒業パーティーだった。




 煌びやかなドレスや正装に身を包み王城の大広間で行われるエドガーと卒業パーティーに出席していた。

 堅苦しいあいさつも終わって優雅な音楽が流れ始めるとダンスが始まった。あたしもエドガーと二曲踊り終えて友達と合流して話に花が咲いて楽しんでいた。


『リリア。ちょっとこいつらと庭園で話をしてきていいか?』


『うん。ちょっとだけならいいよ』


 エドガーはいつもの友達とつるんでいたから軽い気持ちでOKした。卒業後は会える機会も減ってしまうからと言われると友情も大事だよねと思ったので。


『相変わらず、仲いいわね。羨ましいわ』


 友達と連れ立って歩いていくエドガーの背中を見送っていると、イネスの声がした。


『ホント。リリアも結婚したら侯爵家の一員になるのね。これから軽々しく声をかけられないわね』


 ヘレンが思いもかけない言葉を口にする。


『どうして?』


 友達の言っている意味が分からず首を傾げる。友達はずっと友達じゃないの?


『だって、わたしは結婚しても男爵家の人間よ。身分が違うわ』


 そういえばヘレンはあたしと同じ男爵令嬢だった。


『それはわたしも同じだわ。ゆくゆくは子爵夫人だけど、下位貴族だものね。リリアとは住む世界が違ってしまうわね』


 急にがっかりしたように元気をなくしたイネスに


『住む世界が違うって、どうして? 同じ貴族でしょ。何が違うの?」


 意味がよく分からなくて聞いてみた。身分に上下があるのはなんとなくわかるけれど、どう違うのかはっきりとは理解できていない。


『すごく違うわよ。上流貴族のお茶会やパーティーに下位貴族が呼ばれることはほとんどないわ。よほど懇意にしてないとね』


『今はリリアと呼んでいるけれど、呼び捨てになんてできなくなるわ。つきあいもなくなってしまうかもしれない』


 エドガーと結婚しただけでそんなに変わっちゃうの?

 二人共涙ぐんでハンカチで目元を押さえていた。

 せっかく友達になれたんだもの。身分で引き裂かれるなんてイヤよ。


『そんな……二人共大切な友人よ。結婚したからといって、友情がなくなるなんてことあるわけない』


 身分でつき合いを変えるとか、あたしは薄情な人間じゃないわ。


『わたしたちだってそうよ。リリアは大切な友達だもの。失いたくないわ』


『お茶会だってパーティーだって、二人を呼ぶから安心して。結婚してからも親友としておつき合いしてくれると嬉しいわ』


 懇意にしていればって言ってたよね。だったら、呼んでも差し支えないはず。

 貴族ってややこしい。


『こちらこそ、リリアにもったいなくもそういってもらえて嬉しいわ。わたしたちは親友ですものね。わたしもお茶会やパーティーにご招待するわね。その時はぜひ、出席してね』


『わたしも招待状を送るわ。リリアとこれからもおつき合いができるなんて夢のようだし、光栄だわ』


 あたしたちは手を取り合って永遠の友情を確かめ合った。


 あたしは浮かれていたのだ。


 今まで対等だったのに卒業した途端に媚びへつらう友達に優越感を抱いた。

 友達は男爵夫人や子爵夫人になるけど、あたしは侯爵夫人。それだけでも身分に大きな隔たりがあるのを知った。


 

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