第58話 アフタヌーンティーⅢ
レイ様が待つ部屋へと戻るとすでにお茶の用意が整っていました。
アンジェラ様に何のもてなしもせずに帰すわけにはいかないからとお願いされてお受けしたのです。
レイ様だってお忙しいでしょうし、お菓子と紅茶を頂いて小一時間くらいで帰宅する。そんな軽い感じで思っていたのですが、目の前のこれは……アフタヌーンティー形式ですか?
ケーキスタンドにはサンドイッチから温料理にデザートが品よく盛り付けられています。スコーンにはクロテッドクリームとストロベリージャムが添えてあります。
私の姿を認めた侍女たちがスープ、アミューズを運んできました。
本格的すぎませんか? お茶だけでも構いませんでしたのに。
「ローラ、おいで」
若干、引き気味に様子を眺めているとレイ様の私を呼ぶ明るい声がしました。
「はい」
この状況ではすぐに帰ることは、無理のようです。
「今日はお招きいただきありがとうございます」
「うん。待ってた」
カーテシーをして挨拶をすると頬を緩ませたレイ様は短い返事とともに、さっと手を差し出します。レイ様の大きな手に私の手をのせると歩調を合わせるようにゆっくりと歩きだしました。
椅子に座るとレイ様は向かい側の席に着きました。
今日は真四角のテーブルで一人分のスペースしかないので、いつものように隣には座れなかったようです。
そういえばテーブルクロスがかけられているのも初めてではないかしら?
しかもフリルで縁どられた花柄のかわいらしいもの。
丸みを帯びた食器もとてもエレガントです。花瓶には気品ある白百合が生けてあり、香りがほんのりと空気に溶け込んでいるよう。
素っ気ない無機質なムードが一変して、今日は優美で優雅な部屋へと様変わりしていました。
私のためなのかしら? と一瞬思ったのですが、これも客人に合わせ食事の形式に合わせたものだと思い直しました。臨機応変って大事なことですものね。とても、勉強になります。
「リッキーの外国語の教師に抜擢されたんだって? 大変だったんじゃない? 大丈夫だった?」
冷めないうちにとスープを口にしていると、レイ様が心配げに聞いてきました。
「抜擢というか、そんな大層なものではなくて、代わりの先生が見つかるまでの臨時ですよ」
「それでも、人に教えることができるのはすごいことだよ」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。サンフレア語は難しいからね。教えてくれって言われたら躊躇しちゃうもんな。俺だったら、断るかも」
なんて、おっしゃってますけど。きっと謙遜でしょう。王族は特に隣国のクーリエ国とサンフレア国の言語の習得は必須だと言われてるそうですからね。実際はネイティブ並みだと思いますわ。
でも、そんな方から褒められるのはとても嬉しいものです。
「初歩的なものなら、私でもお教えできるかと思ったのです」
「その初歩がね、けっこう難しいんだよ。使わないと忘れてしまうしね」
「それはわかります。普段は使いませんものね。だから、時々テキストや日記を読んで勉強しているんです」
「日記? サンフレア語で?」
レイ様は不思議そうな顔をされました。わざわざ、外国語で日記をつける人はいないのかもしれませんね。
「はい。サンフレア語を教えてくださった方と交換日記みたいなものをしてたんです。早く読み書きができるようにって」
懐かしい思い出です。
「交換日記? それは……」
レイ様が眉を顰めて渋い顔になりました。何かまずいことでも言ったのでしょうか⁈
しばらく会話が途切れて、室内がシンと静かになりました。なぜでしょう。
「えっと、その相手って……男性とか? では、ないよね?」
恐る恐るといった体で、私の答えを窺うようにレイ様が口にしました。
「? 女性ですよ」
そこは気にするところなのかしらと思いながら返事をすると、霧が一気に消え失せたようにレイ様の顔が晴れやかになりました。
機嫌が良さそうなので、多少の疑問はあるものの追求しない方が得策なのかもしれません。
「それじゃ、これからサンフレア語で会話をしてみないか? 使わないと本当に忘れちゃいそうだし。あと、交換日記とまではいかなくても、お互いに手紙を書くっていうのはどう? もちろんサンフレア語で」
レイ様の提案にびっくりして、はしたなくも口をポカンとしてしまいました。会話はともかくも手紙ですか?
文通のようなものなのでしょうか。
確かに単語も文法も難しい分使わないと忘れてしまいます。
「私でいいのですか?」
王子殿下の語学力についていけるのかしら?
「ローラがいい」
ご指名を受けてしまいました。
レイ様の役に立つのかはわかりませんけれど、私の勉強にもなりますよね。わからないところは教えて頂けるでしょう。
「それではお願いします」
向かい合わせに座ったレイ様の美貌と笑顔に時折見惚れながら、サンフレア語で会話と食事を楽しみます。
早く帰らなければという思いは、いつの間にか空の彼方へと吹き飛んでいました。
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