第147話 報告会
「失礼致します。お飲み物をお持ちしました」
メイドの女性がお盆から二種類の酒とガラスのコップ、そしてお茶のセットを置いた。
「ありがとう。下がってくれ」
そう言うと、コップとカップに飲み物を注ぐまでの給仕をしようとしていたメイドは、えっ、という顔をした。
「あとは大丈夫だ」
俺が重ねて言うと「では失礼します」と素直に言って、メイドの女性は部屋を退室した。
「良く気づいたな」
とカフが言った。
「ちょっと耳が敏感になっているようだ」
「戦場帰りは言うことが違う」
ハロルが茶化すように言った。
「まあな。ほら、飲んでくれ」
俺は自分のカップに茶を注ぎながら言う。
「さすがの銘柄だな」
と、机に二瓶置かれた酒を見ながらカフが言った。
「ああ」
ハロルが珍しく素直に同意した。
カフとハロルは、瓶をまじまじと見ていた。
俺は酒には今のところ興味がないので、銘柄とかは全然わからない。
ガラス瓶自体がわりと高級品なので、瓶で売られている時点で、かなりの高級酒ではあるのだが、その中でも殊更いい酒なのだろうか?
「せっかくだから、こいつを飲んでおくか」
「そうだな」
と、カフは片方の瓶を取って、手っ取り早くグラスにちょいちょいと二人分注いだ。
大した量ではない。
「いい酒なのか?」
「価値としてはこっちのほうが高いが……こいつはキルヒナに蒸留所があった酒だからな。これからは飲めなくなる」
「ああ……」
そりゃ、今のうちに飲んどいたほうがいいかもな。
「じゃあ、乾杯といくか。若干サマにならんがな」
約一名がティーカップを構えているせいで。
「それじゃ、会長の無事な帰還を祝って」
カフが、特別大きな声でもなく音頭を取った。
「乾杯」
「「乾杯」」
言ったあと、カフとハロルのグラスにチン、チンと軽くティーカップを当てた。
茶を口に含むと、ごく普通の、食後によく飲まれる茶だった。
カフとハロルは、グラスに注いだ酒をクッと一息で飲んでしまった。
酒を飲みたいというよりは、祝杯ということで形だけ飲んでおこうと思ったのだろう。
だが、そうなると二人には飲み物がない。
俺はティーセットに伏せられていた二つのティーカップを裏返すと、茶をそそいでやった。
「それで、話の腰が折れたな」
続きが気になるようで、カフは俺に先を促した。
「ああ、この国は終わりだ。
内憂外患にも程があるし、国そのものを作り変えるすべも、ちょっと思いつかない。
「いつ次の十字軍が来るかわからんが、下手をすると五年以内かもしれない」
「……それなら、ホウ社は将来的には新大陸に丸々移転するって
「その可能性は大いにある……というより、そっちの線のほうが濃厚だろうな。どちらにせよ、滅びることになった時になんも用意できてませんじゃ困る。それに、各方面にバレちまったら、絶対横槍が入って、新大陸に出来るのはこの国の複製品になる。それじゃ意味がない」
「そりゃそうだが……」
「儲けになるかならないかはこの際、二の次だろう。金は大事だが、身が安全でないなら意味がない。一億ルガ稼いで五年後に奴隷になっちまう奴より、一億ルガ使ってそれを免れる奴のほうが賢い。俺はそう思うがな」
財産というのは、魂とくっついているものではないので、奪おうと思えば幾らでも奪える。
一晩のうちになくならないとも限らない。
奪われないための用意は無駄な出費ではない。
「……まあ、言いたいことはわかった」
どうにか納得してくれたようだ。
カフは頷いた。
「よし。じゃあ業務連絡は終わりか……これからやることが一杯あるな」
とりあえず、ハロルには次の船で植民要員を運んで貰わなきゃならない。
人は余っているからいいものの、選ぶ必要はある。
最初は重要だ。
誰でもいいから運べばいいというものでもない。
少し前から考えていたが、ダブついているキルヒナ出身者を安易につれていくと、向こう側で急速に独立心が芽生える恐れがある。
ある程度育ったあとで「ここは第二のキルヒナだ。シヤルタの連中は出て行け」という機運になったら、目も当てられない。
悪いことに、王族の生き残りとして、テルルがまだ生きているのだ。
キルヒナ出身者に王族尊崇の念がどれだけあるのかは実感が沸かないが、象徴が依然存在するというのは、多少なりと心の拠り所となる。
それは結構なことなのだが、俺からしてみれば、かなりのリスク要因だ。
ここに至っての内輪揉めは致命傷になりかねない。
「おう。俺はとりあえず、明日金を持ってスオミに行くぞ。船員どもが可哀想だ」
さっさと女を抱かせてやってほしい。
なんなら娼館を借り切ってもいいくらいだ。
「おう、行ってやれ。お前には期待してるぞ」
思わず口に出てしまった。
期待せずにはいられないほど重要なポストにいるのだから、仕方がない。
これもリスク要因には違いないが、現状ではハロルの代わりがいない。
「お前はどうするんだ? 今日のところは暇なら、社の奴らを集めて宴会でもするか。旅の話を聞かせてくれよ」
カフが言った。
「いや、俺は陛下を待たせてるんだ。行かなきゃならん」
俺がそう言うと、二人は絶句した。
「それ、女王陛下を待たせてるって意味か? こんなところで油売ってていいのかよ」
ハロルが言った。
「なにやってるんだ。準備はできてるのか?」
カフは驚いた様子で眉をひそめている。
なにやら大事だと思っているらしい。
女王との謁見の一つや二つよりも、新大陸発見の報のほうがずっと歴史的に凄いことだと思うけどな。
後世の歴史学者からしたら、今日の議事録があったら十万ルガ出しても欲しいくらいのもんだろう。
女王が今日なにを言ったかなんて、大して興味もないに違いない。
歴史を大きく揺り動かす会談が今日行われるとも思えない。
「いや、夕飯時までに行きゃいいんだよ。急ぎの報告があるわけじゃないから」
夕飯時までに行くというのは俺が勝手に決めていたことなので、できればそれ以前に行くに越したことはないのだが。
「言うまでもないことだが、女王陛下を怒らせるなよ。うちの特許がガンガン通ってるのも、紙の特許料裁判で近頃勝ててるのも、陛下のとりなしあってのことだからな」
意外なことに、カフは女王への忠誠心がそれなりに厚いらしい。
真面目な顔をしていた。
どちらかというと、俺の方から貸しがある状態な気がするけどな。
今回の遠征についても、かなり無茶な話を聞いたわけだし。
幸い不具になったりはしなかったが、そうなってもおかしくなかった。
普通に死んでいた可能性もあった。
「心配すんな。今んとこいい関係だから」
まあ、遠征が危険に満ちたものになったのは、状況の変化によるものだったわけで、女王の責任ではない。
恩着せがましいのも良くないか。
「それならいいが……」
「宴会はまた後でやろう。俺もあいさつ回りがあるし」
「リリー氏には早く会ってやれ。行方不明の報が入った時は、気が気じゃなさそうだったぞ」
「ああ、分かってる分かってる」
「よし。もういいか。ハロル、帰るぞ」
「そうだな」
ハロルは喉が渇いていたのか、俺が茶を注いだティーカップを持つと、一息で全部飲んだ。
ハロルが飲んだのを見て、カフも喉の渇きを思い出したように、同じように茶を一気に飲んだ。
きつい蒸留酒が通った喉を洗ったといったところだろうか。
「じゃあな」
先にカフが出て、ハロルがいいがけに扉を閉めた。
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