第125話 合流

 城壁の境目、市門の外には、見覚えのある連中がカケドリを並べていた。

 俺が来るのを見ると、一斉にカカトを揃えて敬礼をする。


 近づいていく。


 王族崇敬すうけいの念が強いのか、中にはキャロルを見て涙を浮かべて嗚咽している者までいた。

 考えてみれば、感動するのも無理はないな。


「キャロル、声をかけてやってくれ」


 俺がそう言うと、キャロルは頷いた。

 いよいよ近づくと、目の前でカケドリの足を止めた。


「皆の者! 心配をかけてしまってすまない! 我らの留守の守り、ご苦労であった!」


 キャロルらしい歯切れのよい声で言うと、兵たちは誰しもが感動に打ち震える顔をした。

 やっぱり、この役はキャロルにしかできない。


 生まれながらに華とともに生きてきた人間でなければ、こういった感動を与えることはできないだろう。


「というわけでな、お前ら、本当によくやってくれた。リャオ、休ませてやってくれ」


 俺が言うと、リャオは頷いた。


「総員、休め!」



 ***



 カケドリから降りると、リャオが歩いて来た。


「まずは、礼を言わせてくれ。よく戻ってきてくれた」


 握手を求められたので、ギュっと握り返す。

 男同士の、力強い握手だ。


「ああ。まったく、とんだ災難だった」

「生きてたならいい。死んじまってたらと思ったら、メシの味がしなかったよ」


 本当にホッとしたような顔をしている。

 ミャロから報告を聞いても、実際にその目で見るまでは、完全には信じられなかったのだろう。


 その心配は分かる。

 逆の立場だったら、俺も同じように、気が気でなかったはずだ。


「そうか……。すまんが、話はあとにしよう。厄介事を引き受けちまったからな」

「ああ。ミャロから聞いている」

「ちょっと、向こうで話そう。キャロルとミャロも来てくれ」


 兵の耳があるところでは、ぶっちゃけトークができないからな。


 四人で、少し離れたところにまで歩いた。


「王剣みたいな奴が、夜衣といったか、説明はしたらしいが。どの程度聞いている」


 俺はリャオを見ながら言った。

 ミャロは色々と情報を知っているので、聞いても意味がない。


「なんだか、ここのお若い姫様と、騎士の若い衆を三百人と、千人の民衆を連れて行くことになったんだってな。それと、戻ったら勲章をもらえるとか。そのくらいの情報だ」


「そうか。勲章には金貨が五十枚程度つく。名誉だけじゃない」


 五十枚と言ったのは適当だが、まあその辺に落ち着くだろう。

 五百万円くらいか。

 ちなみに、俺が種痘を開発したときに女王陛下から賜った金貨は、三十枚だった。


「それだけありゃ、かなり豪遊できるな」


 豪遊かよ。


「貰えないとなったら、惜しい金額だろう」


 現金は貴重だから、たいていの騎士家は金貨が五十枚も貰えるとなれば大喜びする。


「……ン、なんだ、意思でも聞くつもりか」

「そういう約束で連中を連れてきたからな。成り行きで生き死にの現場にはやりたくない」


 火炎瓶を投げた時の連中にも、俺は「死ぬかもしれないけどやるか?」と聞いた。

 そういう選択肢は与えてやりたい。


「ユーリ殿がそう言うなら構わないがな。気を遣いすぎに思える」

「そうか?」

「騎士は、戦が始まれば否も応もなく出陣、だろう。ユーリ殿はやけに気にするが、元からそういう仕事だ」


 うーん……。


 確かに、それはそうなんだけどな。

 騎士たちは、その代わりに特権階級としての立場や利権を得ているわけで。


「ただ、この隊は、将にれを出されての出陣ではないからな。俺に申し出を断る選択肢があった以上は、連中にも断る選択肢を与えるのがスジに思える」


 実際のところは、完全な自由意志というわけではなく、同調圧力とかで思うようにはならない形になるんだろうけど。

 単なる建前であっても、そういう選択の余地があるのとないのとでは、やっぱり違う気がする。


「それは分かるがな」

「まあ、カケドリ隊のほうには言っておいてくれ。結論有りきの言い方ではなく」

「分かった」


「さて……それじゃ、仕事の話に移ろう」



 ***



「とりあえず、俺が考えてる作戦を簡単に説明する」


 と、俺は前口上を述べた。


「城から食料を運び出す荷駄の準備は、正午までに終わると見込んで、正午過ぎまでに避難民の連中を市外に整列させるのを、一応の目標にする。リャオは城壁の中を見ていないな。どいつもこいつも、荷物のたくさん入った袋やらタンスやらを抱えちまってる。それらは、貴重品以外は全部置いて行かせなきゃならん。大荷物を抱えた鈍足に合わせていたら、話にならんからな」


 リャオが、口をへの字に曲げた。

 こりゃ難儀な仕事だ。と思っているのだろう。


「まず、今から城外に来る三百人の兵を指揮下に組み込む。三百人を……今駆鳥隊は24人だったか?」


「そうです」

 ミャロが答えた。


 1人あたり……12人ちょっとか。

 12人はキツイな。


「鷲の隊のほうからも、何人か引っ張ってこよう。鷲が悪くなっているのが居るとか言っていたな。城の者に言って、馬か駆鳥と交換してもらう」


 鷲については後に弁償しなくてはならないが、これは予算から出せば良いだろう。

 城からしてみれば、もはや機動戦をするわけではないのだから、その交換はありがたいはずだ。


 連絡、偵察、特攻、そして脱出……なんにでも使い道は多い。


「それで、一人ひとりが十人くらいを担当して、指揮できるようにする。便宜上、これを小隊と呼ぼう」


 向こうの三百人というのは、こちらと違い、特に選抜されたわけではない。

 特に選抜されたこちらの人材であれば、十人くらいはまとめられるだろう。


「特に有能な奴なら、もう少し多く担当させてもいい。できるだけ、年齢層が合うように組み合わせろ。見たところ、連中は19歳くらいの奴もいるからな。それをこっちの16歳の下に組み込んでも、トラブルの元になる」


 リャオが頷いた。


「それが終わったら、そいつらを使って、市門に検問を敷く。連中に荷物を捨てさせて、今日中に歩き始めさせる」


 リャオが手を上げた。


「いいぞ。話せ」

「荷物を捨てさせると言うが、恐らくかなり難儀だぞ。抵抗すると思うが、抜き身で脅しながら捨てさせるのか?」

「それは考えていた。だから、まず城外で炊き出しをする」


 俺がそう言うと、リャオは驚いた顔をした。


「奴らが荷物を捨てる目の前で、メシを作ってやるんだ。炊き出しをキチンとして、飢えることがないと分かれば、荷物を捨てるのも抵抗がなくなるだろ? 歩かせるにも飯を食わせてからのほうがいいし、一石二鳥だ」


「……まあ、そうだな」

 感心したような顔をしている。


「よし。それじゃあ質問や提案はあるか?」


 三人を見渡すが、質問はないようだ。


「じゃあ、ミャロはリャオに付いて、組み合わせを手伝え。俺とキャロルは本陣のほうに戻って、鷲から降りられる奴がいるか聞いてみる」

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