第6話 帰路


 それから刃物屋や洋服屋に幾つか寄ってから、ルークは都の外れへ向かった。


 帰りはどうするのだろう。

 俺が不思議に思っていると、ルークは外れの詰め所のようなところへ行って、すぐに駆鳥カケドリを一羽連れてきた。


 もしかしたら徒歩で帰るんじゃないだろうか、と割と真剣に心配していた俺は、こんな簡単に足が確保できるのか、と驚いた。


「あそこでトリを貸してくれるんですか?」

 と俺が聞くと、

「あそこは国の厩舎だ。国の用事以外では貸し出さないが、今回の納品は国相手だったからな」


 そういえば城から出る時になにやら誰かと話をしていた気がする。

 出城許可かなにかかと思っていたが、違ったらしい。


「そうなんですか。では得をしましたね」

「ああ。普通は何日か待って乗合馬車に乗るか、商隊を探すか、高いカネを払って馬を借りるか、歩くかだからな」


 やはりそういう流れになるらしい。

 貧乏人は歩くのだろう。

 歩きにならなくてよかった。


「なるほど。普通の人はそのように旅をするのですね」

「まあな。さすがに、全部歩きというのは大変だから、あまりいないけどな」


 ルークは俺の脇の下をもって持ち上げると、しゃがんだ駆鳥の鞍の上に置いた。


「ほら、大切な本と、お母さんへの土産だ。ちゃんと抱えとくんだぞ?」

 そう言って、荷物を包んだ風呂敷を、俺の体にたすき掛けにかける。

 そうしてふわっと身を翻すように自分も駆鳥に飛び乗ると、くいっと手綱を引いた。



 ***



 一時間ごとに休憩しながら、三時間ほど走ると、ジャムナという大きな街があり、そこにあった厩舎で駆鳥を替えた。

 駆鳥は速いぶん疲れやすく、疲労が抜けるのも遅いため、無理をさせるのは禁物らしい。

 街の中には入らず、また走りだし、また三時間ほど走って、日が暮れる前に小さな村落に入った。

 ルークは宿屋の前の馬小屋に駆鳥を繋ぎ、近くの井戸から汲んだ水を前に置くと、宿に入っていく。


 ルークはするすると宿泊手続きをして、荷物を宿のあるじに預けた。


「お預かりします。朝食は日が昇ってからでよろしいですか?」

「ああ、それでいい。夕食はどこで食えばいい?」

「宿を出て右へゆくと酒場があります」


 何分小さな村落だから、レストランの類はないのだろう。

 この宿とて、少し立派な民家が客室を貸しているような民宿だった。

 土間に藁でも盛って、そこで寝ることにならなかっただけマシか。


「行ってみる」


 ルークは俺の手を取って、宿を出た。


 出入り口をくぐって右を見ると、目と鼻の先に酒場があった。

 というか、村の端から端まで歩いたって10分かからないのだから、どこだって目と鼻の先か。


 酒場に入ると、誰も客はいなかった。

 空はもう夕陽が暮れ始めているが、まだ明るい。時間が早すぎるのかもしれない。

 暗くなればぼちぼち酒好きが集まってくるのだろう。


 酒場に入ると、すぐに酒場の店主が現れ、俺の姿をみると、すぐに子ども用の背高椅子を持ってきた。

 サービスが行き届いている。

 子連れの旅人が、俺と同じように宿から来ることが多いのかもしれない。


「ありがとう、気がきいているな」

 ルークがそう言うと、ガタイの良い店主はニヤリと微笑んだ。

「ありがとうごぜえやす」

 俺もぺこりと頭を下げて礼をした。


「注文が決まったら呼んでくだせぇ」


 まだ下ごしらえでも残っているのか、店主はキッチンのほうへそそくさと戻っていった。


「ユーリは何が食べたい?」

「うーんと、シチューがいいです」

「シチューか。わかった。俺は何にするかな」


 シチューは偉大だ。

 この世界の料理は全般的に、当然ながら日本のものより味に劣るが、例外的に煮込み料理類はあまり変わらない。

 煮込めば野菜だって肉だって柔らかくなるし、出汁もでるし、香草を入れれば癖のある肉も臭みを抑えられる。


 ルークは店主を呼んで、注文を言った。


「俺は麦酒と、ウサギ肉とチーズのパイ包みを頼む。この子には切り分けたバゲットとミルクシチュー。粉チーズもあったら頼む。あと、ヤギの乳をコップで」

合点がってんうけたまわりやした」


 すぐにヤギ乳とビールが持ってこられ、三十分くらい経った頃に若い娘さんの従業員が現れ、それと同時に客が増えていった。

 案の定というか、格好から判断するに、狩猟者や農家の人々が多い。


 俺とルークはといえば、料理を待っている間、雑談をしていた。


「じゃあ、今借りている駆鳥は、あまりよくないんですね」

「よくないということじゃない。あれが普通で、俺のところだったらもうちょっと上手くやる、ということさ」


「なるほど、うちのトリは特別いいトリなんですね」

「まあ、な。そういうことにはなるが、あれが世の中の平均だ」


 どうも、今日乗った駆鳥は家で乗っているものより上下運動が激しく、尻が擦れて痛くなってしまったのだった。

 ヤギ乳を飲みながら、ルークにそれを話すと、どうやらそれは調教が悪いかららしい。


 そのうち、若い娘さんの従業員が料理を持ってきて、机にそれを並べた。


 料理が来ると、それを食べながら会話を続けた。

 濃厚なミルクシチューに粉チーズをかけ、それにバゲットを浸して柔らかくして食べると、なんとも美味しい。

 シチューの中にはウサギ肉も入っていて、待っただけあって煮こまれて柔らかくなっており、これも美味しかった。


「上下に動くという運動は本来邪魔なんだ。考えてもみろ、足から上を上下に動かしてるっていうのは、走りながら階段を登り降りする運動を余計にしてるってことだろう?」

「なるほど、乗り心地が悪いだけじゃないのですね」

「もちろん、乗り心地も悪くなる。だが、加えて疲れやすくもなるんだ。うちの駆鳥だったら倍は走るよ」


 調教のしかたで燃費が全然変わってくるらしい。

 乗り心地が全然違うのだから当然かもしれない。


 ルークが育てた駆鳥は、まるで電気自動車に乗っているような感じでスルスルと走るのだ。

 尻が擦れて痛くなるなど、考えたこともなかった。


「ところで、王鷲というのはとても速いんですね。行くのはすぐだったのに」


 行くのは一時間くらいで、帰りは馬より早い乗り物で六時間走ってまだつかない計算になる。

 速度と利便性を考えれば異次元の速さだ。


「まあな。速いし、直線でいけるからな。今日走ってきた街道はかなり遠回りだ」

「そうですね。空を飛んだときはジャムナより南のほうを飛んでいた気がします」

「……よくわかったな」

 ルークはちょっと驚いた顔をしていた。


「ジャムナの向こうに特徴的な山があったので。来るときは遠くに見えたのに、帰りは近いなと思ったんです」

「よく見ていたな、偉いぞ」


 なんだか褒められた。


「一応、ジャムナは来るときも小さく見えてはいたんだけどな」

 そうだったのか。

「それは気付きませんでした」


「人を二人乗せられればもっと利用が広まるでしょうにね」


 俺が常々思っていたことを言うと、ルークは渋い顔を作った。

 二人を運べればタクシー代わりにもなるだろうし、こんなにいい乗り物はない。


「そうなんだが、それは言っても仕方がない。お父さんも強い王鷲を作ろうと頑張ってみたが、どうしても二人は無理だ」

「痩せた女の人でも無理なんですか?」


 本の中でそういったシーンがあった気がする。


「ユーリは賢いし、分別があると思うから言うけどな、良い王鷲を使えば男二人でも飛べることには飛べるんだ」


 は?

 飛べるのかよ。


「えっ、それじゃ」

 俺が思わずそう言うと、ルークは手で俺の発言を制した。


「実際に飛んでいるところを見ればわかるが、飛べるといっても、かろうじて浮かぶことができるって意味なんだ。コマドリみたいに忙しなく羽を動かして、ようやくだ。操縦も非常に難しくなる。失速寸前だから王鷲はパニック状態になるしな。飛べる距離も、俺の家から牧場までの間がやっとだろう。その距離であっても、非常に危険だ。俺がやっても、やったことがないから何ともいえないが、九割がた墜落するだろうな」

「……なるほど」


 つまりは安全係数に余裕がないということか。

 2トン用と書かれているワイヤーロープは、実際の切断荷重は12トンだが、実際に12トンの重量物を釣る馬鹿はいない。

 それは釣ったら切れてしまう重量で、安全に使えるのは2トンまでだからだ。


 別の言い方をすれば、過積載の車が、レッドゾーンまでアクセルを吹かしてようやくノロノロと走りだすといった感じなのだろう。

 四トン車に八トンを積んで動かすみたいな。


 車だったら過積載でも、地面の上で壊れるだけだが、王鷲の場合は高空から墜落するのだから、命にかかわる。

 ルークほどの乗り手でも九割がた墜落するのであれば、それはもう二人乗りで練習などできるわけがないし、墜落すれば最良質の王鷲と数少ない王鷲乗りが両方死ぬのだから、リスクが大きすぎる。


「でも、それなら、女の人となら二人乗りできるというのは?」


 よくある半分ウソっぽい英雄ものの物語に、そういうシーンはよく出てくる。


「痩せている女性なら、ギリギリで考慮に値するってところだ。乗り手のほうの体重にも左右されるから、なんとも言えないが」


「お父さんはやったことがあるんですか?」

「ない」

 即答だった。


「どうしても進退極まった状態でやらなきゃならなくなったら、俺だったら女性を脱がせて裸にして、自分も全裸になって乗るな」


 真面目な顔でルークはそう言った。

 冗談ではないのだろう。


「それなら、やらないほうがいいですね」


 布一枚でも軽くしたくなるほどリスキーということか。

 冬だったら凍死してしまいそうだ。


「まったくだ。ユーリも肝に銘じておきなさい。重さを考えるのは基本中の基本だからな」

「はい、肝に銘じておきます」


 俺がそう言うと、ルークは安心したようにほっと息をついた。

 酒が回ってきたのかもしれない。


「ユーリも学校に行くことになったら解るだろうが、女の子は割と信じてるからな。たまーに、ほんのたまにだが、馬鹿をする見習いがいる。ユーリに限ってそんなことはまずないと思うが、乗せてなんて言われても絶対に頷いちゃいけない」

 なんか話が変わった。

「なんですか、それ」


「王鷲乗りは数が少ないだけあって誤解が多いんだ。天騎士が女の人を王鷲に乗せて助けるなんて場面は、物語の定番中の定番だ。どーしょーもないことだがな」


 騎士と姫の恋愛もののような作品では定番なんだろう。

 俺も何度か見たことがある。

 確かに劇的なシーンだったな。


「馬鹿をする見習いというのは、女の子にせがまれて、二人乗りしてしまう人、ということですか?」

「そうだよ。特に、一人で乗る許可が出たばかりの乗り手がな。単独の飛翔許可が出て浮かれた子どもがやらかすことが多い。せっかく育てたのが水の泡になっちまう。乗り手も、王鷲も、女の子のほうもな」

「……」


 若気の至りでバカをやってしまった若者が、空中でパニックを起こして墜落し、グチャッと潰れる。

 容易に想像できた。

 俺も運動や運転を人並み以上にこなせていた人間ではなかったので、他人ごととは思えない。

 俺が暗い顔をしていると、ルークは心配そうに口を開く。


「ユーリ、言っておくが、事故があるからって王鷲を怖がる必要はないんだぞ。墜落するといっても、必ず乗り手が死ぬわけじゃない」


 なんだか気休めのようなことを言い出した。

 息子が王鷲に乗るのを怖がるようになったら、と危惧しているのかもしれない。


「大丈夫ですよ。怖いとは思いますが、あんなにワクワクする乗り物は他にありませんから」

「そうか」

 ルークはなんだかほっとしたような顔をしていた。



 ***



 飯をたらふく食って、ルークは酒をかなり飲んで宿に戻った。

 泥酔はしていないものの、足元は少しうわついている。


 その日はそのまま寝て、翌日朝早くに出発した。

 一泊した町から二時間ほど走った都市でカケドリを降り、そこからさらに二時間ほど歩いて、自宅へ戻った。

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