第8話

 カーステレオからは、眠気を誘いそうな曲が流れている。


「これを、聞いていると落ち着くのですよ」


 佐久間はハンドルを切りながら言った。時計を見ると、家を出てから小一時間経っている。


……今、どこを走っているのかしら? まさか、県境を越えているのじゃ……


「あの……奥村は引っ越したのですか? あの人の家は、相模原市だったのでは……」

「ええ、今は八王子市に住んでいます」

「それじゃあ、ここはもう東京都?」

「そうですよ」


 車は閑静な住宅街の中に入って行った。


……奥村に会ったらなんて話せばいいかしら? しゃくだけど、やはりわたしから謝るべきかな? 先に約束を破ったのはわたしだし、それにしても、あれから七年も経つというのに……


 綾子は運転席の佐久間を見つめた。


「どうしました?」


 視線に気が付いた佐久間がこっちを見返す。


「い……いえ……」


 綾子は慌てて視線を逸らした。


……この人……昔どこかで会わなかったかしら?…… 


「さあ着きました」


 車は住宅街の中の一軒の家の前に止まった。


「僕が先に家に入りますので、奥さんは僕が携帯で呼ぶまで車の中で待っていて下さい。くれぐれも、無闇に車の外に出ないで下さいね」


 佐久間はそのまま車を降り、家に入っていった。



 携帯が鳴ったのは、その直後である。


……ずいぶん早いわね。あら? 佐久間さんじゃないわ……


 夫からだった。


『おまえ。今、どこにいるんだ?』

「どこって……」

『母さんから聞いたけど、おまえ洋介を殴ったんだって?』

「だから……それは……」

『不安なのは分かるが、息子に当たるのはよせよ。僕もなるべく早く仕事を終わらせてそっちに帰るから……ところで、さっき探偵社の人が家に行ったそうだが、留守なので引き返して来たぞ』

「え……?」


……何を言ってるのかしら?佐久間さんならここにいるのに……


『まあ、どっちにしろ要件は電話で済む事だから別にいいのだが。よかったよ、事件は解決した。もう変なメールで悩む事もなくなる』

「どういう事?」

『犯人が分かったんだよ。昔、君が保険の外交員をやってた時の客さ。保険会社とトラブルがあったらしく、それで最初の担当だった君に嫌がらせをしてたんだ』


……知ってるわよ。そんな事……


『警察の方でも、電話番号から相手を特定していたらしいんだが、電話の持ち主がすでに死んでいたので、捜査が止まっていたんだ』

「死んでいた?」


……どういう事? わたしはこれからそいつに会うと言うのに……


『ああ。二週間前に自殺していた。だから警察は誰かが、死者の携帯で悪戯をしていたと判断していたんだ。ところが、探偵の方は、あっさりとトリックを見破ってしまったんだよ』


 夫の声はなんとなく嬉しそうだ。

 ミステリーマニアの血が騒ぐのだろう。


『やはり、自殺した男が犯人だったんだ。と言っても、幽霊がメールを送っていたわけじゃない。メールというのは相手に届く期日を指定できるんだ。奴はそれを利用して、一日置きにメールが届くようにしてから自殺したんだよ。あたかも、死者がメールを送っているように見せかけるために。まったく、凝った事考える奴がいたもんだよ』

「ちょっと待って! それじゃあ奥村は死んでいるの?」

『奥村? 誰だ? そりゃ』

「誰って? 犯人よ」

『何、言っているんだ。犯人は奥村って奴じゃない。佐久間って男だ』


 一瞬、綾子は頭の中が真っ白になった。

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