伯母vs日和雨(1)

 二〇二八年五月二一日。白百合市にあるカガミヤ系列のステーションホテルにて──


「誕生日おめでとう、歩美!」

「ありがとう、みんな!」


 歩美の十八歳の誕生日パーティーが開催された。費用は全額雫さん持ちだ。

 広い会場には大塚家の面々と夏ノ日家の皆は当然として、私と雨道君の両親や笹子家のご両親の姿もある。もちろん木村君も来ているし、歩美の友達もたくさん。今日は学校が休みだからここでしか祝えないと快く招待に応じてくれた。

「あ、歩美……綺麗だぞ……まずい、意識が飛ぶ……色即是空、空即是色……」

「歩美ちゃん、本当に誕生日はコスプレするんだね!」

「コスプレって、千里ちゃん……」

 彼女達はたしか、高校に入ってからの友人の彼方さんと澤さんだったかな?

 例年通り豪華なドレスに身を包んだ歩美は照れ臭そうに頬を掻く。

「はは、まあ、こんな格好は流石に今年で最後かな。大人になったわけだし」

「どうしてよ? それ、レンタルじゃなくておじさんとおばさんがお祝いに買ってくれた服なんでしょ? せっかくもらったんだし来年からも着たらいいじゃん」

 もったいないと指摘する沙織ちゃん。高徳院のお嬢さんも同意する。

「まったくですわ。これからも、たとえば鏡矢のパーティーに招かれる機会などあるかもしれないでしょう?」

「あ、そうか。そんなに派手じゃないし結婚式なんかにも着て行けるかもね」

 納得してぽんと手を打つ歩美。そこへ他にも大勢の友人達が近付いて行って次々に祝辞を述べた。クラスメートだけでなく先輩や後輩達まで。

「おめでとうございます先輩!」

「おめでとうございます!」

「いよいよ今日から成人だね、ますます輝いて見えるよ大塚くん」

「ありがとうございます先輩。なんでいるんですか?」

「この日のために帰省したからさ。では早速、君の為に作った歌を聴いてほしい!」

「あっ、僕もご一緒します前会長!」

「おお、共に歌ってくれるのか御剣くん!」

「司会の方、マイクをお借りします!」

「えっ、ちょっ」

「きゃーーーーーーーーっ! 高徳院前会長と御剣現会長のステージが始まるわよ!」

「お、お兄様、会長!! 今日の主役より目立ってどうするのですか!?」

「あはは……舞さんは今日も大変だなあ……」

「いいの?」

「好きにさせとこう。盛り上がってるのはたしかだし」

「はっはっはっ! 歩美の友達は面白い子が多いな! 卒業したらうちに来い!」

 歩美の学友達のパフォーマンスに雫さんはご満悦だ。あの状態で邪魔するのは私も怖い。放っておこう。

「きゃー会長ーっ!」

「前会長ー!!」

「素敵ー!」

「……! ……!!」

 会場の一角を使って繰り広げられるステージ。美声を響かせ高らかに歌う二人の美形に熱狂する少女達。

 その中の一人、無言で興奮していた少女がはたと何かに気が付いて私の方へすっとんで来た。

「お、お久しぶりです時雨さん!」

「あっ、美浜さんの……たしか、八千代ちゃんでしたよね」

「覚えていて下さったんですね、ありがとうございます!」

 目を輝かせ見上げて来る彼女。お父さんは武芸百般で有名な剣道家であり、鏡矢の当主を目指していた頃の私の兄弟子。今でも当時通っていた剣道場の催しなどで顔を合わせることがあり、彼女とも小さい頃に何回か交流した。

「最後に見かけたのは、たしか中学生になる直前くらいでしたか。お元気そうで何より」

「はい。中学では幼馴染の舞や絵里香と全寮制の学校に通っていたので、なかなか実家に戻る機会が無く……でも、まさか時雨さんが大塚さんの伯母上で、この場で会えるなんて、夢にも思っていませんでした」

「私も、あの負けず嫌いの女の子が歩美の友達になってくれるとは思いませんでした」

 御父上に頼まれて稽古を付けたことがあるのだが、まだ小学生だったのに本気での立ち合いを望まれて面食らったものだ。そして、何度やられても絶対に諦めない不屈の精神に感服した。

「あれ以来、時雨さんに勝つための訓練は欠かしていません。でも上達すればするほどに遠い目標だと痛感します。今しばしお待ちください。数年以内には必ず再戦を挑む自信とそれに足る実力を身に着けてみせます」

「ええ、楽しみにしています」

「はい!」


 それからしばし、私達二人は無言で見つめ合う。

 ええと……?


「す、すいません、お忙しいところ」

「いや、別に忙しくはないけれど、ごめんね、私いい歳なのに話し上手じゃなくて……」

「いえいえ、時雨さんはそれでいいんです。ともかくその、ありがとうございました!」

 もう一度頭を下げ、熱狂する観衆の中に戻って行く彼女。

 わざわざ挨拶に来てくれるなんて出来た子だなと思っていると、いつものようにゴツンと頭を叩かれた。

「おい、なんだ今の体たらくは。若者に気まずい思いをさせるんじゃない」

「いたた……だから謝ったじゃないですか」

「謝る必要が無いように己を磨けと言っておるのだ。まったく、これでは不安でしょうがない」

「不安?」

 なんだ、また私に無茶振りをする気なのか? 嫌な予感を覚えて身構える。

 するとそこへ大塚さん達も近付いて来た。

「お二人とも感謝いたす。歩美のためにこのような盛大な祝いの場を設けて頂いて」

「本当に良い誕生日になりました」

 この二人、いつもなら鏡矢の財力に頼るような真似は渋る。けれど今年は歩美の成人の祝いも兼ねているということで許してくれた。

「感謝するのはこちらです。歩美は私達の血縁でもある。そのあの子が立派に育ったのは、間違い無くご両親のおかげ」

「それを言うなら一番の功労者は麻由美と笹子家の両親、それに浮草家のご両親のおかげでしょう。途中参加の俺は麻由美達ほど苦労をしておりません」

「謙遜を。最も強く影響を受けた人物は大塚さんですよ」

「そうですよあなた。あの子ったら、年々言動があなたに似て来るんですから」

「ははは、たしかに」

「むう……」


 照れ隠しで眉根に皴を寄せる大塚さん。

 それを見て笑う私達。

 和やかな空気が漂ったところへ、雫さんが切り出す。


「何はともあれ歩美は成人した。これを一区切りと考えてよかろう」

「何の区切りです?」

 話が掴めず首を傾げる私。大塚夫妻も訝っている。

 雫さんは続けた。

「お前の責任のだ。贖罪も十分果たしたろう。次は自分の幸せを考えろ」


 ん? んんっ!? 待ってください、本当に何の話を──


「当主として命じる。お前、見合いをしろ」

「はあ!?」

「えっ、お見合い?」

「相手は決まっておるのですか?」

 何故かそわそわする大塚さん。こちらもすぐに理由を語る。

「実は俺も、以前から時雨殿に紹介しようと思っていた相手が」

「あっ、私も一人心当たりがあるんですけど」

「待ってください!!」

「待つのはお前もだ」

 降って湧いた話に気色ばむ私。そんな私と大塚夫妻を左の手の平で制し、やはり美しく着飾った雫さんは右手の指を鳴らす。

 その音を合図に一人の少年が現れた。年頃はおそらく十代半ば。気配に振り返り、彼の顔を見た私達は驚きで言葉を失い、目を見開く。

 少年の肩に手を置き、高らかに笑う雫さん。

「はっはっはっ、紹介しよう! こいつが私の息子・穀雨ぬうだ!」

「初耳ですってば!?」

「よろしく、しぐれさん」

 鏡矢一族共通の顔立ちで微笑み、タキシード姿の細身の少年は、私に向かって一礼した。

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