高校生vs大人(2)

 しばらく経って、正道と柔は遊び疲れてベンチで休ませてる間に寝てしまった。私達も、主に木村の体力回復のため座って休んでいる。

「いやあ、すげえ体力……子供ってやべえな、無限に遊べるじゃん。あ、いや待て、別に俺の名前とかけたギャグじゃねえからな?」

「わかってるよ。今日は一時間で遊び疲れただけ、まだマシ」

「マジ……? 子育てってハードだな……」

「だよねえ」

 思い返すに、小さい頃は私もかなりヤンチャだった。だからママと笹子家の祖父母には頭が上がらない。父さんも短期間とはいえ、一人で友美の面倒を見てた時は大変だったんだろうな。

 その時、無意識に体が震えた。

(今日は天気がいいけど、気温はそれほど高くないもんね)

 運動していた間はともかく、汗をかいたこの状態でずっと外にいたら風邪を引いちゃいそうだ。スマホを取り出し、時間を確認しつつ訊ねる。

「木村、そろそろ歩ける? 寒いから早目に帰ろう」

「だな。途中に自販機あっただろ、コーヒーでも買ってこうぜ」

「オッケー、正道とたくさん遊んでもらったし奢るよ」

「へへっ、なら汗だくになった甲斐があった」

 安いなおい。もうちょっと欲張ってもいいんだぞ。ちょっとその、恥ずかしいから言わないけどさ。

 で、私が柔を、木村が正道をだっこして歩き出す。

 すぐに自販機の前に到着。最近はどの自販機も電子決済対応。財布が無くてもスマホで支払えるから便利なもんだね。缶コーヒーを三本買って一本を木村に。

「サンキュー」

 受け取った木村は早速プルタブを開けて飲んだ。残りの二本は、それぞれ寝ている正道と柔のジャンパーの中に入れてやる。

「カイロがわりか、なるほど」

 それで三本買ったのかと納得する木村。私はそれほど運動してないし、家に戻ってからゆっくり飲むよ。

「すぐに飲む」

「別にいいよ」

 こうしてだっこされてる間は双子も凍えやしないだろう。木村もね。

 そんなことを考えながらじっと木村の腕の中の正道を見つめていると、意外に鋭い質問が飛んで来た。

「お前、なんか悩んでる?」

「……まあね」

 流石は幼馴染なのかね。今日は彼氏とデート中のさおちゃんも、私が悩んでるとすぐに見抜いちゃうんだよな。そんなにわかりやすい?

「私達、来年は一八歳じゃん」

「そうだな。成人か……なんか、実感湧かねえよなあ」


 少し前から成人年齢が引き下げられ一八歳になった。だから私達は、まだ高校生なのに大人ということになる。


「大人になるのが嫌なのか?」

「そうじゃないよ。いや、ちょっとだけ、そういう気持ちもある」

 なんでだよ、とは続かなかった。聞いていい話なのかどうか探ってる感じ。そういう気を遣ってくれるところから、木村も大人になりつつあるんだなってわかった。

 だったら打ち明けてみるのもいいかもしれない。柔がずり落ちて来たので、だっこしなおしてから続ける。

「私とこの子達ってさ、一三歳も離れてるんだ、兄弟なのに」

「あ……」

「小さい頃のことなんて、よく覚えてないのが普通じゃん。今はねーたんとかねーねって言って懐いてくれてるけど、そのうちそうじゃなくなるのかなって。だって私、この子達が大人になる前におばさんになっちゃうし」

 私が社会人になっても、この子達はまだ小学生。大きくなるほど“お姉ちゃん”なんて呼ばれてる自分が想像できなくなる。

「それに、私……あと一年ちょっとで家を出るし」

「え?」

「志望校が県外なんだ。だから友達と一緒に暮らしながら通うつもり」

 実はこれ、まだ木村には言ってなかった。言う勇気が無くて。

 案の定、木村は慌てた。ただし私が予想したのとは別の理由。

「と、友達って、まさか男か!?」

「いや、女の子。高校で知り合った高徳院さんて人なんだけど、えっと、前に会ったことあるっけ?」

「あ、ああ……その人か。会ったことは無いけど沙織から聞いた。たしか、めちゃめちゃ金持ちのお嬢様だとか」

「そうそう。生徒会では書記をしてる人ね」

「ならまあ……」

 いいやと言いかけたみたいだけど、そこでようやく気が付く木村。

「県外?」

「うん」

「えっと……具体的には?」

「東京」

「……遠いな」

「……うん」


 だから言う勇気が無かったんだ。だってこいつ去年、また私に告白するって言ってたし。あれから未だに再トライはされてないけど。

 なんか、このままじゃさ、その告白から逃げるみたいじゃん。


 自販機の前で二人揃って黙り込む。でも、そのうちにこちらからまた口を開く。

「あの、さ……木村、まだ私のことが好きなの?」

「あ、当たり前だ!」

 むきになって言い返す木村。でも私が口に指を当て「しーっ」と注意すると声のトーンを落としてくれた。

「ごめん」

 そう、柔と正道が起きちゃうから静かにね。

「とりあえず歩こう」

「そう、だな……」

 再び歩き出す私達。すぐに木村が言い訳する。

「あの、たしかにもう一回告白するって言ったけどさ……自信が無いんだ。俺、まだあの時から大して成長できてないと思う。だから待ってくれよ」

「別に、待ってるわけじゃない」

「いや、そりゃそうなんだけど……えっと、何かこう、一つでも胸を張れるものを掴んでからにしたいんだ。ごめん」

「だから、謝るようなことじゃないでしょ」

 どちらかと言うと謝らなきゃいけないのは私だ。

「あんたがいつ私に告白しても、それはあんたの自由だけど、さっき言った通り志望校に受かったらしばらくこの街を離れる。先生になれたら、その時は出来る限りこっちで就職先を探すつもりだけど、それだって叶うかわからない」

 教員数って都道府県ごとに上限が決められてるんだ。だから地元に空きが無ければ別のどこかで働くしかない。


 先生になるって夢を諦めるつもりはない。

 だから私は、私のわがままで木村から距離を取る。


「仮に私がOKしたって、しばらく、もしかしたらずっと遠距離だよ。木村、もう進学先決まってるんでしょ?」

「ああ……」

 去年の全国大会で活躍した木村は早くも近場の大学からスカウトを受けたそうだ。今年の大会でも好成績を収めることが条件だけれど、高確率で地元に残る。

 さおちゃんも私とは別の大学に行く。勇花さんも千里ちゃんも。


 だから少しだけ、大人になりたくないと思う。


「……別にいいよ」

 木村はそう言って、私より少しだけ前に出た。振り返りながら笑う。

「お前が世界のどこにいたって、それで俺の気持ちが変わるわけじゃねえさ。だから足りないのは俺の勇気だけだ、気にすんなよ」

「……」

 ああ、そうだ。子供の頃の、だいぶ朧気になった記憶が蘇る。

 こいつは昔から、こういうとんまな奴だった。


 ほんとはね こっちが一歩 踏み出せない 


「字余り」

「は?」

「なんでもない。じゃあまあ、あんたがその何かを掴むまで待ってるよ」

「おう! 頑張るからな、俺!」

「声」

「ごめん……」

 しゅんと肩を落とす木村。あーあ、ほんとに鈍いやつ。

 でも指摘はしない。

 きっと、パパは今も見守ってくれている。背中を叩いてくれている。だとしても最後の一歩は自分で勇気を振り絞って踏み出さなきゃ駄目なんだ。中学を卒業した時のこいつと同じように。

 どうしたら勇気を出せるんだろう? それに、私は本当にこいつでいいって思ってるんだろうか? それがわからないうちは結局子供のままなのかもしれない。法律で認められたって、結局中身が子供なら成人にはなれないんだ。

(それとも大人にもわからない問題なのかな、こういうのって)

 二人だけの時にでもママに聞いてみよう。木村のお母さんと手を組んで何を企んでるのかも含めて、ね?




 ──案の定、ママ達は私と木村をくっつけようとしていた。余計なことはしないでって釘を刺したけど、昔、私が父さんとママにお節介を焼いた時のお返しだと言われぐぅの音も出なくなった。

 似たもの母子だね、私達。

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