data_110:侵略者ミチル
「じゃあGHに行こうか。たしか第一班だったね?」
「え、あ、はい」
わけがわからないままお偉いさんとミチルと一緒に、あと案内係だったラボの職員もエレベーターまでだったが同行して、オフィスに向かった。
道中はお偉いさんがヒナトにあれこれ訪ねてきた。
たとえばオフィスでの生活はどうか、何か困っていることはないのか、というどれも当たり障りのない質問ばかりだ。
おかげで気まずい沈黙にはならなかったのが少し助かったが、かといってこの状況が少しも救われていないのもまた確かな事実である。
ミチルは一言も話していない。
お偉いさんも彼女にはあまり話しかけなかったし、たまに聞くのも頷くか首を振ればいいようなことだけだった。
そんなこんなで一班のオフィスに入ると、まずは当たり前だがソーヤが驚愕の表情でヒナトとミチルを交互に見比べて、どうなってんだ、という一言を漏らした。
気持ちはよくわかる。
むしろそこまで驚いたふうではないワタリのほうが意味がわからない。
「やあ、おはようソーヤ、ワタリ。調子はどうかな?」
「へ、……ああ、おはようございます。俺もワタリも問題ないです」
「そうかそうか。いや、急に驚かせてすまなかったね」
なんだか楽しそうなお偉いさんの声が、ものすごくその場の空気とかけ離れていて不気味だった。
そこで少し躊躇いがちに口を開いたワタリでさえ、顔こそ落ち着いてはいたけれど、やはり内心では彼も驚き慌てていたのだろう、少し声が震えていた。
表情に出にくいのも、彼の場合は眼帯のせいもあるかもしれない。
「あの、こっちの彼女は……?」
「ミチルというんだ。ヒナトとはまあ双子の姉妹みたいなものだと考えてくれ。
それで突然で悪いが、今日から彼女もGH第一班配属とすることになったから、きみたちの輪に加えてやってくれ」
「えっ?」
えっ??
「えぇぇーーーーっ!?」
あまりのことにヒナトは耐えきれず絶叫した。
それはもう、叫んだというよりも悲鳴を上げたと言うほうが似つかわしいような、悲痛な響きに満ちた声だった。
お偉いさんはそれに対して怒らず、むしろ苦笑いしているようだった。
こっちはぜんぜん笑えない。
ワタリも呆然としているようすで黙っていたので、次に口を開いたのはソーヤだったが、そういうところはさすがに班長らしい。
「うちはもう三人揃ってるんですけど、要するに、俺かワタリが異動ってことですか?」
「いや、全員残留だ。特例としてミチルの席は『書記』とでもしておこう。
彼女のデスクとか必要な機材はもう手配してある。今日中にはひととおり揃う手筈になっているが、もし足りないものがあれば事務課に言いたまえ」
彼が言っている間にも、ヒナトたちの背後ではオフィスの扉が開いた状態でロックされ、デスクが運び込まれていく。
椅子もパソコンも、必要なものは着々と届けられる。
それを唖然として見届けたあと、それじゃ頼んだよと軽い調子で去っていくお偉いさんの背中も同じようにぽかんとしたまま見送って、そのあともしばらく立ち尽くしていた。
ロックを外されてゆっくりと閉まっていく扉の音がいやに間抜けで、一緒にヒナトの中の何かも腑抜けていくような気がした。
目の前には少し狭苦しい状態できっちりと並べられた四つのデスクがあり、今整えられたばかりなのに、なぜか何年も前からそうだったような雰囲気を放っている。
ソーヤとワタリは顔を見合わせてから、互いに少し疲れたような表情でそれぞれの席に戻る。
それを見て、ミチルも誰に言われるまでもなく席に着いた。
それはソーヤの隣であり、左から二番目。
今の席順は左から空席、ミチル、ソーヤ、ワタリとなっていて、残ったヒナトが選べるのは否応なしにいちばん左の扉側の席のみである。
つまるところヒナトとソーヤの間にミチルが割り込んだ状態となっている。
もう座りたいという気持ちが一ミリも感じられないヒナトがまだ突っ立っていると、ソーヤがこちらをちらりと見た。
「……ヒナも座れよ。とりあえず仕事の割り振りから考え直さなきゃならんし、今から会議すんぞ」
「は、はい……」
「えーとそんで、ミチルだっけ? よろしくな」
「よろしく」
今日初めてミチルの声を聞いた気がする。
やはりその声もヒナトのそれとそっくり同じで、でもやはり、どこか雰囲気が違う。
どこが、というのは上手く言えないのだけれど。
ふいにくるりとミチルがこちらにふり返り、そして、にたりと嫌な笑みを浮かべた。
「よろしく、ヒナト──」
その先を彼女は声には出さなかったが、その口の動きだけで何を言ったのかはヒナトにはわかった。
──あんたのばしょ、もらいにきたよ。
→
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます