輝くネオン、取り付く影

たぴ岡

遊び人

 ふたりの女の子に両手を引かれて、ネオン輝く眩しい外に出される。

さっきまで入っていた建物の中とは違って、すぅっと冷たい風が俺を刺す。周りに見える人影も心なしか厚着しているようにも見える。秋の訪れを感じるのはこんなタイミングじゃなくていいのにな、なんて思った。

 前をドスドスと歩くかわいい女の子ふたりは同時に止まって、俺の方に振り返る。その顔は真っ赤に染まっていた。寒いからではないんだろうとわかっている。冷たい視線がその証拠だ。

小林こばやしくん、ちゃんと説明してよ」

 右側にいた、背の低いポニーテールの子がキツい声色で俺に問いかける。

「遊びだった、ってことだよね」

 左側のボーイッシュなファッションの子は、俺を鋭い眼光で睨みつける。

 そんなことを言われても、どう答えるのが正解なのか、俺にはわからない。だって、きっと俺が何を言ったところで気が収まることはないんでしょ。どっちも本気だよとか、遊びに決まってるじゃんとか、絶対言っちゃいけないんでしょ。

「何か言ってよ小林くん、こんな女より私の方が良いよね?」

「馬鹿。本気で付き合ってるのは、あたしの方でしょ?」

 俺は彼女らから目線を外して、細く息を吐きながら頭をかいた。

 意外とオーディエンスが集まってきているらしく、円を描くように俺たちを囲んでいる。楽しそうに笑って見ている人もいれば、心配そうに眺めている人もいる。中にはスマホを構えている人影も見えたから、きっとこの騒動は後からパフォーマンスとしてネットの波の中に漂い始めるのだろう。勘弁してよ、見世物じゃないってのにさ。

 というか、今日のお遊びはどっちともできていないのに、何でこんなに怒っているのだろうか。確かに、間違ってふたりを同時に呼んだのは悪かったと思う。そうは思うけど……今にも気が狂ってしまいそうなくらいの顔で詰め寄って来なくてもいいのに。

「あー、俺はいつだって、君たちが遊んでくれてると思って――」

「最低っ!」

「クズ男!」

 順番に右左とビンタされた。空気を読まない秋風が頬に追い打ちをかける。

 ぐらぐらと揺れる脳が正常に戻るのを待っていれば、そこにいたはずのふたりの女の子は、ぷりぷりと尻を怒らせながら遠くへと歩いて行くのが見えた。俺はまた、間違えてしまったらしい。

 大きなため息をつく。その息に吹き飛ばされるみたいにして、見物客もさらさらと消えていく。そうかよ、ダメな浮気男が殴られたらそれで満足だってことかよ。

 とは言え、俺は本当にわからない。俺の何が悪かったのか。

 俺は彼女たちに告白した覚えなんてない。ただホテルに行こうって誘っただけであって、彼女たちはそれを恥ずかしがりながらも快諾した訳で。俺に非なんて何もない、はずだよな。誘ったら来た、俺に言えることはそれだけなんだよ。あの子たちに怒鳴られて殴られるような、そんな心当たりなんて……。

「あーもうっ、わっかんねえ!」

 パッと顔を上げて、ネオンの光があたらない場所に目をやる。その場所に目が行ったのは、何かが見えたから。猫の目でも光っているのかと思ったが、違うらしい。そこには見たことのある眼鏡面がいる、気がする。

 あれ、そういえばあいつ、俺のストーカーなんだっけ? 良く知らないけど。友人に注意喚起されたことがあった。「お前あの陰キャ眼鏡につけ回されてるけど、大丈夫か?」てな具合で。

 まあ、そんなのは俺も気付いていたことだし、あのストーカーは今まで一度も危害を加えてきたことはなかった。それに、ただ追いかけてくるってだけで、変な手紙を送りつけてきたり、勝手に連絡先やら住所やらを特定されたりもしていない。ストーカーになる気はあれど、脅迫じみたことや犯罪みたいなことなんて、する覚悟などないのだろう。だからストーキングされてやるくらい良いかと思っていた。しかしまあ、まさかこんなホテル街にまでもついて来ているとは思わなかったが。

 俺のこと本当に好きなら、こんなところ見たくない、とか思うんじゃないのか?

「ん、あれ、今村じゃん」

 軽く声をかけてやる。

 俺のこと好きだって言うなら、ちょっと構ってやるだけで遊んでくれるだろう。この際、男だとか女だとかそんなことはどうだって良かった。今さっきの騒ぎのせいで近くには誰ひとりいないし、いたとしても俺の誘いに乗ってくれるような都合の良い奴はいないだろう。だったら妥協案として、今村で良い。そういうことだ。

「えっ……ぼ、僕?」

 さっさと歩み寄って、今村の両手をがっしりと掴んでやる。それから満面の笑みを見せつける。これで大抵の奴らは整った俺の顔に落ちる。俺にはそういう魔力みたいなものが、昔からあるらしい。

「ね、今村。ちょっとだけで良いからさ、俺と遊んでくれない?」

「え、っと……本当に僕で良いの」

「ふふ、運良く俺が見つけちゃったからねえ」

 今村は赤面しながら目を逸らし、眼鏡の位置を調整した。これはたぶん、照れているときの癖、かな。つまりそれはオーケーサインってことだよな。それじゃあ、遠慮なく。

 今村の汗っぽくて生暖かい手を引いて、さっき出てきた場所とは別の、落ち着いているけど安っぽい外観のホテルに入る。この辺りはそういうホテルが詰まっている。俺のための場所みたいなものだ。

 気分によって使うホテルは変えているが、今回は久しぶりに相手が男だ。それに、どう見たってこいつは……。まあ、ちょっとくらいケチったって許されるだろう。

 ――そんなことを思ったからバチがあたったのかもしれない。

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