第1章 焦る勇者 1

 この犬丸奏太、人生始まって以来の大ピンチを迎えることになった。

 それを知ったのは、眠い目をこすりながらベッド脇の時計を見た時だ。時間は朝の十時半。紛れもなくこれは大遅刻だった。

 タンスとベッド以外は、漫画やゲームソフトが転がる俺の部屋。唯一ある窓のカーテンを開けると、朝以上に眩しい光が差し込んできたことで、なお一層実感が湧く。

 高校如きの遅刻で大げさすぎるだろ、と思う奴もいるかもしれない。でも今日は日曜日だし、学校なんかじゃない。そもそも学校の遅刻で俺がとる行動は、腹を括って休むか、開き直ってゆったりと学校に行くかのどちらかだ。

 今日はそんなことよりも重要な、「アレクシアス4」の発売日だった。

 最新の現代FPSであるそのゲームは、全世界をかっさらうと言っても過言ではないほどの人気を誇る。まさに純粋な臨場感を体験できるハイクオリティさに加えて柔軟な操作性も兼ね備えているが、なかなか高評価の割に新作がなかなか出ないのが特徴だ。

 俺がそのゲームのファンになったのは、やはり前作「アレクシアス3」と出会ってしまったことだろう。「アレクシアス3」が発売され、購入したのが七年前。俺が十歳だった時だ。テストの点数が良かったご褒美として、初めてゲームハードを買ってもらった際に一緒に購入したソフト。それゆえに俺は人一倍「アレクシアス」の対する思い入れは強いと思っている。「アレクシアス3」が発売された時の人気もそれは凄まじく、俺が手に入れられたのは奇跡だと言われるくらいだった。

 そして今日、「アレクシアス4」が最寄りのゲームショップで発売される訳だが、開始予定時刻は十時。今、それから三十分も経過していた。

 ウソだろ。しまった。やらかした……。頭の中が津波で全て洗い流されたかのように、真っ白になった。

 でも絶望に苛まれている暇はない。俺はベッドから飛び起きて、タンスの前で自分の精一杯の速さで着替える。学校に遅刻した時ですら出したことがない速さでシャツとズボンに着替え、二階から怒涛の勢いをつけて階段を降りていった。

 リビングを横切って玄関に行こうとした矢先、リビングから声がした。

「おはよ、兄貴。どしたん? そんな急いで」

 妹の紗江だった。中学二年生にしてはあどけなさが残る顔を、リボンで留めた短いツインテールが一層それを引き立たせる。今日もセーラー服を着ていると言う事は、テニス部の練習試合が午後からでもあるのだろうか。しかし今の俺には、そんなことを悠長に考えている暇はなかった。

「急いでんだよ! 『アレクシアス4』発売に大遅刻なんて最悪だ!」

「あー、そんなこと言ってたね。まあ、気をつけて」

 紗江は体育会系のせいか、ゲームにはめっぽう興味がない。それだけじゃなく、ゲームの話となると露骨に嫌な顔をする。まるで廃人を見ているかのように。

 そんな顔をする妹の言葉に耳を貸さず、俺はスニーカーを履いて家の玄関から飛び出し、すぐさま外の住宅地の光景へと駆け出していった。

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