「巻き」でいこうよ、魔王討伐くらい 〜「スキップ」機能無双譚〜

仲道竹太朗

プロローグ 1

 ついに、ついに、余の前に立ちはだかる者が現れた。

 魔王として君臨し、支配し続けた身として、余を倒すための勇者が現れたという一報。その知らせほど、余の体に久しぶりの武者震いを起こさせたものはない。

 我々がこの世界を平らげたのは、今から百年ほど昔のことだっただろうか。

 当時は人間たちによって作られた、秩序ある王国というものが支配しており、王族が治める正当性によって、長いこと平穏と安定が保たれていた。それは疑いようがないだろう。

 しかしだんだんと、少しでも王国の支配に対する反対の意を示した者はすぐに弾圧されるようになった。やがてそれだけでは飽き足らず、どんな少数派に対しても、反逆の疑いをかけては徹底的に弾圧していくという狂気すら見え始めていく。

 王国支配の犠牲となった者たちの怨念は大地に染み渡り、一粒一粒ではあるが着実に余の体を造り上げていった。そのエネルギーは、もはや止まることを知らず、完成した余は表舞台へと飛び出すことができたのだ。旧来の秩序に溺れた、魚も住みかねるほどの透明な大河のような世界。その完全破壊こそが余の胸に刻まれ、引き剥がすことなどできない使命であった。

 魔物が闊歩する時代は、もはや神話や伝説によって語り継がれるほどの昔のものではなくなった。余を造り出してもなお増え続ける怨念は、次々と魔物たちを生成していった。魔物たちは余に忠誠を誓い、我が手足として意のままに動いてくれる。

 使命も手段も手に入れた余は、ついに王国に挑むことを決断した。魔王軍を編成し、魔物たちの戦闘力と指揮統制を用いて、最強を謳う王国軍と正邪決戦をすることになった。

 ……が、あまりにも呆気ないものだった。

 王国軍との天下分け目の決戦は、我々の圧勝に終わった。

 長年の王国の支配による影響か、嫌気がさしていた一般民衆は王国軍に協力することを渋る様子が垣間見えた。我々が進駐した村の中には、積極的に我々に物資を提供したり、魔王軍として志願してきた者もいたりしたくらい。

 対峙した王国軍も弱いものだった。腐敗や低士気もあって少しの戦術的攻撃であっけなく壊走した。結果、一夜にして首都を攻め落とすことができた。徹底的な破壊によって、王国の終焉と余の時代が訪れたことを大々的に知らしめた。

 戦いには勝ったものの、その勝利は、余を取り巻く怨念に対する報いとしては味気ないものであった。

 それから百年、世界を恐怖で支配してきたが、一種の退屈に似た思いは決して収まる事は無かった。長らく支配されてきた人間どもも、余の支配から逃れたい一心である事は間違いないと思うが、反逆を率先して行おうとするものはなかなか現れない。彼らが臆病なのか、それとも余が強すぎるのか。後者なら、余の力がつまらないものだという事の裏付けになるだろう。

 そんな中もたらされた、勇者が現れたとの一報。

 盛者必衰の理はあるとわかってはいたが、ついに余の元にも訪れたか。

 余はそれを聞いた時、不思議にも焦らなかった。むしろ、長らく余の体に居残り続けた怨念が、再びたぎり出した気がしてきた。

 伝え聞くところによると、勇者は神界にある神の王国から派遣されたものらしい。召喚されるときはものすごい光のエネルギーがその場所に集中するので、勇者がきた事は一目瞭然でわかった。

 しかし、勇者がここ魔王城、しかもその最深部の魔王の間に来るまでには、少なくとも一ヶ月は掛かるだろう。余の手下もなかなかの手練れ揃いなので、実質はもう少し遅れるはずだ。

 それまでに余は全力をもって奴に当たることが出来るよう、体を温めておかねば。

 まあ、それも奴がこの魔王城に無事に着けばの話だが。

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