第8.5話ある精霊の誤認

「まさかアミィが体調不良だったなんて。全っ然気が付かなかった……どれだけ浮かれてんだよボク…………」


 アミィが倒れてそのまま眠りについた後、ボクは自室にて椅子の背もたれに全身を預けて天井を仰いだ。

 幻想的だと言われている足元まで伸びた長髪はぞんざいに扱われ、精霊界で最も美しいだとか言われる顔も恥ずかしさから赤くなっている。

 誰にも見られていないのをいい事に、ボクはこれ以上なくだらしない姿をしていた。

 庭園の時だってあの子は気分が悪そうだったじゃないか。どうして気が付かなかったんだボクは……ちょっと間抜けすぎないか?


「やっぱり人間はボク達よりもずっとか弱いんだなぁ……」


 熱であんなに苦しそうにして……ボクが治してあげられたらよかったんだけど、腹立たしい事にボクはあまり人間界に干渉してはならない事になっている。

 扉を壊したり扉を直したりするぐらいならまだ、ギリギリ、問題は無いんだけど。

 人間の病を治すとなると厄介なんだ、これが。

 ボクが下手に力を使うと、あまりにも人間界に影響が出すぎてしまう。場合によっては精霊界と人間界の間で交わされた制約に抵触するので、大事になりかねない。

 だがしかし、あの子が病や怪我に苦しむ姿はあまり見たく無い。


「ぐぬぬぬぬ、どうしたものか」


 どうにかして制約を破棄するか、制約の穴を掻い潜るか、制約を無視するか……色々と考えては駄目だなと没にしてを繰り返す。

 ティーカップに注いだ紅茶が冷めきった頃、ついにボクは一つの名案を思いつく。


「あ、そうだ。加護をあげちゃえばいいんだ!」


 精霊の加護は人間にとってこれ以上無いくらいの守護みたいなものらしい。魔力の絶対量が増えたり、その属性への強い適性と耐性を得たり、かなり健康でいられるのだとか。

 精霊の加護に最後のような効果は全く無いのだが、人間達がそう思い込んでいるのならわざわざ訂正してやるのも可哀想だし、放っておこう。

 普通の精霊の加護にはそんな効果は無いけど、ボクの加護はちょっぴり特殊だからそれに似た効果があったりもする。

 なので、ボクがアミィに加護をかければ万事解決。制約にも抵触せずアミィを守れるという訳さ!


「という訳で早速──あ、どうやって向こうに行こう。流石に端末越しじゃあ加護はかけられないからなぁ……かと言ってこの姿で行くのも身嗜み云々以前に制約が……」


 やっぱり制約とかもう破棄した方がいいんじゃないかな。邪魔だよ、うん。制約の破棄も視野に入れておこう。


「適当にボクの分身を作って、それを何か別の……猫でいいか。あれの姿にして、意識の分割を行えば…………よし出来た。この姿でならギリギリ制約にも抵触しないだろう」


 これからアミィの傍に置いておく事となる猫型の分身を人間界へと送る。

 そしてボクは今も尚荒い息のまま眠るアミィのすぐ傍にたどり着く。肉球でぷにっとアミィの頬に触れて、


「──君のこれからが、少しでも安らかなものになりますように。星の名のもとに……君に加護を」


 ボクは加護をかけた。月明かりだけが頼りの暗い部屋の中に、星々の瞬きが如き光が溢れ出す。それらはアミィの体を覆うように輝き、やがてその体に溶け込むように消えていく。

 改めてアミィを見ると、少し、呼吸が落ち着いてきている。ボクの加護もちょっとは役に立つらしい。

 無事にアミィに加護をかけられたのを確認して、ボクはその場で体を丸くして眠りにつく。猫を模して作ったからその辺も猫寄りなのだ。

 意識を分身から本体に全面移行して、ボクは安堵のため息を吐く。


「ふぅ…………あっ、そういえば……」


 そこでふと思い出したのだ──ボクの加護の、特典を。


加護属性ギフト……まぁあの子ならきっと大丈夫か」


 無責任な事を言いつつも、ボクは仕事に戻る。今日一日ずっと、仕事を放置していたからそろそろやらなければ部下に怒られてしまうのだ。

 遠くない未来でこの事についてアミィに怒られるかもしれないけど、気にしない気にしない。

 だってボクはいい加減な精霊だからね。

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