第91話緑の竜
真夜中にラ・フレーシャを飛び出てからもう二日経ち、三日目にさしかかろうとしている。
現在いる場所は百年樹に最も近い町。馬車で四日程と聞いていたのだけれど…予定よりも早く進めているようだった。
それもひとえにブレイドのお陰だろう。食事の際に無理をさせてるお詫びにと万能薬を与えた所、たちどころに疲労感が消し飛んだようで……張り切った様子のブレイドに、『まだか、まだいかないのか』と急かされた気さえしたものだ。
しかもその後、何かめちゃくちゃスピードアップしたブレイドによって私はもう何度目かも分からない地獄のドライブを味わった。
勿論、頑張ってくれたブレイドには申し訳ないから体調不良は隠し通したとも。万能薬を飲んでね! 持っててよかった万能薬。
一日目二日目と運良く村や町に着けて、そこでご厚意で泊めて貰えたので寝る場所には特に困る事もなかった。
そして三日目の朝、私はブレイドに乗って百年樹を目指す。百年樹は広大な森の中にあるとかで、その森自体は町からさほど遠くなくて直ぐに辿り着けた。
呪いに侵されたからなのかかなり鬱蒼とした森へと入ろうとする……が、その直前でブレイドが急に足を止めた。目元を険しくしていて…何やら様子が変だった。
しかしそれには心当たりがある。なので私は一度ブレイドから降りて、その頬を撫でながら尋ねた。
「…行きたくないのね?」
「ブルッ……ブブル…」
きっと賢いブレイドには分かるのだろう。この森が…百年樹が危険な場所だと。
「いいのよ。ここまで私を乗せてくれてありがとう、凄く助かったわ」
抱き締めるようにブレイドの首に手を回す。…だけどを私は一人でもこの先へと進まなければならない。寧ろ、一人で進まなければならないのだ。
「……それじゃあ私は行ってくるね。ブレイド、あなたは先に今日泊まった町に戻ってて頂戴。後で迎えに行くから」
「ブルッ!? ブルルルッ!!」
「ちょっ…服引っ張らないで…?」
もし竜の呪いが生物全般に効くものであれば…ここにいてはブレイドも早急に呪いにかかるかもしれない。
なのでブレイドには先程の街に戻るよう伝えたのだが、それを聞いたブレイドは私を引き止めようとローブの裾を思い切り噛んで引っ張るのだ。
まるで、私を森に行かせまいとしているかのように。
「…………ごめんね、ブレイド。何があっても、私だけは行かなきゃいけないの。あなたと、あなたのご主人様を守る為に。ありがとう心配してくれて」
「……ブルゥッ…」
もう一度ブレイドの頬に触れる。するとブレイドは頭を寄せてきて。甘えん坊なんだなぁと思いながら、ここまで乗せてくれてありがとう…そんな気持ちを込め私は沢山撫でた。
その後、私は残り二本のうち一本の万能薬に髪をまとめていたリボンをくくりつけ、それを更にブレイドの馬具に結んであげた。
もしもの時は町の人にこれを飲ませて貰ってね、と言いつけるとブレイドは「ブルッ」と返事してくれた。
そしてついに私は森に足を踏み入れた。森の中は草木が生い茂っていて、歩いていると普通に熊と遭遇した。え、何でこんな森入ってすぐの所に熊が?
と困惑したものの……熊の動きは師匠より遥かに遅かったので、簡単に制圧出来てしまった。しかし私もまだまだだ…殺さない道とてあったかもしれないのに、勢い余って森の熊さんを一撃で仕留めてしまった。
師匠であればきっと殺さずとも対処出来たのだろう。やっぱり私はまだまだだ。
そしてまた進み始めると、今度は大きな猪と遭遇した。なんか目が赤い。これ絶対ただの猪じゃないでしょ。
しかし、この猪はただ突進するしか脳が無いようで…ちょっと避けてから、久々の
これまた「安らかに眠れ」と手を合わせ、熊に続き死体を放置して先を行く。
次に現れたのは狼の群れだった。ちょっとこの森治安悪過ぎない? 本当に百年樹って観光地なの? 観光地までの道めちゃくちゃ邪魔者がいますけど…。
ここで私は思いつく。狼の群れとは言ったものの、数はおよそ六匹……これは実戦として中々に良いのではと。
「…まぁ、とは言えども急いでるから手間はかけられないのよね」
そう呟きながら、私は魔法を発動した。上空に青い魔法陣が現れ、そこからポタリポタリと雨が降り始める。それと同時に、狼達は私目掛けて襲いかかる。
「うーん、名前は…そうだなぁ──
名前を考えていなかったその雨は、私が名をつけた瞬間に全てが氷へと変わり、氷柱の雨を降らす。高速で降り注ぐ氷柱達は槍のように狼へと容赦なく突き刺さり、当たり所が悪かった場合は死に至らしめた。
この魔法は私の周りでだけ何も起きていない。発動する場所にもよるが、発動した私本人までもが濡れてしまうのが難点だな、これは。
調整が面倒だしあまり威力にも期待出来ないなぁこれ。と考えていた所、何やら狼の中に生き残りがいたようで。
虫の息でありながらも、吼えながら襲いかかってきたのだ。
「どうぞ安らかに」
その首を綺麗に斬り、私は第三ラウンド狼戦を終えた。
動物愛護の組織がいたならば確実に非難轟々な動物殺しっぷりである。
いや、こんなにも治安悪いこの森が悪い。うむ。
そうして向かってくる動物や魔物らしきものをちぎっては投げちぎっては投げ…私が通った道には、まるで大量虐殺でも起きたのかってぐらい大量の死体が転がっていた。
なんて治安の悪い森なんだ、まったく! これでは人がびっくりしてしまうじゃない!
そしてついに百年樹に辿り着く。それは想像していたよりも大きくて立派な樹だった。
あの悪魔の話だとこの樹の根元から地下大洞窟に行けるらしいんだけど……そんな場所あるかしら。一周ぐるりと回ってみたが、それらしき入口は無い。
あの悪魔もしかして適当言った? 今度会ったら顔面ぶん殴ってやろうかしら。
「……無いなら作るしかないわね」
おもむろに剣を抜きながら、私は呟いた。動物の大量虐殺に続き森林破壊か。ハハ、犯罪者にも程があるぜ私。
心の中で乾いた笑いを浮かべつつ、私は百年樹の根元目掛けて何度も剣を振るった。暫くそれを続けていると、一箇所だけそれらしき場所が現れたのだ。
地面もついでで抉ってしまい、そこで謎の石が露出したのだ。
「根元って言うか、もうただの地面じゃないの」
とぶつくさ文句を言いながらスコップ型の氷を生み出し、地面を掘り返す。誰も見ていないから平気で水を氷に変えてるけれど………それにしてもめちゃくちゃ手がかじかむわ。
氷のスコップで掘り続ける事五分、明らかに怪しい石版が現れた。それは何かの蓋をするかのように一回り大きい石の壁の中にはめ込まれているようだった。
これは明らかに何かの入口だ。しかしこんなにも重そうなもの、どう開けたものか…と考えた末に私は答えを出した。
──よし、ぶっ壊そう。
雨垂れ石を穿つって言うしね、根気よくやってればいつか壊せるわ。愛剣を一度鞘に収め、そして鞘で思い切り殴りつける。
するとどうだろう、石版にはヒビが入り…クッキーのようにボロボロに崩れていってしまった。
何度か殴っていれば壊れるだろうとタカをくくっていたのだが、まさかまさかの一発で壊れてしまったのだ。
えっ…こんなチョロくていいの…?
と戸惑いつつもそこに生まれた穴を覗く。よく見えないが、音の響き的にはそこまで深い穴ではないようだ。
耳を澄まして中の様子を聞いてみたものの、特に生物はいないようなので…意を決してその縦穴に飛び込んだ。
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