第80話束の間の休息5
「お前…ようやく理解したのか、遅せぇな。最初から言ってたろオレサマは偉大なる悪魔だって」
いやいやいや、突然人の夢に不法侵入した奴を偉大なる悪魔とか思えないから! てか偉大なる悪魔なら何でそんなに妙に馴れ馴れしくて妙にフレンドリーで妙に気さくなのよ!
偉大なる悪魔の威厳とか無いのかしら!?
と、私は慌てて捲し立てる。すると悪魔はあっけらかんとして答えた。
「威厳…? まぁ、オレサマん中に無けりゃ無いわな」
そんな百均みたいな感じなのかしら威厳って?! ディスカウントショップで買えるものだったかしら威厳って!!?
「いやディス…なんとかって何だよ聞いた事ねぇな」
はっと息を呑む。ついつい心の中で盛大なツッコミをしていたのだが、そう言えばこの悪魔は当たり前のように私の心を読んでくるんだった。
なんという事だ、百均なんて文化がここにある訳ないだろう! どうやって誤魔化す…?! と戸惑いながら今度は私が顔を逸らした。その顔には少量の冷や汗が流れる。
…いやもう諦めよう。偉大なる悪魔様なんだからそれぐらい自分で考えてくださ〜い。
「はぁ? コイツ、オレサマが偉大なる悪魔って知っても態度変えねぇのかよヤバ………流石は氷の血筋とやら…」
あの皇帝と兄と一緒にしないで欲しいんだけど。まぁ…この悪魔がそれで納得してくれたのならもういいか。
で、それで? 偉大なる悪魔様は
「…妙に鼻につく言い方が気になるが見逃してやる寛大なオレサマなのであった。うむ、まぁ実の所その通りなんだわ。後は助言だな」
助言? と私はオウム返しに聞く。悪魔はこくりと頷いて更に続けた。
「アレが竜の呪いである事は誰にも言うな。そして竜の所にはお前一人で行け。お前一人で
…………………はい? 何言ってますのこの悪魔は?
国一つ滅ぼすような呪いの元凶を一人で何とかしろ? 無茶にも程があるわよ。
適当な事言いやがってと苛立つ私に向け、悪魔は邪悪な笑みを浮かべた。
「
即死…!?
「当たり前だろ? 呪いってのは呪われた者が自覚した方が効果が強く濃く出るモンだ。竜の呪いなんてものを受けてみろ、自覚し理解した瞬間に呪いがその真価を発揮する。だからこの事は全て終わるまでお前しか知ってはいけない」
悪魔は愉しそうに、残虐に笑っていた。その言葉を聞いて私の手は無意識のうちに少し震えていた。
俯き、その両手を強く合わせて震えを止めようとする。しかし、意味は無かった。
…なんで、知ってしまったが最後の事を私は教えられたの?
それじゃあ、この後私はオセロマイトに着いた瞬間──
「死なねぇよ。お前にはありとあらゆる呪いが効かん。精霊共の加護があるからな」
──死なない? 私、呪いが効かないの?
ピタリ、と震えが止まる。ばっと前を向くと悪魔はつまらなさそうに舌打ちした。
「そうだとも。お陰様でオレサマはお前に唾つけられなくなっちまったんだがな。マジで余計な事しかしねぇな精霊の……独占欲の権化め………」
ブツブツと悪魔が何かを呟く。
私には呪いが効かない……だから私にだけ呪いの事を教えた。自覚しても何の影響の無い私だけに。
「そうさな。お前がアレを何とかしたがってるから、丁度いいし教えておいてやろうと思ったんだ、オレサマ超気が利くだろ?」
えぇそうね、ありがとう教えてくれて。さっきはキツい言葉を言ってごめんなさい。
そう口を動かしながら私は頭を下げた。過程や人格は何であれ、この悪魔が
ならば私は感謝しなければ。切実に求めていたそれを提供してくれた悪魔に、心からの感謝を。
「………何で急に普通にありがとうとか言うワケ? マジで意味わかんねぇ…本当になんなのコイツ……」
なんだかモゴモゴとした声が聞こえて来る。チラッと悪魔の方を見たら、椅子の背もたれで頬杖をつきそれで口元を押さえているようで……何をやっているのかは分からなかった。
私の視線に気づいた悪魔が「うぉっほん」とわざとらしい咳払いをし、こちらを指さして言う。
「この際だから言っておこう、これはサービスだからな。オセロマイトとやらの何処かに百年樹とか言うデケェ木がある。その根元から地下大洞窟に行ける筈だ。地下大洞窟の最奥に緑の竜が瀕死の状態で眠ってるだろうから、何とかしてやれ」
何とこの悪魔、緑の竜の居場所まで知ってるらしい。それを親切にも教えてくれたのだ。
あれ……もしかしなくてもこの悪魔、本当は良い奴なのでは?
憎まれ口を叩いていたのが少しは申し訳なく感じてきた。
「さっきからオレサマへの評価が二転三転してるな」
気の所為よ。ええと、とりあえず…私はその百年樹とやらを目指せばいいのね?
「その通り。もう一度言うが、絶対に一人でだ。地下大洞窟は恐らく地上より遥かに竜の呪いが蔓延してるからな、お前以外の人間は降りた瞬間に即死だ」
分かったわ。何がなんでも一人で行くようにする。
そう頷くと悪魔は満足そうに笑った。口元しか見えないものの、表情がとても分かりやすい。
「緑の竜の権能は緑──自然の権能だ、気をつけるよう人間共に忠告してやれ。さて、オレサマからやれる助言はこれだけだが………ま、もう十分だろ」
そう言いながら悪魔は立ち上がり、パチンっと指を弾いた。すると座っていた椅子が消え去り私の体はそのまま落ちる──かのように見せかけ、その寸前で悪魔に支えられた。
悪魔の顔が目の前にある。だがそれは例の如くぐちゃぐちゃに塗り潰されていて見えない。
しかし、彼の髪らしきものが私の顔にかかる。視界の端に映るは黒い長髪。
私の体を支える悪魔の手が腰にある。師匠と同じかそれ以上の大きさだと思う。
何だかクラっとしてしまう香りを舞わせ、悪魔は私の耳元で囁いた。
「………またな、アミレス・ヘル・フォーロイト。次会った時は感動の再会となる事を期待している」
悪魔の声が脳内で反芻される。恐ろしい程蠱惑的な低い声に、私の思考は一時的に動く事を諦めていた。
そして、気がついた時には…私の意識は覚醒していた──。
♢♢♢♢
…いつもの習慣で、日の出の頃に目が覚めた。
手元に魔法で水を出し顔を洗うと、私は愛剣を片手に荷台から降りて結界の様子を見に行く。
周囲の森から水をふんだんに拝借しただけはあって、全然傷一つなく結界は残り続けたようだ。流石は我が結界。
それにしても…ここまで鮮明に夢の内容を覚えているのはあの悪魔の優しさなんだろう。
彼がどんな理由でわたしの夢に不法侵入してアドバイスを残していったのかは未だ分からずじまいだが……まぁそのうち分かる事。
今の私に出来る事は緑の竜の呪いをどうにかする事、ただそれだけだ。
ただその事から一つの懸念が残る。病なら治せるリードさんとシャルが呪いを解く事は恐らく不可能だと言う事だ。
彼等が呪いを呪いだと認識してなければ問題ないのか、それとも認識してなくとも問題なのか…それが分からない為、呪われた人達──病人達の治癒が可能なのかどうか、確信が持てなくなってしまった。
果たしてどうしたものか…二人の治癒が不可能だった場合、どうやって呪いの進行を止めたらいいのか。それが私には分からないのだ。
それに、ゲームで未知の感染症とされていたのは……恐らくこれが竜の呪いだと判明しなかったから。尚且つ竜の呪いがオセロマイト王国が滅んだ時点で終息したからなのだろう。
その為、オセロマイト王国を破滅に追いやった未知の感染症とされていた…。実際は凶悪な呪いだと言うのに。
ゲームではオセロマイト王国は誰にも救って貰えず破滅の一途を辿った。
だが私はそれを何がなんでも阻止したい。それがマクベスタの友人として──この
そうやって物思いに耽けっていた時、誰かが起きてしまったようで。
「あらイリオーデ、おはよう…ってどうしたの? 顔色が凄く悪いけど…!」
虎車のすぐ側で荷台の車輪にもたれ掛かるように眠っていたイリオーデが、真っ青な顔でフラフラと立ち上がる。
慌てて駆け寄って体を支えたが、本当に顔色が悪い。一体何があったと言うのか。
「……王女、殿下…っ」
震える唇が私を呼んだ瞬間。彼の綺麗な瞳からポロポロと涙が溢れ出した。
突然の事に混乱し戸惑った私は、とりあえずポケットの中からハンカチーフを取り出してイリオーデの顔に当てた。
そして同時にその涙の理由を尋ねる。
「…夢を見ました。とても悲しい、悔しい夢……」
「悪夢を見たという事?」
「……っ」
こくりと彼は頷いた。その内容は語らなかったものの、イリオーデの様子から相当凄惨な夢だった事は分かる。
どう言う訳か私が触れていると安心するらしいので、皆が起きるまでの間、私はイリオーデと手を繋いであげていた。昨日あんなに接触したんだもの、これぐらいもう余裕よ!
彼の隣に座り、繋いだ左手からイリオーデの小さな震えが伝わって来る。
清流のように流れ落ちる涙と朝日に照らされるイリオーデの横顔は、こう言っては失礼かもしれないが、何だかとても美しいものだった。
そうやってしばらく待つと、目を覚ましたディオとシャルが涙を流すイリオーデを見て衝撃のあまりフリーズしていた。
リードさんやマクベスタも流石にこれは異常事態なのではとイリオーデを心配していて、彼は何度も「心配と迷惑を掛けてしまい申し訳なく思う」と頭を下げていた。
その後、最後に起きたシュヴァルツが欠伸と共に大きな腹の虫を鳴らせた事で、私達は朝食に取りかかった。
相変わらず主食はパンなのだが、全部美味しいから全然オーケイです。
皆で和気藹々と朝食を食べ、準備を終えたらまたもや暴走虎車ドライブの始まり。しかしついにマクベスタがコツを掴んだとかで、昨日と比べるとかなりマシになっている。
……いやこれに関してはコツって本当に何なんだろう。
定期的に休みながら進み、今日は運良くオセロマイト近くの街に泊まる事が出来たので野宿では無く普通のベッドで寝られた。
そうやってオセロマイト王国への道を行く。あの国を救う為に、マクベスタの家を守る為に。
国境に辿り着くとなんとそこは理由も明かされず封鎖されていて通れなくなっていた。しかしこちらにはマクベスタがいる。
マクベスタが王家の紋章が刻印された飾りを見せ名乗ると、国境を封鎖していた兵士達は深く頭を垂れながら道を開けた。
マクベスタが言うには、オセロマイト王国はそこまで領土が大きく無いらしい。
その為、この国境の辺りから王都まで普通の馬車で休まず行けば一週間程で着くそうなのだが、ここまで来ればと
マクベスタが近道を知っていたからでもあるが。まぁ、お陰様で虎車に乗ってた私達はまた死にそうになったけれども。
──そうして。私達はついにオセロマイト王国が王都…花の都ラ・フレーシャへと足を踏み入れたのだった。
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