第41話わたしは彼女と出会った。
わたしは、ずっと悪い子でした。
お母さんを酷い目に遭わせ、お父さんにたくさん苦労をかけ、大勢の人達に迷惑をかけてきた、悪い子でした。
わたしの眼は、燃え盛る炎のように真っ赤です。
お母さん譲りの、延焼の魔眼と言うとても貴重で恐ろしい魔眼です。
これは魔法を使わずとも、いつでもどこでもありとあらゆるものを焼き尽くす事の出来るこわい瞳です。
それに加えてわたしの魔力は火の魔力でした。火を発生させて何かを燃やす事しか出来ない、こわい魔力です。
わたしは、生まれたばかりの時に、この魔眼と魔力によってお母さんに酷い事をしてしまったのです──。
『おまえって母親を殺しかけたんだろ! 目も変だし、手だってほら! やっぱり化け物だ!!』
『化け物が人間のフリするなよ! 死んでしまえ!』
『おれたちのことも殺すんだろ!』
『やだ……何あの手…』
『ほら、あの子が例の……』
『魔女だわ、本物の炎の魔女だ!』
友達を作ろう、と言うお父さんと一緒に行った初めてのパーティーで、わたしはたくさん酷い事を言われた。
分かっていた事だった。わたしに優しくしてくれるのは、お父さんと屋敷の皆だけ。それも、わたしがお父さんの娘だから…シャンパージュ家の一人娘だから。
お父さんや屋敷の皆がとても優しくて、お父さんの『メイシアは優しい子だからきっと友達も出来るよ』と言う言葉が嬉しくて、それを真に受けたわたしは勘違いしていた。
………化け物でニセモノのわたしに、普通の人のように友達を作り過ごす事なんて出来る訳がなかったんだ。
昔からずっとそう思っていた。そう、分かっていた筈なのに…やっぱり、憧れずにはいられなかった。
心のどこかで期待していたのだろう。あのお父さんがきっと出来ると言ってくれたから、わたしにもまだ可能性があるんだって、そう、期待していた。
結果はあの通り、たくさん酷い事を言われて、予想通り期待を裏切られたわたしは泣いてしまった。
今まで優しい人達に囲まれていたから、その反動もあって、心が苦しくなったのだろう。
泣いて駄々をこねてお父さんを困らせてしまった。わたしの様子を見たお父さんがすごくすごく辛そうな顔をしていて、わたしのせいだって心臓が苦しくなった。
その日以来お父さんは一度も、わたしに『友達を作ろう』とか『友達が欲しいかい?』と言わなくなった。その代わりに、わたしにたくさんお仕事の資料や書類を見せてくれるようになった。前よりももっと商売の事をたくさん教えてくれるようになった。
生きていく上できっと役に立つからと、お父さんはたくさんの事を教えてくれた。お勉強は嫌いじゃないし、化け物のわたしに出来る事はこれぐらいだったから、ずっと自分の部屋でお勉強ばかりしていた。
屋敷の中は安全だから。屋敷から出なければ、もうあんな風に辛い思いをしなくていいから。
この屋敷の中には、わたしに酷い事を言う人はいないから。酷い事をする人もいないから。一番、安全な場所だから……。
そうやって過ごしていると、十一歳になる頃には、外に出たいとも思わなくなった。
だって外に出ても辛いだけで…何もいい事なんてないから。
辛くて苦しくて悲しい気持ちになるのに、どうしてわざわざ外の世界に出る必要があるの。そう、思っていた。
でも、一度だけ外に出ようと思った事があった。いつもわたしの事を気にかけてくれるお父さんに、とっておきの誕生日プレゼントを渡したくて……それで、皆に内緒でこっそり外に出た事があった。
ちゃんと義手を隠すための手袋も着けて、あんまり顔を見られないために深くローブも羽織った。きっと大丈夫、わたしを知る人に出会うわけがない。
………まさか誘拐されてしまうなんて思いもしなかった。
わたしを知る人に出会って、酷い事を言われたわけではないけど、しかしこれが危機的状況な事には変わりなかった。
突然知らない男の人に口元を塞がれどこかへ連れ込まれた。凄く、凄く怖かった。
恐怖のあまり涙が溢れたし、体が異常なぐらい震えた。怖くて怖くて仕方なかった。
知らない男の人達はわたしの顔を見て、背中がゾッとするような、気味の悪い笑みを作っていた。…今思えば、あんな人達、あの時燃やしておいた方が良かったのかもしれない。
──だってそうしたらあの子が傷を負う事も無かったんだから。
でもね…あの時のわたしにはそんな勇気が無かった。ただ怯えて、震えて、歯をガタガタと鳴らして泣く事しか出来なかった。
それに、誰かを傷つけるのが怖かった。お母さんがわたしのせいでずっと目を覚まさないように、わたしのせいでまた誰かが大怪我をして目を覚まさなくなってしまえば………例え相手がどんな悪人でも、わたしは罪悪感に押し潰されてしまいそうだった。
だから何も出来ずに檻に入れられ、目先の絶望をただ嘆く事しか出来なかった。
それは他の子達も同じだった。わたしがこの檻に入れられた時、わたしの他に二人の女の子がいた。
二人……ナナラちゃんとユリエアちゃんはわたしより少し前にこの檻に入れられたらしく、相当泣き続けていたのか、声もガラガラで目元も真っ赤に腫れていた。
わたし達はただ毎日すすり泣いていた。もうそれしかできる事がないから。
わたしが檻に入れられたほんの少し後に、もう一人男の子がやって来た。その男の子はこんな状況なのにまったく動じていない様子で、むしろこんな状況を楽しんでいるようだった。
「あはっ、そんなに怒らなくてもいーのに。ぼくのね〜、予言…うーん、占い? は結構当たるんだぜ? ──きっと、もうそろそろ……面白い事が起きる気がするよぉ」
ある日、ナナラちゃんが男の子の様子に腹を立てて怒鳴った事があった。その時、男の子はこの場所に似つかわしくない程明るい笑顔で、そう言った。
もちろんわたし達はそれを頭のおかしい男の子の妄言だと聞き流した。
…何故かずっと余裕のある振る舞いをする男の子が、そんな期待させるような事を言ったから、ナナラちゃんとユリエアちゃんは泣きそうな瞳で顔を真っ赤にして怒った。
この時にはわたしはもう買い手がついていて、数日後には人身売買の果てに奴隷にされてしまうらしい。
だから、そんな些細な妄言ですら、期待してしまうのだ。こんな世界に…こんなわたしが期待しちゃ駄目って分かっているのに。
それなのに──馬鹿で愚かなわたしは、何度も期待してしまうのです。
わたしが檻に入れられた時から四日ぐらいが経った日に、また一人新たに女の子が連れて来られた。
檻越しにその女の子を見た瞬間、ずっとゴロゴロしていた男の子がバッと勢いよく体を起こして、口角を上げながらその姿をじっと見つめていた。
…その女の子は、とても綺麗で可愛い女の子だった。わたしの真っ赤な魔眼とは正反対のとても綺麗な寒色の瞳……こんな状況なのに、彼女の瞳には絶望の二文字が全く無くて、とても強い意志に輝いていた。
その瞳にわたしは引き込まれて、見蕩れていた。でも、わたしにずっと見られるなんて相手に失礼だし可哀想だと思い、急いでわたしは俯いた。
その時、驚きの言葉が聞こえてきた。
「──あのね、私はここにいる皆を助けに来たの」
あの女の子はとても強い意志の宿った声で朗々と宣言した。
わたし達全員がそれには息を飲んだ。……男の子だけは、楽しそうに笑顔を浮かべていた。
「たす、けに? あたし達を?」
ユリエアちゃんが、女の子に向けて恐る恐ると言った風に問うていた。
「ええそうよ」
女の子は、それにさも当然かのように即答した。だが、ユリエアちゃんはまだ質問を続けたのだ。
「あなた一人で?」
「…残念ながら私には仲間がいなくて」
申し訳なさそうに、女の子はそう言った。だけど、女の子からは一人でも成し遂げてみせると言わんばかりの気合いが溢れていた。
その時、わたしにだけ聞こえるような小声で、男の子が自慢げに呟いた。
「…ね、だから言ったでしょー? ぼくの予言は結構当たるんだって」
わたしはそれを聞いて、また更に期待してしまった。
あの女の子がわたし達を助けてくれるの? 見ず知らずのわたし達を、なんの得にもならないのに?
…本当に、なんの得にもならないし、むしろ損ばかりになりそうな事なのに……あの女の子がその言葉通りわたし達を助けてくれるのだとしたら。
そう、期待してしまう。こんな期待、相手にも迷惑なだけなのに。
「……ふざけないで、あなた一人で何ができるって言うの? 私達と歳も変わらなさそうなあなたが、大人の男達相手に何ができるって言うのよ! 無駄に期待させないで!!」
女の子の言葉を聞いたナナラちゃんがそう叫んだ。期待させないで……そうだ、確かに易々と期待させないで欲しい。
でも、あの言葉は…あの女の子の言葉だけは、本当に期待してもいい気がした。確証も論拠も無いただの直感だけど、あの女の子なら本当にやってのける気がした。
「それにっ、あなたみたいな可愛い子の方が早くどこかの変態に買われちゃうのよ!? そこの子だって明日の朝には……!」
ナナラちゃんが何かを訴え始めた。その時、家名は伏せて名乗っていたわたしの名前も呼んでいた。
すると、しんっ…と驚くほど静かになった。あの二人は違ったけど、もしかしたらあの女の子はわたしの事を………炎の魔女なんて言う風に呼ばれる化け物のわたしを知るのかもしれない。
そのもしもが怖くて、わたしはまだ顔を上げられずにいた。
その女の子と思しき足音が一気にこちらに接近してきた。何事かと思っていたら、その女の子が『失礼します』と丁寧に言いながらわたしの顔に触れ、ゆっくりとそれを上げた。
わたしの魔眼に、女の子の綺麗な瞳と顔が映される。ああ、本当に、綺麗な目。このままずっと見ていたら、夜空に飲み込まれてしまいそうな…そんな瞳。
驚くような表情でわたしの顔をじっと見つめる女の子がついに口にした言葉は、わたしの体を一気に緊張状態へと変えたのだ。
「…メイシア・シャンパージュ嬢、ですよね」
ドクン、と心臓が大鐘を打った。やっぱりこの子はわたしを知っているんだ。
化け物で、ニセモノで、魔女のわたしを。
「どうして、わたしの名前を?」
きっとまたいつもと同じ流れなんだと覚悟を決めて、わたしは確認する。
わたしの質問に彼女は少し目を泳がせた後、
「…私も貴族のようなもので。まさか、伯爵令嬢の貴女がこんな所にいるなんて……やっぱり来てよかった」
わたしの顔から手を離して、ほっとしたように微笑んだ。
……違う。いつもとは違う、この子は、今まで会った事がないタイプの人だ。
彼女の瞳は、わたしを知りわたしを見て化け物だと忌避する人達とは違う、優しいものだった。
どうして、わたしの事を化け物だと言わないの? 貴族の人なら、きっとわたしの事だって知ってるはずなのに。
お母さんを殺しかけた化け物だって、右手がニセモノの魔女だって、どうして言わないの? 今まで会った事のある外の人達は……わたしを知ってる人達は、皆そう言って後ろ指を指してきたのに。
あなたは、あなただけは本当に違うの? 本当に、期待してもいいの?
「本当に、わたし達を助けてくれるの?」
ほんの少し前まで、もう何にも期待しないと決めていたのに。
これで最後にするから。最後にもう一度だけ…わたしに、希望をください。
不安に思いながらも女の子を見上げていると、彼女は「任せなさい!」と自信満々に胸を叩きながら、
「その為にここまで来たから。安心して、私、こう見えて結構強いんだから」
とかっこよく笑っていた。……この子は、化け物のわたしにも笑いかけてくれた。怖がったりするんじゃあなくて、ただただ笑いかけて、普通の女の子のように接してくれた。
泣いてしまいそうになった。初めて、身内じゃない誰かに手を差し伸べて貰えたような気がしたから。初めて、化け物でも魔女でもなくただのメイシアとして接して貰えたような気がしたから。
きっと勘違いなのだろうけど、わたしはこの勘違いを正したくなかった。このまま、夢を見ていたかった。
…だからだろうか、わたしはそれに、静かに頷き返す事しか出来なかった。
そして、ナナラちゃんとユリエアちゃんがさっき怒鳴った事を彼女……スミレちゃんに謝ったりした後、あの男の子がスミレちゃんに質問を投げかけたのだ。
「それで、結局、どうやって皆を助けるのー?」
確かにそれはわたし達も気になっていた事だった。自信に溢れたスミレちゃんの事だから、きっとそれが可能なだけの算段があるんだろう。
そう思い、わたし達は期待に満ちた目でスミレちゃんを見ていた。
「えっと…とりあえず全ての檻を壊して、皆を逃がして……悪い大人を倒して、警備隊に突き出す?」
とても単純明快。しかしそうでありながら実行に移すのは困難であろうその作戦を、スミレちゃんは一人で実行しに来たらしい。
その手には業物の剣が握られていて、それはスミレちゃんの『結構強いんだから』と言う発言を裏づけしているようだった。
…きっと、スミレちゃんは本当にただ一人で全てを成し遂げるつもりでここまで来たのだろう。なんて勇気なんだろうか。
わたしにはない勇気。とても羨ましくて、とてもかっこよくて、まるで物語の勇者のようで憧れてしまった。
わたしとほとんど歳も変わらなそうな女の子が見ず知らずの人の為に危険を冒すなんて……本当に凄い事だと思った。
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