第7話悪役王女ですが頑張ります!
「わぁっ! 見て見てシルフ、凄い綺麗な庭園だよ! きっと庭師の腕がいいんだろうね」
「本当だねぇ〜、それにしても君は本当に賢いね。幼いのに偉いなぁ」
シルフがふんわりと核心に触れてきたので、私はそれを適当に受け流す。
「まぁ王女だし!」
「確かに王女だもんね」
シルフはこれで納得してくれたらしい。ありがたいな。
さて。現在、私達はこの建物の一階にあたる場所にいる。
しばらく歩いていると開けた通路に出て、その先には一面に広がる美しい庭園があった。
色とりどりの花が溢れんばかりに咲き誇り、太陽の光をスポットライトとして輝いている。
この景色、ゲームで見た事ある! 兄のルートでミシェルちゃんとデートしてた場所だ。つまりこれ聖地巡礼じゃん?!
オタクな私のテンションは一気に跳ね上がり、庭園に向けて駆け出す。
シルフが「あっ、待ってよアミィ!」という声を上げていたが、気にせず庭園へと足を踏み入れようとした時。
「あれ。何で、足が動かないの……?」
庭園に入る寸前にて、私の足が突然動かなくなった。一歩を踏み出す事が出来ない。
後ろに下がる事は出来るが……何故か進む事が出来ないのだ。
「〜〜っ!?」
突如、針を刺されたような頭痛に襲われた。
その場で頭を抱えて蹲り、私は荒くなる呼吸の中思い出す。いいや正しくは──
目の前にはたったの二つしか変わらない兄の姿。兄は、アミレスの事を酷く冷たく見下ろしている。
そして彼は言った。
『あそこは父上の庭だ。何があろうと、お前だけは入ってはいけない。絶対にだ』
その言葉はアミレスの中に深く刻まれた。絶対に犯してはならない決まりなのだと、アミレスはその言いつけを守り続けた。
どれだけあの花々に憧れようと、惹かれようと……アミレスがこの庭園に足を踏み入れる事はその生涯でただの1度も無かった。
それが兄の言いつけだったからという、ただそれだけの理由で。
今、どうやらそれが私にも影響を及ぼしているらしい。例え私がアミレスならざるアミレスであろうとも、この体に刻まれた習慣や思いは残り、そして私にその影響を与える。
つまり、アミレスの残滓とは私にとって回避不可能のトラップなのだ。
さてどうしたものか。まさかこんな障害が残っているなんて。
確かにアミレスの意思は尊重してやりたいが、いかんせん幸せになる為にはそれすらも犠牲にする必要が出てくるやもしれない。
それから少し踞っているとようやく頭痛がなりを潜めて、私の頭部に平和が舞い戻る。
今までその痛みに周りの声も聞こえていなかったが、どうやらシルフが心配してくれていたらしい。
「アミィっ、アミィ! 大丈夫かい?!」
私の周りを何度もぐるぐると動き回りながら、シルフは心配そうに声を張り上げていた。
私がゆっくりと顔を上げると光が目の前でピタリと止まり、そこから心底安心したような声が聞こえてきて。
「良かったぁ、無事なんだね。アミィが急に具合を悪そうにしたものだから、ボク、凄く心配したんだよ!?」
目の前にあるのはただの光の塊なのに、どうしてだか、不安に溺れる人の顔が容易に想像出来た。
それだけ、シルフがとても心配してくれている事がひしひしと伝わってきたのだ。
「ごめんね……まだ記憶が戻ったばかりで頭が混乱しているみたい。この景色はこの体には毒のようだから、もう行きましょう」
どうせ入る事が出来ないのに、こんな探索する場所も少ない所に長居する必要は無い。
そう思い立ち上がった時、私の体は僅かに震えた。身震いしたのである。
そんなにも記憶の中の兄に怯えているのか、この体は……とアミレスを少し憐れに思いつつ来た道に背を向ける。
すると思いもよらぬ人間と目が合ってしまった。
私が今行こうとしている道の先に──兄が、立っていた。
先程まで誰もいなかったのに、いつの間にかあの男がそこに立っていた。
「……──庭園の前で何をしているんだ」
男はこちらを冷ややかに睨んだ。
アミレスより濃い輝きを放つ銀の髪に青い瞳の、彫像と見紛う美しい少年。アミレスより二つ歳上で、アミレスとは血縁関係にあたる実の兄。
フォーロイト帝国が皇太子、フリードル・ヘル・フォーロイト。
後に氷結の貴公子と呼ばれるようになる、冷酷な次期皇帝。それが、この男だ。
そして、アンディザ二作目における攻略対象でもある。
ヒロインの愛によって氷の仮面が溶かされるその時まで、決して愛など知らなかった男。
……この男は最初から
フリードルと関わる毎にバットエンドが近づくだけ。
そう、全てが無駄なのだ。だからこそ今すぐにでもあの男の前から逃げ出したい。一秒たりとも関わっていたくない。
そんな男を目視した私は、急いで手に持っていたペンや紙をポケットの中にしまう。本はもうどうしようもないので、手に持ったままだ。
「…………申し訳ございません、兄様」
私としてはとにかくこの場から逃げたかったのに、この体はそれを拒み、お辞儀と共にあの男を『兄様』と呼んだ。アミレスがそれ以外の呼び方を許してくれないのだ。
そんな事より。とりあえずの問題は、どうやってこの場から逃げるかだ。
普段アミレスにどれだけ呼び止められようが無視するような男なのに、どうしてこういう時だけ向こうから関わってくるのか。
確かに庭園に入ろうとはしたけど、入れなかったからもう離れようとしていたのよ、私は。
「僕はここで何をしていたのかを聞いたんだ。聞かれてもない事を答えるな」
フリードルはついに目と鼻の先までやって来て、蔑むような視線をこちらに送ってきた。
そうは言うけれども、私が謝らなかったら『謝罪すらもまともに出来ないのか』とか言うんでしょ? 手厳しいオニイチャンですこと。
心の中で面倒なオニイチャンに舌打ちを贈り、私はもう一度頭を下げて、
「……散歩をしていた際に、偶然ここを通っただけです」
決して嘘などでは無い真実を伝える。しかしフリードルは私の言葉など端から信用していないようで、
「そのような本を持ってか」
私の手にある本をネタに重箱の隅をつついてくる。
しかし私は、彼に負けるつもりはない。
ただ、フリードルと戦うつもりもない。なんの力も無い今、そんな無謀な事をしたところで死ぬ可能性が跳ね上がるだけだ。
「……別に、私がどこで何をしていようと兄様には関係ないかと。そもそも、兄様は私に興味など欠片もないでしょう? 私を疎ましいと思っているのでしょう? ならば、私に関わらないで下さい。私も兄様には関わらないようにしますから」
顔を上げ、フリードルの瞳を真っ直ぐ見つめながら言い放つ。
その彫像のような美しい顔に少しの変化が訪れる。それを勝機と見て私は畳み掛ける。
「それでは御機嫌よう、兄様。また会う時まで」
もう出来れば会いたくないけどね。と思いつつも、微笑みと共にスカートの裾を少し摘んでお辞儀をし、私はフリードルの横を通り過ぎる。
私の反抗的な態度に呆気にとられたのか、目を点にしたフリードルは黙ったままその場でしばらく立ち尽くしていた。
ただ父親がそうしているからという理由だけで妹を疎み蔑んでいたフリードル。ゲームでは『そこまでする?』と軽く考えていたが、いざその妹になると苛立ちしか湧いてこない。
だがそれでも憎いだとか恨めしいだとか思えないのは、アミレスの残滓の影響なのかな。
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