第10章 陛下と私と夢の世界
第108話
毎朝、陛下の寝台の上で二人、何故か何時ももあもあしながら起きて、大抵は彼の部屋で一緒に朝食を食べて。
「あ、陛下、もうお仕事に行くんですか? いってらっしゃい!」
「いってくる」
といった具合に陛下かからの返答がスムーズに返ってくるようになって。
イェルクさんと愉快な仲間たちの居住地の方向から、異音爆音が聞こえ始めてから、なんだかんだと三週間が経った。
まあ、この時点で言えることは、私による陛下への教育的指導は着実に効果が出てきたってところだよね!
誰か褒・め・て!
私の体内時計で午前中にリーザや妖精にアニ、時々、ローラ、ロッテと『い・ち・ご』の打ち合わせをして、午後に攻撃を受けながらディルクさんと走ってイェルクさんちで打ち合わせ。
時間になって陛下の部屋に戻ると、彼の予定が空けば一緒に夕食を食べた。
もちろんオコチャマ陛下だから、野菜処理は相変わらず私の担当だったけれどね?
そんな日々を三週間、何故か陛下が怒りまくっていたことは時折あったけれど、ある意味平和に過ごしていた。
イェルクさんと愉快な仲間たちの魔窟からの帰り道、私は今も時々キンキンカンカンと何かを弾いている護衛なディルクさんに、そういえば、とウオちゃんが入っている肩掛け鞄を撫でながら話しをかけた。
「ディルクさん」
「なんでしょう、珍獣様」
「私ってば、今、ちょっと気になる事があるんですけど、聞いていいですか?」
「ええ、どうぞ?」
「かれこれ三週間くらい、ゼルマさんを見ていない気が私ってばするんですけど、」
「…………」
「ゼルマさん、お仕事、辞めちゃったりはしてないですよね?」
「…………」
「…………」
「………………」
「………………」
「ディルクさん?」
「あー…彼女は……」
「彼女は?」
「うーん、なんと言えばいいのか……」
ディルクさんが抜き身の剣を持っていない方の手で後頭部を掻いた。
「仕事は辞めていないですよ? 本人にもその意思は今のところ無いと思います」
「私ってば、ヴィルフリートさんもこの三週間ほど見てないかなぁ? 陛下がね、ちょっぴりイライラしていました。主に勤務日数についてですけど」
「……………」
「私的な予測だと、やっぱりゼルマさん、ヴィルフリートさんによる拉致監禁ってとこですかね? で、ヴィルフリートさんはそれに忙しいと。そんな感じ?」
ディルクさんが疲れたように息を吐いた。
「流石珍獣様、それに近いですね……」
「もう絶対に逃さないぞという決意のもとによる愛欲の日々とか?」
「ヴィルフリートは遣り方がね……拙いというか。本命には物凄く下手というか、犯罪的というか……」
「おおぅ、ゼルマさんは未来の公爵夫人ですね! 八歳年上の女性を狙っていたって、流石はヴィルフリートさん! 懐の大きさが違います!」
私がポンと手を合わせてそう言ってみると、ディルクさんが抜き身のブツを鞘に収めて、腕を組んで悩ましげに目を瞑った。
「そんな言葉で片付けていいんですかね? 俺、今回の事は何というか流石に考えさせられるというか」
「いいんですよ? 私ってば、陛下にも三週間前の夜に言ったんですが、陛下もディルクさんも、ヴィルフリートさんは小さい時からのお友達でしょ? だから、ただヴィルフリートさんの初恋を応援してあげればいいんですよ! それに何より、そもそも私が話しをした感じだと、ゼルマさんもヴィルフリートさんの事を、ちゃんと好きになっちゃってますから! 大丈夫! ね、ディルクさん!」
「うーん、珍獣様の言葉を信じてしまっていいんですかね?」
「信じちゃっていいですよ? 大丈夫、大丈夫!」
彼の悩みを体内から出すように、私はパシパシとディルクさんの素晴らしい上腕二頭筋を叩いた。
「……そうですね。あのマリリン予言をした珍獣様の言葉ですし、もう俺はただただ貴女を妄信しようと思います」
「おおぅ、それは、ありがとうございます?」
そんな会話をしながら歩いていたら、私とディルクさんはイェルクさんちから青薔薇庭園まで戻ってきていた。
「とりあえず次の予定まで此処で一旦お茶でもしますか?」
天気もいいですしね? とディルクさんが私を促したのは、陛下と私と王女様とマリリンとで、ヴィルフリートさんが用意してくれたパピヨンの焼き菓子を食べた場所だった。
少しの音も立てずに、私の前に紅茶らしき飲み物が置かれた。
青薔薇庭園に用意された椅子に座った私の前に、リーザや妖精が可愛らしくデコレーションされたお菓子の数々を並べていく。
彼女たちは、私とディルクさんに気づいた青薔薇庭園の庭師のベルントさんに呼ばれ、いくらもしない内に、色々と飲食物が載せられたワゴンと共にやってきた。
今、この場には、席についている私、給仕にリーザと妖精、青薔薇をテーブルに飾りだしたベルントさん、少し下がって護衛のディルクさんと、その頭に乗った鞄から出たウオちゃんが居る。
出された紅茶もどきに、とりあえず口をつけた私は、先程、イェルクさんから受け取った袋の存在を思い出した。
「そうだ、ディルクさん、さっきイェルクさんに貰った袋を出してもらっていいですか?」
私の言葉にディルクさんは頷き、腰のベルトに結び付けていた革製の小袋をテーブルの上に置いてくれた。
革の小袋は両手のひらを合わせた大きさで、サイズの割にはそれなりに重量があった。
なぜなら中身はイェルクさんに依頼した価値有り有りの物だからだよ!
私は勢いよく小袋の中身をテーブルの上にぶちまけた。
この場に居る全員の視線が私の手元に集まる。
中身は、青い石で出来た勾玉が数個、陛下用の装飾無しの黄金製ヘアクリップだった。
「珍獣様、それはなんですか?」
リーザが小首を傾げ、イェルクさんへの依頼の場に居たディルクさん以外を代表してだろう疑問を口にした。
「この独特な形をした青い石は勾玉っていって、異世界のお守りだよ! 様々な厄災から持ち主を守る石なの! 他にも、健康運を高めるとか、成長を促すとか、まあ色々あるんだけれど、持っておいて損は無し! そんなモノでね? で、」
私は陛下用のヘアクリップを革袋に戻し、勾玉が皆によく見えるように並べた。
「このご利益大有りな勾玉を、私の栄えある薔薇の逆ハー構成団ブルーヘヴンの団員全員に配布する為に、イェルクさんに作成を依頼していたんだよね! で、イェルクさんの研究に合間に試作に試作を重ねてもらって、ようやくいい感じに出来上がったの!」
ディルクさんが横から手を伸ばし、勾玉をひとつ手に取った。
「イェルクは始め安価な石での作成を考えていましたが、結局、それなりの価値の石に収まりましたね」
「うん! まあ、私の逆ハー構成団に配布するモノだしね!」
質の良いモノを全力で推奨だよ!
それに予算も陛下が太っ腹にも出してくれたしね!
「ブルーヘヴンの団員に渡すものだから、その象徴らしく色に拘って青色の石を検討してもらったの! イェルクさんが、やはり青薔薇の色ならこの石かなぁと」
言って私は、リーザの手のひらに勾玉をひとつ載せた。
「珍獣さま?」
「リーザにもあげる! すっごいお世話になっているしね? 私ってば、逆ハーの団員にも配るけど、リーザや妖精達にも渡すつもりでイェルクさんに数をお願いしてるんだよね! まだ団員分全部は出来上がってないんだけど!」
何故ってイェルクさん、勾玉は片手間で、それ以外の研究と実験が、どうも忙しそうなんだよね?
陛下のヘアクリップもその影響で、結局、依頼の数日後には出来なかったんだよ!
まあ、別に急いでいる訳ではないから全然いいんだけどね?
「妖精達にもあげる!」
はい! と言いながら妖精達に勾玉をそれぞれ渡すと、彼女たちがお礼だろう言葉を言う気配がした時、それまで黙していたベルントさんが口を開いた。
「―――恐れながら珍獣さま、わたしめにも、その青いまがたまをひとつ頂けないでしょうか?」
「え?」
予想していなかった言葉にちょっぴり驚きながら、私は彼の方を見た。
ベルントさんの青薔薇色の瞳は、テーブルの上に置かれた勾玉をじっと見つめている。
「ややややっ、ベルントさんも私の栄えある薔薇の逆ハー構成団ブルーヘヴンに入団希望ですか?! いいですよ! 是非是非、入団して下さい! 私ってば大大大歓迎です!」
私は勾玉をひとつ手に取り、席を立って、ベルントさんの近くへ行くべくテーブルをまわった。
自己申告による団員獲得に私はウッキウキで、フットワークも軽くなる。
「はい、どうぞ! ブルーヘヴンの団員の証、青色の勾玉です! ご利益有り有りですからね!」
言いながらベルントさんの手を取り、その上に載せた。
「勾玉に小さい穴が開いているんで、そこに紐でも通して首にかけるも良し、キーホルダー、……うーんと、財布の飾りでも、剣の飾りでも何でも良しな代物です!」
「―――ありがとうございます、珍獣様。大切にします」
「おおおおぅ! そう言って貰えると私も嬉しいです! こちらこそ、ありがとうございますね!」
嬉しすぎて私が笑顔になると、ベルントさんが目を伏せながら手にした勾玉を握り締めた。
そんな私たちを見ていたのであろうディルクさんが、コロコロと持っていた勾玉を手のひらの上で転がした。
「珍獣さま、このまがたま、俺の方で別途必要数をイェルクに依頼して配布してもいいですかね?」
「あ、それは別に私的には全然いいですけど、ディルクさん、ブルーヘヴンの新規入団に心当たりが?」
「ええ。知ればきっと欲しがると思いますよ」
ベルントのように、とディルクさんは言い、転がしていた勾玉を懐に入れた。
「珍獣さま」
「なに? リーザ」
「私も大切に致します」
「ありがとう! やややっ、みんなに大切にしてもらえて、私ってば本当に嬉しいかも! 作って良かった!」
私の栄えある薔薇の逆ハー構成団ブルーヘヴンの団員証ではあるけれど、お守り的な意味合いも勿論あるしね!
勾玉を手にした皆にご利益がたくさん有りますように!
私ってば全身全霊で祈っちゃうからね!
南無南無とベルントさんの横で両手を擦り合わせていると、リーザが優し気な微笑みを浮かべながら、胸元からペンダントを取り出した。
取り出したそれは、細い黄金製らしきチェーンに、何処かの鍵がふたつ付いていた。
「リーザ、その鍵は?」
「これは、珍獣部屋と陛下のお部屋の鍵でございますよ。珍獣さまが来られた時に陛下に渡されました。なにかありそうだから、と」
「え」
話しながらリーザはペンダントを外し、勾玉をチェーンに通した。
「これでいつでも身につけておけます」
どのような時でも―――、そう言ってペンダントを服の中に納めると、彼女は大事そうに胸元に両手をあてた。
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『陛下と私』の小話『血の惨劇』を投稿しました。
https://kakuyomu.jp/works/16816700428873231227
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