死去

 木村は長いようで短い『天国旅行』を終えて現世に戻ってきた。感覚としては1日くらい居たような気がしていたが、実際に現世の時間では30分ほどしか経っていなかった。


 彼女との会話を終えたあと、木村は1人で天国を散策してみたが、地球にある観光都市を散策している感覚とあまり変わりなかった。唯一、天国の人たちがその場でいろいろなものを生み出すというショーは面白かったが。


「やはり、次は火星にでも行きたいな」


 天国で想起したあの映画のことを思い出しながら、木村はそうつぶやいた。


 *


 その後、天国への旅行ブームはしばらく続いたものの、宇宙旅行ほどではないにしろ料金が高額であったこともあり徐々に廃れていった。民間の宇宙航空技術が格段に進歩し、最初期よりも遥かに安価かつ遠くまで行けるようになったこともそれを後押しした。


 つまるところ一時的なブームで終わってしまったのだ。


 それでも、死んだ人間にもう一度会えるという理由で利用し続ける人は一定数居たため、天国旅行のビジネス自体が終了することはなかったが。


 木村はというと、再び何度目かわからないベンチャー企業を立ち上げて仕事に精をだしつつも、たびたび宇宙旅行に行き、念願であった火星にも足を踏み入れることができた。


 *


 木村は最終的に180歳まで生きた。


 宇宙航空で開発された技術が医療技術へと転入され、以前は重い病気であった癌なども普通に治療できるようになったこともあり、人々の平均寿命は人類史上かつてないほど圧倒的に伸びた。


 しかし、寄る年波に体は勝てるようになっても精神は勝てなくなるのか、木村は150歳を超えてからは仕事も旅行もほとんどしなくなり、最後の30年は読書や絵画などの芸術をしずかに楽しむようになった。


 死ぬ直前、木村はあの日の天国旅行のことを思い出していた。


「まったく最初は冗談のようなものだと思ったし、想像していたようなものに巡り会えたわけではなかったが、あの天国旅行も悪いものではなかった……やはり旅は良いものだ」


 そして最後に、天国の案内を努めてくれたあのヘンテコな彼女のことを思い出し息を引き取った。

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