ようこそ、天国へ!
木村は昔から冒険や挑戦が大好きな人間であった。
大学を卒業してからはベンチャー企業を立ち上げ、それがビジネス的に成功するとまた次のベンチャー企業を立ち上げ、それが成功するとまた次の……ということを繰り返していた。成功したイスに収まるのをよしとしない人間だったわけだ。
仕事の才能に恵まれた木村であったが、別に仕事一筋という人間ではなかった。とくに一人旅をするのが大好きで、世界中のありとあらゆる絶景を自分の目で見てきた。さらに、莫大な費用がかかる宇宙旅行にもでかけていた。その時は、地球の衛星軌道上を周回するだけだったので『宇宙旅行』と表現するのはいささか大げさではあるのだが。
そんな木村が『天国への観光旅行』などというものに興味を抱かないはずがなかった。
「ここが天国か。なんだか……ラスベガスみたいだな」
それが木村が最初に思ったことだった。
天国と聞いて思い浮かべるイメージは人によって大きく異なる。雲の上にいるような幻想的な空間をイメージする者、何もない大草原のような場所をイメージする者、漠然とした楽園のようなイメージをもつ者、本当に人それぞれとしか言いようがない。
木村も漠然と天国がどんなところなのか想像を膨らませていたのだが、完全に予想の範囲外すぎて面食らってしまった。そして、自分は騙されているのではないかと思い始めた。そう、フィリップ・K・ディック原作のあの有名SF映画『トータル・リコール』のように一種の夢を見せられているのではないか。ここは火星ではなく天国であるという点に違いはあるが。
しかし、木村は考え直した。
仮にこれが『トータル・リコール』のような作られた設定の旅行であったとしても、それはそれで木村にとっては前代未聞の旅であることには違いないと気づいたのだ。それならば、正しさに疑念を持つよりも今現在の旅行を楽しむほうが正解だ。
木村は気持ちを切り替えて歩みだした。目の前の大きな看板にかかれている文字が徐々に読み取れるようになってきた。
『Welcome to the Heven』
「いや、おかしいだろ」
木村は思わず一人でツッコミを入れてしまった。最初にラスベガスのようだと思ったのは、単に雰囲気でそう感じただけであったが、これでは本当に観光地のようではないか。
「しかも、スペル間違ってるし」
せっかく切り替えた気持ちが、ものの数十秒で萎える形になってしまったが、こういう予想外の出来事こそ旅の醍醐味だ、と木村はさらに気持ちを切り替えた。
すると、近くの建物から一人の女性が現れ、木村の前まで歩いてきて元気に挨拶した。
「ようこそ、天国へ!」
「いや、それはもういいから……」
どうやら彼女がこの天国の案内役であるようだ。天使ならともかく、人間の女性が天国を案内するというのは荒唐無稽に感じるが、木村はここまでの流れで半ばここを『観光地』として受け入れつつあった。
とりあえず、木村は彼女の話を聞いてみることにした。
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