011_防人に生きる男の戦場
「陸」「告白」「役に立たない罠」で。
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俺は白い砂浜の広がる海岸に、多数の落とし穴を掘らせた。そして、砂浜から少し内陸に入ったところに長大な石垣を築かせた。兵士にも農民にも、仕事を課した。地域の男は総動員である。
しかし、俺はこうして集めた作業員に
ところが。
目の前に飴玉をぶら下げた状態で、民衆の心をなだめると、今度は民衆と同じ仕事をやらされることに不満を持った兵士が不穏になった。そこで俺は兵士で相撲大会を行うことを思いついた。賞金を掲げ、勝負には一番一番全ての試合に金や食べ物を賭けさせたのである。
結果……大成功に終わり、兵士の機嫌もかなり良くなった。とくに相撲大会で見出された者は皆力持ちであり、どこの現場でも重宝されたのだ。
そんな折、俺は伝令員から聞く。
総軍司令部の予想した敵上陸地点の候補三箇所のうち、敵は俺たちの持ち場、この海岸へ敵が上陸してくる可能性が高い事を知らされたのである。
俺は海を向こうを見つめる。見渡す限りの青。なんの変化も無い。
(本当に敵など来るのであろうか)
◇
その漁師は俺に訴える。
「見慣れぬ形の船を多数見た」と。
俺は漁師をなだめ、「大丈夫だ、俺達が守る」と伝え、漁師を帰した。
◇
俺は海を見る。
水平線に色。埋め尽くさんとばかりに並ぶ風変わりな船、つまり、あれが漁師が見たという異国船であろう。
俺はすぐに部下へ命令する。「弓と盾を持ち、石垣の上に兵士を整列させ敵の上陸に備えよ」と。
「勝てるでしょうか」やや顔色の青い副官。
俺は鼻で笑うと「我らが勝つ必要は無い。負けなければよいのだ。暫くたてば、すぐに中央の援軍が来る。敵襲来の一報と援軍要請はすでに中央に出してある。大丈夫だ」
俺は副官にゆっくりと、目を見ながら話す。まるで、自分自身に言い聞かせるかのように。
「各部隊に徹底しろ。敵上陸用の船には火矢をかけろ。上陸した兵士には普通の矢でよい。出来れば、白浜の落とし穴に敵兵が嵌ったところを狙え。そして堀となった落とし穴を越えて敵兵がなおも浜を駆け寄せてくるようなら、石垣から浜の敵兵へ一斉に弓を射掛ければよい。刀で戦おうと考えるな? 石垣に取り付いた敵は、槍で突き落とせばよいのだ」
俺の長口上。
噛み締めるように俺は言う。副官の心が落ち着くように。事実、副官の張り詰めた表情が次第に柔らかいものとなる。
そして、俺が「伝えろ」と言うと副官は弾かれたように各部隊長への伝令を放ったのである。
(そう、俺達は罠と足場の悪さで身動きが取りづらい、混乱する敵兵を一人一人弓で射抜けば良いのだ)
◇
そして、敵兵は押し寄せてきた。
水平線を埋め尽くした敵は、いまや海岸線に溢れる。小船に革の鎧と兜、小さな弓と小盾で武装した異国の兵である。
俺は小船が近づくのを待つ。
(まだだ、まだだ、船から下りる瞬間──そう! 今だ!)
「火矢を放て!」と、俺はかぶら矢を放つ。矢は音を立てて飛んで行く。攻撃の合図である。
炎の矢が天を舞う。そしてその赤い波、火矢の大部分が小船や敵の盾に突き刺さる。すると敵がにわかに上陸を急ぎ始めた。
押し寄せるさざなみ。そして波を踏み荒らし押し寄せる敵兵。
彼らは真っ直ぐに石垣の上に陣取る俺達へと押し寄せてくる!
(思ったより数が多い)
俺は歯軋りした。しかし敵兵の数など考えても仕方が無い。矢尽きるまで弓を射るだけである。
弓を構えつつ、浜を駆け出した敵兵が次々と消える。ズボ、ズボボ、と。敵兵は落とし穴の罠にかかったのだ。罠に最初に掛かった者の上にも、駆けていた後続が続いて落ちる。最初の混乱が収まるまで、押せよ押せよと敵兵は落とし穴になだれ込んだ。
そして上がる、敵兵の苦悶の声。
途端、一瞬そらが黒くなるかに見えた、矢の雨。食らう敵兵はたまったものではない。
俺たちの軍勢の矢は、多くの敵兵を射倒した。
しかし倒れる仲間を乗り越えてやってきた敵兵が矢を放つ。
敵の矢は石垣の上に居る俺達にも届き、盾で防ぎ損ねた兵士の苦悶の声が上がる。
俺は盾に刺さった敵兵の
幸い俺には当たってない。だが、運悪く敵兵の矢で傷付いた仲間の事を思い「毒だ! 二人で組め! 弓を射掛けると同時に楯を密にする者の二人組みだ!!」
俺の号令に盾を並べる前衛と、弓をひき絞る後衛に分かれて俺の軍は攻撃と防護を同時に開始した。
(いい感じだ。良し、援軍が来るまでなんとしても持ちこたえ、この石垣の上で粘って見せる!)
◇
日が沈む。
戦場の喧騒は引いていた。
俺の軍の守りは今や石垣だけで、落とし穴も埋まったものの、浜の足場の悪さは健在だ。
俺は火責めから逃れた小船で母船に引いていった戦場を見渡す。
浜のある湾より外。敵船の焚く篝火が幾つも見える。
今日の戦闘で浜を過ぎ、石垣をも越えて来た敵はいなかった。
まずは完勝。
(そう言っても、良いよな。なあ、俺)
夜の浜風が俺の頬をなでる。俺は明日も来るであろう敵兵の渦をどのように捌こうかと思考の海に沈んだのである。
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