7.労働という神話装置

現代の労働神話は、一方で労働を美徳として賞賛し、一方では労働を刑罰として捉える。この両義性の中で、労働は人を格付けする装置として機能する。アメと鞭によって、人は懸命に、あるいはそれなりに働く。そこには厳然として階層があり、嫉妬や怨嗟、欲望や絶望が渦まいている。


仕事から得られる報酬には二種類ある。一つが経済的報酬。もう一つが精神的報酬だ。簡単に整理しよう。


A.十分な経済的報酬を得ていて、かつ、精神的報酬にも満足している人。

B.十分な経済的報酬を得ているが、精神的報酬を得られていない人。

C.十分な経済的報酬を得られていない人。


さらに細かく分類する。

A−1.精神的報酬の中身が社会的意義など個人の価値観に根付いている人。

A−2.精神的報酬が経済的報酬という外在的要因から来ている人。

B−1.経済的報酬が精神的報酬のマイナス分を上回っている人。

B−2.経済的報酬よりも精神的報酬のマイナス分の方が大きい人。

C−1.精神的報酬など不要と考えており、経済的報酬の向上を願っている人。

C−2.精神的報酬を得られない仕事には価値がないと考えている人。


一般的に言えば、精神的報酬の高い仕事というのは知識や技能を要する仕事で希少性があり、それゆえに経済的報酬も高い。当然だが、誰にでもできる仕事となると経済的報酬も低くなる。まあ、こんなことは書くまでもない。重要なのは、経済的報酬は法律で最低賃金が定められているが、精神的報酬についてはマイナス値がある。それなりの給料をもらっていながらも精神的不満が大きい人もいれば、収入は低くても精神的満足度の高い人もいる。どちらが幸せかを比較することはできない。それは各人の認識と判断、考え方や感じ方の問題でしかない。


仕事と労働という言葉を使い分けることも出来る。仕事は主体的で能動的な活動、労働は指示に従う従属的な活動と定義することもできる。もっとも、ほとんどの場合において仕事的要素と労働的要素は混在している。ただし、その比率には大きな差があるが。


いま、雇用問題が叫ばれているが、経済的報酬だけで精神的報酬を得られないような雇用には疑問を感じる。単に雇用を増やせば良いという考え方はいかがなものか。また、ワーキングプアを増やしたところで、GDPは増えない。このような相対的貧困の増加が社会保障費の抑制になると考えるのも短絡的だ。むしろ、相対的貧困率の増加傾向(今の日本では17〜18%が相対的貧困層だ!)こそが、経済にとっての大きなマイナス要因となっているとも考えられる。日本経済を支えていた厚みのある中間層が崩壊したと言えば、わかりやすいだろうか。


重要なのは単なる雇用の創出ではない。仕事の内容や条件、精神的価値にまで踏み込んだ「雇用の質」を高めて行くことが重要なのである。


批評家の宇野常寛氏が語っていたことだが「いま必要なのは、普通の人がそこそこに働いて生きて行ける環境でありモデル」だ。頑張った人が報われるなどというのは幻想だ。能力のない人が頑張っても報われることはない。いま必要なのは多様で柔軟な働き方なのだろう。


少子高齢化と産業構造の変化の中で、将来を見据えて雇用のモデルなど作れるはずもない。重要なのはセーフティーネットを整備したうえで、流動的な雇用環境を作り、激しく変化する経済環境に対応できるようにすることだ。一人の人が、生涯を一つの仕事、一つの会社で過ごすような時代ではない。変化を前提に労働力の流動性を高めて行くことが望まれている。


そしてまた「雇用は安上がりな福祉」という古い観念を見直すことが重要だ。雇用を維持し拡大するために政府は、そして企業はどれだけのコストを支払っているのか。いかに不必要で効率の悪い労働が蔓延しているのか。そのために、どれだけ経済の健全さが損なわれていることか。既得権の問題とともに、短絡的な指標の改善を目指すことの弊害にも気がつかなければいけない。


人は働かなくても精神的報酬を得ることができる。労働を美徳だということは、労働から排除された人々を蔑視していることに等しい。生涯現役という嫌な言葉がある。いったいいつからこの国は奴隷社会を目指すようになったのか。亡霊を美化する悪魔のような人々に騙されてはいけない。


(2013年5月)

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