その転生者は異世界魔法を解き明かしたい

@shirogane_moto

第1章 異世界転生

第1話 異世界転生

 俺の名前は青井修司。どこにでもいる課題に追われる理系大学生だ。


 どこにでもいるとは言っても世間的には頭が良い部類の大学に入っている。本来自分の性分ならある程度適当に楽に生きていくはずだったのだが、実はある夢を抱えてこの大学に来たのだ。


 その夢とはずばり、「宇宙の謎を解明したい」だ。


 まあ誰しも宇宙の謎に興味を持ったことはあるだろう。私もその一人としていずれ興味を失って社会に溶け込んでいくはずだった。しかし出会いは高校一年生の時に訪れた。そのときの物理教師が私の人生を変えたのだ。


 その先生は最初の授業で物理とは何か、自分が大学で何の研究をしていたのか、そして物理の面白さを丸一時間かけて語った。大学で素粒子物理学の勉強をしていたのだそうだ。


「素粒子物理学は現代で最も根源的な物理法則を記述する理論だ。

 我々の周りの物質を細かくしていくと原子になる。原子はさらに小さな構造として電子や陽子、中性子を持っている。しかしそれが最小単位ではない。陽子や中性子は素粒子からできているのだ。

 それに加えて、この宇宙には力が電磁気力、重力、強い力、弱い力の四種類あり、この力というものも全て素粒子によって表わされるのだ。だから素粒子理論は究極の理論と言われたりしている。

 現代に至っても発展途上であるが、宇宙の全てを理解できるものがあるのだとしたらそれは素粒子理論しかないだろう。」

 語った内容はこんな感じだった。


 そして俺たち生徒に何冊か素粒子物理学の本を勧めてくれた。それを読んで感動した俺はそのころから自分も素粒子物理学を研究したいと思うようになって必死に勉強していたのだった。


 だが当時の俺はその先生が高校教師をしているという事実を正しく理解していなかった。その先生はとんでもなく頭が良くて教え方もうまく、俺はどんどん物理が好きになっていった。しかしそうして勉強していくうちにあることに気づいた。


 素粒子物理学は天才の学問だ、と。


 普通に言われる頭が良いとは一線を画すレベルの人間じゃないと到底新発見などできないのだと。それでも何かできることがあるはずだと淡い期待を抱きつつ受験期を迎え、見事有名大学への進学を果たして今に至るというわけだ。


 その大学で一年を過ごして色々と学んできたが、その結果自分のできることなど何もないのではないかと思えるほどに現代物理学はすさまじい完成度だとわかった。


 今の科学知識を持って…いやせめて実験手法さえ持って過去に行ければたくさん発見できるんだろうな、なんて無意味なことを考えてしまうほどだ。とはいえ今はただの学部生だし実験については全然知識が無いのだが。


 でもそんな気持ちを抱くと同時に物理学は他にも面白い分野がたくさんあるということを知った。例え私が素粒子物理学を研究できなくとも、私が生きている内に謎が解明されなくとも、私は物理を志したことに後悔しないで済むだろう。そう、夢を変えてはいけないなんて決まりはないのだから。


 …でもやっぱり宇宙の謎解明に名を連ねたかったな。



 そんな気持ちを抱えたまま月日は経ち迎えた大学四年生の秋、卒論にうなりながら休日の家に缶詰になっていた。俺は今量子統計力学の研究室に配属されている。


 統計力学というのは多くの粒子の振る舞いを統計的に考えることで個々の粒子の運動を考えることなく全体の動きを見ようという学問だ。そして量子統計力学というのは考える粒子を古典的な粒子ではなく、確率の波として量子力学的にとらえ直すものだ。

 これらの学問がなんたるかを説明するのは俺には荷が重いが、ざっくり言えば超伝導の原因なんかを理論的に考えている学問だ。実際俺は常温超伝導の実現を目指した研究室にいる。


 俺は椅子に腰掛けたまま大きく伸びをした。もう時刻は正午を回っていてそろそろお腹がすいてきたところだ。この辺で休憩にするか。そう思って立ち上がり玄関へと向かった。たまには外食をしようと思い立ったからだ。


 目的のファミレスに向かう途中、人気の少ない交差点にさしかかった。横断歩道には一人の男子高校生らしき人が居た。部活があるのかここらでよく見るジャージ姿だった。知らない人の横に並び信号が変わるのを待つ気まずさを感じていると、何やら彼が手を上げて向こうの人に合図しているようだった。知り合いでも見つけたのだろう。


 その直後信号の色が青に変わった。


 彼が走るように横断歩道へ飛び出すのと同時に、俺も反射的に足を踏み出した。異変に気づいたのはその瞬間だった。


 なんとなく違和感を覚えて右手に目をやると、トラックがこちらに向かって走っていた。いや、それ自体はおかしなことじゃない。おかしいのはその速度だ。どう考えても横断歩道手前で止まるスピードじゃない。


 俺はそれに気づいて一歩踏み出した足を止めようとした。しかし俺は気づいてしまった。このまま放っておけば彼は死ぬ。彼は今さっき見つけた友達らしき人に完全に気を取られていて、相手もトラックに目をやる様子はない。


 横断歩道が青の時に周りを確かめながら渡る人なんて小学生くらいしかいないと思えるほどに普段は安全だったのだ。その油断が今悲劇を生もうとしている。


 どうする?


 そう思うと同時に俺は大声で叫び、走り出していた。


「止まれ!」


 彼はまさか自分に言われているとは思わなかったようだが、少なくとも人が大通りで大声を上げていれば気にはなる。彼は右向きに振り向くとトラックに気づき全身をこわばらせた。


 後になって思えばこの呼びかけは愚策だった。人は声をかけられてから理解するのに時間がかかる。その間に歩みを進めた彼はもうトラックの正面にいた。


 このままでは間に合わない。


 なんで助けようと思ったのかはわからない。助けようと思ったかすらわからない。でも俺の身体は動いた。走って追いついて彼の服を乱暴につかみ、思いっきり自分の後ろに引いた。


 だがこの世界には運動量保存の法則というものがある。一人が後ろに行ったならもう一人は前に進む。俺はそんな物理法則をなぞり、トラックの正面に躍り出た。


 避けられるはずがなかった。


 次の瞬間痛みより先に衝撃が来た。身体が宙を舞った。息が詰まって肺がつぶれたのを感じる。そのまま美しい放物線を描き俺は地面にたたきつけられようとしていた。


 俺は…死ぬのか?


 衝撃で全身の骨が折れているだろう。


 落下の最中走馬灯のようなものが見えてきて、走馬灯が見えるって本当だったんだななんて考えていると痛みを伴わずに落下の時は訪れた。


 神経伝達速度を超えた死が今まさにやってきているのかもしれない。いや脊髄もやられていてもう何も感じないのかもしれない。


 視界がゆっくりと回る中、目が閉じ俺の意識は急速に闇へと沈んでいった。


 …死ぬ前にもうちょっとこの世界のことを知りたかったな。





 そして目が覚めるとそこは森の中だった。

 …え?

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