歌えない歌姫
小野庵
第1話 Prologue
すごい歓声が響き渡る。
今日も彼女は優しい笑顔、落ち着いた声で最後の挨拶をする。
「皆さん、今日は来てくれて本当にありがとう。こうして今日も私の歌を聴いてもらえたこと、とても幸せです。」
その瞬間、彼女の声だけが穏やかに響わたる。
俺はそんな瞬間が、彼女の事が、大好きだ。
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車内。
助手席には俺。そして運転しているのは、、、。
「ごめんなさい、俺がこんな怪我したばっかりに。」
「本当よ。」
「・・・すみません。」
彼女は冴島香(さえじまかおり)28歳。芸名、KAORIとして今大人気の女性歌手。黒髪ロングヘヤーで、飾らない美しい人だ。
そんな彼女のマネージャーが俺。高村誠(たかむらまこと)32歳。
いつもなら俺が運転するはずが、迂闊にも右手を怪我してしまった俺の代わりに彼女が運転をしてくれている。もちろん他にも頼める人はいたのだが、彼女はなかなか人を信用しないタイプで、俺以外に頼むなら自分で運転すると言い張ったのだ。助手席に座って自分のタレントに家に送ってもらっている俺はマネージャー失格だ。
「・・ねぇ高村。今日のライブ、どうだった?」
「良かったですよ!皆さん聴き入ってたし。」
「みんなじゃなくて、高村の意見が聞きたいの。」
今日の彼女は少しイライラしているようだった。まあ運転まで任せたんだからあたりまえか。
「そんなの香さんの歌はいつも最高に決まってるじゃないですか。」
「嘘つき。」
「え?」
「分かるよ。高村の顔見てれば。」
「・・・いや・・・。」
「ほら。」
「・・・確かに今日はいつもと違いました。少しだけ上の空というか。」
彼女はそれを聞くと急に笑顔になった。
「やっぱ、そうよね。」
「すみません。」
「ねぇ高村。私のマネージャー初めて何年になるっけ?」
「ええと・・・4年ですかね。」
「これからも私と一緒にいてくれる?」
「えっ・・!もちろんです!俺なんかが香さんの側にいれるなんて嬉しい限りですよ!」
「じゃあさ、一緒に死んでくれる?」
「もちろ・・・は?」
いやいやいやいや何言ってるのこの人。
「ありがとう高村」
「いやいやいやいや!香さん!?」
「高村。私ね、死にたいの。」
彼女は笑顔でそう答えた。
「何言ってるんですか?そんなわけ。」
「もう無理なの。歌うのも人前に出る事も。」
「何馬鹿なこと言ってるんですか!?冴島香ですよ!今や知らない人はいないくらいの歌手じゃないですか!夢を叶えたんですよ!?」
「違う!!!私は叶えるべき人間じゃなかった!!」
今まで聞いたことのない香さんの怒鳴り声。彼女は泣きそうな顔を見せた。
「…かおりさん?」
「私は…。私は!!!」
彼女は不安定になり下を向く。
「香さん!前!!!」
サイレンの音が聞こえる。
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