第142話.皇帝の帰還
皇太后、それに桜霞と純花、他の妃嬪たちは皇帝を迎えるため、内廷門にて待ち構えていた。
温泉宮への道中で、飛傑を襲う刺客が現れた――という一報は、数日前に後宮にも届いていた。
清叉軍によって見事刺客は撃退され、飛傑は怪我もなく温泉宮で休養している。そのように純花は聞き及んでいる。
しかし結局、雄とその刺客らに、どんな繋がりがあったのか。目的はなんだったのか。
何も分からない純花は、不安で仕方がなかった。
最も心配だったのは、飛傑の同行者については何も情報が得られなかったことだ。
(お姉様は? 瑞姫様はどうなったの?)
二人は無事なのだろうか。それに深玉や桂才、清叉軍の面々も怪我はないのだろうか。
その中でも、やはり気にかかるのは依依のことだった。たくさんの護衛に守られる瑞姫よりも、依依のほうが危険は多いはずだ。
(もしお姉様に何かあったら、わたくしは)
信じると決めたのに、いざこのときを迎えると怖くて仕方なくなる。
「大丈夫ですよ、灼賢妃。刺客に襲われて亡くなった方はいないそうですから」
「……ありがとう、樹貴妃」
静かに震えている純花を案じてくれたらしい。桜霞に話しかけられるが、純花はぎこちなくお礼の言葉を返すことしかできなかった。
(お姉様……)
待ち続けていると、開け放たれた門から馬車が入ってくる。
純花は息を呑み、馬車を注視した。
事故があったのか、二台に減った馬車は石畳の路をやって来ると、颯爽と停止した。
踏み台が置かれて、優雅に下りてきたのは飛傑である。彼が手を貸すのは瑞姫。後ろの馬車からは、深玉と桂才が姿を見せる。
全員、特に怪我はなさそうだ。
「お帰りをお待ちしておりました、皇帝陛下」
皇太后が微笑みと共に唱え、妃嬪全員が復唱して礼をとる。
(やっぱり、お姉様はいない)
純花は頭を下げたまま、しゅんと項垂れそうになる。
すぐに飛傑は近づいてくると、頭を下げる実母の腕をそっと取った。
「母上、頭を上げてください。みなも苦労をかけたな」
まず彼は皇太后と二言三言交わしてから、親族である桜霞に話しかけた。何か変わったことはないか訊ねているようだが、桜霞は笑顔で首を横に振っている。
それから顔を向けてくるのは純花である。依然として弱い立場に置かれている純花を守るために、飛傑は人前で親しげにしたり、灼夏宮に訪ねてくることも多くなった。その理由は無論、彼が姉の依依を気に入っているからである。
「あまり暗い顔をするな、灼賢妃」
その言葉に、純花ははっとして、にっこりとした笑みを顔に貼りつけた。
なんせ、皇帝陛下の無事の帰還を喜ぶ場である。この場で純花が暗い顔をしていては、二心ありと周りに思われてしまうかもしれない。
(もしも灼雄がこの事態に関わっているなら、なおさらだわ)
今のところ、灼家が捕まっているような話は入ってこないから、純花の考えすぎかもしれないが……雄が何かを知っていたのは本当のことだ。
「無理に微笑めと言ったわけではないのだが」
(そう言われても……)
やや不満げな顔をすると、耳元に囁かれる。
「依依は円淑妃を庇って左腕に怪我を負ったが、ほとんど完治している。案ずることはない」
「円淑妃を……?」
灼夏宮の庭で、依依は純花を狙う刺客相手に大立ち回りを演じてみせた。二対一にも拘わらず無傷で撃退してみせたのだ。
そんな依依が、簡単に怪我をするだろうか。
(まさかあの女。皇帝に近づきたいなんて理由で、お姉様の足を引っ張ったんじゃ……)
純花の推測は一部が当たり、一部が外れていた。
渦巻くような怒気を感じ取ったのだろう。飛傑が再び、周囲に聞こえないようひっそりと囁いてくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます