第45話:本会議4

 大勢の貴族たちに注目されることに慣れないルチアは、緊張した表情のまま、私のところまで推薦状と一つの報告書を持ってきた。


 すべての書類にサッと目を通していくと、の疑念が確信に変わる。


「ローズレイ家は何を企んでいるのかね。聖女と呼ばれるグレースでさえ、国王様を治せていない。そう簡単な病ではないのだよ」


 余裕の態度で対応するバルデスはさすがと言えるが、グレースは違う。明らかに顔色が悪くなり、焦りを感じ始めていた。


 聖女であるグレースは、学園でルチアの才能を正確に見抜いている。自分を超える危険な存在だと確信したから、魔力暴走するというをつき、陥れようとしていたのだ。


「先ほどレオン殿下が話された通り、国王様の容態はよくありません。回復魔法が有効であることしかわかっておらず、グレース並みの力がないと意味をなさないでしょう」


 だから私は、学園長の知り合いを通じて、上級魔導士の権威者たちに協力要請を出した。隠居している老魔導士には申し訳ないが、ウォルトン家と繋がっていない魔導士には限りがある。


 山奥に住んでいたり、森に住んでいたり、小さな村に住んでいたり。多くの支持を得ようとした結果、時間ギリギリで間に合う形になり、ルチアの服を準備する暇がなかったのだ。


「我がウォルトン家に婚約の話が来たのも、聖女としての力が必要だからだ。回復魔法は術者にも負担が大きいため、レオン殿下も献身的に支えたいと思われたのだろう。これはグレースにしかできないことなのだよ」


 まだ立場が逆転していることに気づいていないバルデスは、自ら墓穴を掘っている。


 不穏な動きを見せるローズレイ家に焦り、つい口走ってしまったのだろう。それはとても愚かなことであり、逃げ場のない道に迷い込んだのと同じだった。


「ここにいるトリンド男爵家のルチアは、グレースと同等の回復魔法が使えます。彼女はすでにローズレイ家の保護下に入りました」


 会議室がザワザワとするのも無理はない。百年に一度の天才児と呼ばれたグレースと同等以上の回復魔法が使えるとなれば、国王様の治療に期待が高まる。


 しかし、ウォルトン家は違う。陰で計画的に動き続け、ようやく天下を取るチャンスを得たにもかかわらず、たった一人の男爵家の娘に阻止されるなど、我慢できるはずがない。


 レオン殿下に媚薬まで盛り、引き返せないところまで来ているのなら、なおさらのこと。


「馬鹿げた話だ! グレースは天賦の才を持って生まれた唯一無二の存在だぞ! そんな男爵家の娘ごときに、国王様の治療などできるはずがない!」


 上級魔導士たちからの推薦状をもらったとなれば、実力は証明されたと同じ意味がある。それなのに、事実確認しようともせずに否定するのは、明らかに間違った選択だった。


 哀れな男ね、バルデス。自分の娘が可愛いあまりに、冷静さを欠いてしまうなんて。私が同じ立場だったら、協力的な雰囲気を出してやり過ごし、裏で両親を人質にして脅す方法を選んでいたわ。


 状況を把握している腐りきった聖女グレースは、同じ考えにたどり着いたと思うけれど。


「落ち着いて、パパ。あの子は私の次に回復魔法が上手だと思うわ。国王様の治療がうまくいくのなら、任せてみるのもいいんじゃないかしら」


「グレースの次……か。うむ、それが妥当であろう。神に選ばれたといっても過言ではないグレースと同等など、絶対にあり得ぬことだ」


「そう。だって、私はこの世でたった一人の聖女だもの。私以上に回復魔法を使いこなせる人は存在しないわ。このままあの子に治療させて、間違って国王様を殺してしまったら、ローズレイ家の大失態じゃ済まされないわね」


 何やら恐ろしいことを考え始めた気がするので、自分たちのことばかり考える二人に近づき、ルチアが持ってきた一枚の報告書を見せる。


「ウォルトン家が心配される気持ちもわかりますが、安心してください。すでに治療は無事に終えていますので」


 国王様の治療をウォルトン家が先導している以上、下手な動きはできない。だから、本会議に集中している間に動き、二つ目の疑念を解消させたのだ。


 国家転覆を狙うウォルトン家がまともに国王様の治療をするはずがない。回復魔法と同時にバレない毒を併用していたのだろう、と。


 この出来事に最後まで異を唱えたのが、ウォルトン家を信頼していた学園長だった。その本人がルチアの治療に付き添い、結果を証明するサインをしてくれている。


「病が治ったかどうかはわかりませんが、ルチアの回復魔法によって、国王様が意識を取り戻されたそうです。衰弱して話せない状況ではあるものの、回復する可能性が高いと判断されました」


 大勢の貴族たちが安堵のため息をこぼすと、春でもやってきたかのように会議室が賑わい始める。この一か月間の殺伐とした雰囲気はいったい何だったのか、と言いたくなるほどの明るいニュースだった。


 報告書を眺めるウォルトン家にとっては、最悪のニュースだが。


 もはや、没落必須。魔術師を多く排出してきた三大貴族の権力はいま、信用と共に失われようとしていた。


「グレース。一つだけ確認したいのだけれど、ルチアが魔力暴走をする恐れがあると言ったのは、どういう意味だったのかしら。上級魔導士たちからは、そんな傾向が一切見られないと報告を受けているわ」


 国王様を回復させたルチアを迫害しようとしていたのなら、それは途轍もない罪になる。国王様の生死に関わる大問題であり、反逆といっても過言ではない。


 当然、国家転覆を狙ったウォルトン家は大罪なのだけれど、このまますんなりと捕まえることは難しいだろう。ウォルトン派に反抗されてしまえば、国が二分化する。


 それを封じ込めるためにも、婚約者を奪い返すためにも、聖女の仮面を被った悪魔のような女を逃がすつもりはなかった。


「は、はぁ? 何のことを言っているのかサッパリわからないわ。魔力暴走するなんて私が言った? 記憶にないわね」


「本人が言われたと証言しているの。とぼけるつもりかしら」


「私は聖女だもの。才能があることくらいは、パッと見ればわかるわ。残念なことに、彼女が聞き間違えたみたいね」


 本会議をやり過ごすために適当なことを言い始めるグレースは、貴族の会議というものをよく知っている。参加した貴族たちの一定の割合、もしくは身分の高い人の意見が優先されるのだ。


 よって、男爵家のルチアの言い分など無視しても、痛くも痒くもない……はずだった。


「それともなに? 私が言った証拠でもあるわけ? 何時何分何秒? ねえ、証拠でも証人でもいいから早く出してよ! このままだと濡れ衣だわ。シャルロットが言うくらいなんだし、ちゃ~んと誰かが記録しているんでしょう?」


 ここがグレースの運の尽きというか、年貢の納め時というか。同じ三大貴族を証人にさせてしまったのだから、言い逃れなんてできるはずがない。


「証人ならいるわ。あなたの目の前にね」


 そう言った私は、付けていたウィッグを引きちぎるような勢いで取っ払った。


 もうこんな茶番に付き合う必要はないし、最初から情けなどかけるつもりはない。ローズレイ家を陥れるなら、裁きを与えに来ると伝えていたのだ。


「私が証人よ。ルチアには魔法の才能がないと言い切ったことまで、ハッキリと記憶しているわ」


「……へっ?」


 情けない声を上げたグレースは、驚きすぎて固まっている。まさか王城で世話をさせていたメイドが私だとは、まったく思っていなかったのだろう。


 可哀想だと思うのは、共に過ごしたメイド仲間たちが真っ青になっていることだ。後輩だと思って可愛がってくれていたのに、実は格上の貴族令嬢だったと知れば、ホラーとしか言いようがない。


 見守る大勢の貴族たちもどういう心境で見ればいいのかわからないみたいで、会場は静まり返っていた。


「状況が理解できたわよね、グレース。証人だけじゃなくて、時間があれば証拠も出せるのよ。学園で書類を作るように言ったのは、グレースなんだもの」


 まさに自業自得はこのことか。学園の特別講師として呼ばれた時、若い男の子と戯れたグレースは、私とソフィアに書類作成の仕事を押し付けて帰宅したのだ。


 私がメイドとして同行していたことはロジリーによって記録されているし、学園には書類がある。絶対に言い逃れができない状況を、グレース自身が作り上げてしまっていた。


「何か他にも言いたいことがあれば聞くわよ。他人の人生を壊した罪は、あなたが考えている以上に重いの。何人の人生を壊したのかは、もうわからないけれどね」


 言い逃れができないと悟ったであろうグレースは、とても可愛らしい笑顔を向けてきた。


「わ、私は公爵家であり、聖女よ。もう~、シャルロットも嫌だわ。冗談を真に受け――」


 この期に及んで、自分は可愛いから許される、などという陳腐な発想にたどり着くことが許せない。まったく反省などしていない証拠である。


 なので、右手でグレースの両頬を挟み、タコみたいな口にして話せなくした。


「ローズレイ家は断罪する家系よ。可愛いで許される罪はないの。この騒動が終わったら、たっぷりと罪を償わせてあげるわ」


「……ひゃい」


 グレースを撃沈させた後、レオン殿下の元に近づいた私は、ルチアが持ってきた書類をすべて渡した。


 何気なく目線が重なるだけでも、意思疎通ができたと思う。


 裏でウォルトン家と取引していたとしても、国王様という人質が無くなったいま、無理をする必要はない。後はじっくりとウォルトン家を追い詰めていけばいいのだから。


「国王様の容態については、改めてレオン殿下にご確認いただきたいと思います。今は本会議中ですので、こちらの報告書で判断願います」


 レオン殿下が書類を眺めるなか、窮地に立たされたバルデスは、自らを落ち着けようとしたのか、大きく深呼吸をした。


「一つだけ問いたい。ローズレイ家は婚約者の座に執着し過ぎではないかね。とてもではないが、国のために行動していたと判断できない。先にその不純な目的を問いただす必要があるだろう」


 レオン殿下に判断される前に、バルデスは最後の賭けに出たのだろう。


 まだウォルトン家を断罪する術はないし、大勢の貴族がウォルトン家を支持している。この場で少しでも良い立ち位置にならないと、ウォルトン家に未来がないのだ。


 でも、ウォルトン家を追い込むのはお父様の仕事である。無策でバルデスに挑むほど、私は馬鹿ではない。


 今は婚約者に返り咲くことだけを考えよう。たぶん、王妃という地位に執着した女だと誤解されていると思うし。


 私はレオン殿下と顔を合わせた後、子供の頃から守り続けてきたローズレイ家の仕来たりを破り、初めて大勢の人の前で微笑んだ。


「八年前に婚約したあの日から、今も昔も変わらず、レオン殿下を愛しています。婚約者に戻りたいと思うのは、人として普通のことではないでしょうか」


 八年間にわたって私とレオン殿下の間に不仲説が流れていたこともあり、会議室は混乱した。質問したバルデスさえ、何を言っているのかわからないと、再び言葉を失っている。


 だから、私はあえて言おう。私たちが相思相愛だと知ってもらうために。


「裁きを与える厳格なローズレイ家にも、幸せの花が咲くものです。婚約者の座を奪い返すこと以外、何も考えていませんよ」

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