第39話:シャルとルチア2
ルチアにご馳走することになった私は、ルイスの話を聞いたカフェに戻ってきていた。
周囲も少し暗くなり始めたし、貴族女性二人だけでウロウロするのは危ない。ルチアの金銭事情を考慮して、気軽に入りやすい店を選んだつもりなのだけれど。
「本当にいいんですか、こんな高級なお店でご馳走していただいても!」
とても嬉しそうにメニューを眺めている。本当に貴族の娘なのか疑問に思うほどだ。
「何でも頼んでください。ご馳走しますから」
「いま、何でもって言いましたね? 本当に何でもいいんですか?」
「お好きにどうぞ。食べたい分だけ頼んでいただいても大丈夫ですよ」
「いま、食べたい分だけって言いましたね? 本当に食べたい分だけーー」
「好きに頼んでください。お詫びですので」
目をキラキラさせたルチアが意気揚々と注文する姿は、初めて外食に来る子供でも連れてきたみたいな雰囲気だった。
接点を持ちたかったとはいえ、まさかごはんをご馳走することになるとは。これくらいの出費なら安いものの、複雑な気持ちが生まれてくる。
「シャルさんって、お金持ちなんですね」
「あははは……」
夕食をパンの耳で済ませようとする人に言われても困るわ。王都に暮らしていたら、平民でももっと良いものを食べているもの。まあ、改めて見てみると、なんとなく理由がわかるけれど。
学園で制服を着ていた時とは違い、ルチアの私服はボロボロだ。何年も来ているかのように襟がヨレヨレで、少しサイズも小さい。パン屋さんで仕事をした後だから、これでも状態が良い服を選んでいるのだろう。
食費を削っているのであれば、服を買うお金がないのも納得がいく。貴族らしい雰囲気は見当たらず、カフェの雰囲気にも落ち着かないみたいで、ずっとソワソワしていた。
「あ、あの、私、全然お金持ってないですからね」
挙句の果てに、本当にご馳走されるのかわからず、不安になっている。
カフェに向かう道中でも何度か確認されたし、少しくらいは信じてくれてもいいのに。三大貴族の推薦制度で学園に通ってても、これだけ厳しい子もいるなんてショックな話よ。
……学費だけの免除では、学園で生活するのは厳しいのかしら。ローズレイ家は推薦することが少ないし、そこまで詳しく知らなかったわ。
ルチアのことが知りたいわけだし、早めに打ち解けた方がいいわね。
「私は王城でメイドをしておりますので、ご馳走できるくらいのお給金をいただいております。今日は服装が違いますが、私の顔に見覚えはありませんか?」
目を細めるルチアに五秒ほど見つめられると、何かを思い出したかのようにハッとした。
「もしかして、グレース様の近くにいました?」
「はい。ウォルトン家の人間ではございませんが」
「あぁー……そうなんですね。でも、こうしてご馳走していただけるだけでも嬉しいです」
少し残念そうな顔をしたルチアは、まだウォルトン家の推薦に未練があるんだろう。私がウォルトン家の人間だったら、何とかグレースに掛け合ってくれないか、お願いしてきたに違いない。
そんなことを考えていると、ルチアが注文した数々のメニューが運ばれてくる。
パスタ・ステーキ・ハンバーグ……などと、次々にテーブルに並べられていった。
見ているだけで胸やけしそうね。五人前くらい頼んでるわよ。本当にルチア一人で食べられるのかしら。
「あっ、どうぞ食べてください」
「ありがとうございます! いただきまーす!」
律儀に私の許可を待っていたルチアに声をかけてあげると、すごい勢いで食べ始める。
口に入るだけパスタを詰め込み、咀嚼している間にステーキをカット。フォークでブスッブスッとステーキを二枚差した後、豪快に口へ放り込む姿は、とても貴族とは思えなかった。
肉を噛み締め、涙目になる姿も踏まえて。
「普段は何を食べられているのですか?」
「平日はまかない料理、休日はパンの耳です。火魔法でこんがり焼くと、意外にパンの耳だけでもやっていけるんですよね」
どうやら飲食店のバイトをかけもちして、食費をゼロにしているみたいだ。そこまで切り詰めないと学園に通えないのは、どう考えても変だと思う。
ルイスから慰謝料をもらっておいて、学費も生活費も払えないなんてね。余るくらいには残っているはずだし、苦労する生活とは無縁のはずよ。
でも、現実は違う。まだあまり関わっていないけれど、ルチアが悪事を働くような子には見えなかった。もっといえば、嘘を付きそうな子でもないし、嘘を付いていそうな食欲でもない。貴族とは思えないほど、貧しい生活をしていると思う。
はぁ~、調子が狂うわ。私、こういう子に弱いのよね。
ローズレイ家の職業病でもあるのだが、悪事を裁き、弱者を助ける傾向にある。もちろん、仕方なく悪に手を染めて、後悔し続けるような子もいるのだが……。
「ハンバーグなんて五年ぶりです~」
とても裁きにくい。法の下で人は平等とはいえ、あくまで裁くのは人だから。
食事しているだけで苦労が伝わってくるなんて、なかなか見ないもの。事情を聞くと迷いそうになるかもしれないけれど、そうも言ってはいられないわ。
「お持ち帰り用のサンドウィッチを買っても構いませんので、事情を聞いてもいいですか?」
よくわからない交渉を持ちかけてしまった。
「えっ? 聖人メイドさんですか?」
「いえ、タダの趣味です」
そして、咄嗟によくわからない言い訳もしている。不幸話を聞きたいなんて、かなり悪趣味になるだろう。
しかし、持ち帰り用のサンドウィッチというお土産ももらえることになったルチアは、気にした様子を見せない。むしろ、とても嬉しそうに目を輝かせている。
「料理を食べ終わってからでもいいですか? 温かいうちに食べないと、もったいないので」
マイペースな子なんだなーと思う反面、強く言い返すこともできず、ルチアが食べ終わるのを見守ることになるのだった。
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