第32話:グレースの臨時講師4
ルチアの一件以降、他の授業に参加しても、グレースは変わった様子を見せなかった。
顔立ちの良い男の子だけは熱心に指導という名の誘惑をして、他の男子や女子はあまり相手にしない。ただ、魔法の才能があると思った子には、男女問わず丁寧に教えてあげていた。
自分好みの男の子と将来的に活躍しそうな子には、手をつけておきたかったのだろう。魔導師の育成に有効なら構わないが、私利私欲に走っている気がして、何とも言えない気持ちになってしまう。
深読みしすぎなのかな。でも、グレースが普通に仕事をするとは思えない。特にグレースに敵対した女の子、ルチアの一件があってからは、普通に見ることができなかった。
あの時、どうしてグレースはあそこまで取り乱したのだろうか。魔力暴走が始まっていたのならまだしも、基礎的な練習をしていただけなのに。
それに、あの不気味な笑みが気になる。ウォルトン家の推薦で勉強させていたのなら、残念に思うのが普通なのだけれど。
うーん、と呑気に考えられるのは、グレースの臨時講師が終わり、私とソフィアが学園で書類作成をしているからだ。どうしてこうなったかといえば、グレースの言葉に集約されている。
『はぁ~、今日はもう疲れたわ。先に帰ってるから、書類を作成して、学園長に提出しておいて。王城で働くメイドなんだから、それくらいはできるでしょ? くれぐれも学園長にはよろしく言っといてよね』
要約すると、良い男の発掘が終わったので帰るわ、ということだ。今日は良い仕事をしたわね、みたいな雰囲気を出して帰っていったのが、何とも言えない。
当然、残された私とソフィアは災難としか言いようがない。学園の書類を作った経験はないし、ここまで理不尽な扱いを受けると思っていなかった。
臨時講師を担当した本人でもないため、ソフィアと相談しながら書類作成に励んでいる。
「ねえ、一番優秀だった生徒は誰か、っていう質問はどうしたらいいと思う?」
「教える時間が長かった女子の名前を書くべきでしょう。確か二年生の二組にいましたね」
正直、書く内容くらいは決めて帰ってほしい。どんな顔で学園長に提出すればいいのか、まったくわからないから。
いや、その前に自分でやれって話なのだけれど。
そんなことを考えていると、コンコンッとノックして、学園長が入ってきた。思わずバッと書類を隠してしまうのは、仕方のないことである。
「おや、グレース様はおらんのかね」
「はい。熱心に指導した反動で疲労がたまり、早退されました」
どうして私がグレースを庇わなければならないのだろうか。しかも、仕事まで押し付けられた上に、学園長に嘘までつくはめになるなんて。
ウォルトン家からメイドが派遣されてこないのは、単純にグレースが我が儘すぎるせいじゃないかしら。
「それは仕方ないのう。ルチアがどうにかならんか相談したかったんじゃが」
学園長の言葉を聞いて、やっぱりルチアに何かあるのではないかと、疑問を抱いてしまう。
高貴な貴族の娘でもないのに、わざわざ学園長が相談しにくるのは珍しい。失礼だが、権力者である学園長が庇うような娘には見えなかった。
「どうしてルチア様にこだわられているのですか? 学園長先生が名前を覚えるのは上級貴族の子が多いと思いますし、普通は推薦を切られた子に関与しないはずです」
「ちょっとシャルさん!? 相手は学園長先生だよ。もう少し言葉を選んで……」
「いやいや、構わんよ。その子の言う通りじゃからな」
ソフィアにジト目で見られてしまうが、こればかりは仕方ない。自分でも失礼な言葉だったと思っている。でも、どうしてもグレースの不気味な笑みの正体を暴きたかった。
「単純な話なんじゃが、ルチアの潜在能力はスバ抜けておる。もしかしたら、グレース様と同等の存在、いや、それ以上の存在になるかもしれんのじゃ」
「お待ちください。グレース様は百年に一人の天才と言われた魔導師のはずですよね?」
「間違いない。何人もの魔導師の卵を見てきたが、ルチアとグレース様は別格の存在だと言える。だからこそ、ルチアの魔力暴走を止められんか相談しに来たのじゃ」
どうしよう。学園長には悪いけれど、嫌な予感がするわ。聖女と称賛されるグレースが、追い抜かれることを許すはずがないもの。
もしかして、魔力暴走する危険な存在になるのではなく、自分の地位を脅かす危険な存在になると判断して、ルチアを追い込んだのかな。
ウォルトン家が推薦したのも、本当は成長した彼女を飼いならすため。でも、予想以上に成長してしまったため、予定を変更して、魔導師の世界にいられなくしたのではないだろうか。
さすがに考えすぎ……であってほしい。でも、グレースは平気でそういうことを実行すると断言できる。
「事情はわかりました。グレース様宛に手紙を書いていただければお渡しいたしますが、いかがなさいますか?」
「そうじゃな。ルチアの件について、しっかりと対策を考えてもらいたい。あの子はパン屋で生活費を稼いでおるくらいには苦労しておるし、せめて推薦だけでも続けてもらえるといいんじゃが」
相づちを打つ私たちに背を向け、学園長は部屋を後にしていくのだった。
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