第6話:メイドのシャル4

 午後になると、王城の緊急会議に参加するため、続々と貴族たちが集まり始めていた。


 私はメイドの『シャル』として、ソフィアと一緒に入り口で出迎えているが、影響力の強い人物は少ないように思う。


 まだ婚約破棄をしてから、三日目。王都に滞在している貴族が参加するだけであって、重鎮が足を運ぶとは思えなかった。


 ただ一人を除いては。


「我が娘グレースの様子を見に来ただけなのだが、まさかこんなことになるとはなー。フハハハ」


 白々しいことを言うのは、ウォルトン家の当主、バルデス・ウォルトン。腹部についた無駄な贅肉を見れば、どれだけ裕福な暮らしをしているかわかるだろう。


 早くも敵の親玉がお出ましとはね。グレースよりも遥かに厄介な存在だし、この人が王都にいる限りは要注意だわ。


 必要以上に私が干渉するべきではないが、近年、ウォルトン家は黒い噂が流れ続けている。


 聖女の力で他者の命を助けて法外な金額を請求したり、小さな子供を誘拐して人身売買に手を出したり、莫大な資産で強引に買収の話を進めたり……。


 もちろん、あくまで噂にすぎない。一度、ローズレイ家で調査したみたいだが、何も証拠は出てこなかったと聞いている。


 今回の騒動を考える限り、ウォルトン家は黒で間違いない。誰にも気づかれることなく王族を脅すことに成功している以上、証拠が見つからなくても不思議ではなかった。


 いったいどんな手口なのか……と考えていると、隣で佇むソフィアが大きなため息を吐く。


「婚約破棄は大変だよねー……」


 大勢の貴族を横目で見たソフィアは、寂しそうな表情をしていた。


 それもそのはず。運が悪いことに、ソフィアも私と似たような経験をしているから。


 誠実な貴族出身の騎士と婚約していたのに、ソフィアは浮気された過去がある。一夜の過ちを犯したことが噂になり、婚約破棄を余儀なくされたのだ。


 まだ数年前の話だけれど、過去の記憶がフラッシュバックして、婚約破棄のツラさを思い出したのかもしれない。もしくは、私のことを心配して、居たたまれない気持ちになっている可能性もある。


 色々な思いが頭の中をグルグルと回りながらも、私は貴族の出迎えを続けた。他のメイドたちが客人に茶を出し、次々に席が埋まっていくと、ロジリーから別の仕事へ行くように指示が出る。


 さすがに会議室に入れるのは、信頼のある一部のメイドだけ。新人の私が入れるはずもなかった。


 今日はレオン殿下とグレースを見ていないし、参加しないみたいね。大荒れの会議になるのは間違いないから、強く非難されないように見送ったんだと思うわ。


 ウォルトン家の動向は気になるけれど、大勢の貴族が参加するのなら、大した情報は得られないはず。今は大人しくメイドの仕事に勤しむべきだ。


 ひとまず、メイドの先輩であるソフィアにくっつき、成り行きに身を任せることにした。


「次はどんな仕事をされるんですか?」


「本当はね、今日は午前中のうちに騎士団寮のシーツを洗う予定だったの。明日に回せるような量でもないし、少しでも終わらせておこうかな」


 王都に家族がいる騎士団員は違うが、地方出身だったり、夜間警備があったりするため、騎士団用の大きな寮が存在する。そこの清掃業務をメイドが行うのだが……。


「シーツというのは、ベッドシーツのことですよね。果てしない数のベッドがあると思うのですが」


「日があるうちに乾かないとダメだから、今日は少しだけかな。二人なら四十枚程度だよ」


 よ、四十枚もシーツを洗うの……? 午前中の掃除だけで早くも筋肉痛になっているのだけれど。


 どうやら私の知っているソフィアではないみたいだ。仕事熱心のメイドにしか見えない。


 今からベッドシーツを外し、洗って乾かした後、またそれを付ける作業を行うとなれば、予想以上の重労働になるだろう。テキパキ動かないと間に合わないし、当然のように手洗いになる。


 精神的な負担の大きい王妃教育とは逆に、肉体的な疲労が蓄積するわね。今日が初日の新人メイドなんだし、お手柔らかにしてほしいわ。


 そんな私の思いが通じたのか、ソフィアが笑みを向けてくれた。


「心配しなくても、そのうち慣れるよ。明日筋肉痛にならないように、今日は軽めで済ませておくね」


 すでに筋肉が悲鳴を上げ始めている私は、メイドという仕事の恐ろしさを知るのだった。

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