第4話:メイドのシャル2

 面接試験が終わると、控え室の椅子に腰を掛けるように指示された私は、背筋をピーンと伸ばして座っていた。


 平然とした顔をしているが、内心はドキドキが止まらない。たった一礼するだけの面接なのに、恐ろしいほどの面接だったのだ。


 刃物で突き刺してくるようなロジリーの視線と、厳しすぎる指摘に耐え切れず、私以外の面接者は全員が途中辞退。何度も一礼をさせられるため、トラウマになっているのではないかと思うほど泣き叫んだ娘もいた。


 正直、ロジリーと初対面だったら、私も涙を流したかもしれない。シャルロットだとバレないように少しだけ手を抜いたら、鬼の形相で怒られたから。


 今でもロジリーの言葉を思い出せば、冷や汗が湧き出してくる。


『良い度胸ね、あなた。もう一度、ちゃ~んと一礼してみましょうか』


 ほんの少し手を抜いただけなのに、どうしてバレてしまったのだろう。その後、王妃教育の成果を見せるように全力で一礼をしたにもかかわらず、とても細かいことばかり指摘された。


 さすが裏で『地獄のメイド長・閻魔様』と呼ばれているだけはある。厳格なローズレイ家でも、あそこまで細かく指摘されたことはない。もっと言えば、王妃教育よりも厳しかった。


 そんなことを考えていると、相変わらず鋭い目つきをしたロジリーが戻ってきて、向かい合うように座った。その手に持っているのは、私の履歴書である。


 なんと、メイドの採用は一礼だけで決めると言っていたにもかかわらず、書類チェックが始まってしまったのだ。


 人材を雇用するためには、最低限必要な行為であるとわかっているものの、注意深く見ないでいただきたい。なぜなら、正体がバレないように偽造してあるから。


 早くもロジリーが不気味な笑みを向けてくるため、どこか引っ掛かるところがあったのだろう。


「あなたに興味があるの。少し昔の話を聞いてもいいかしら」


「昔の話はしたくありません」


 断固拒否である。嘘に嘘を重ねれば、必ずボロが出てしまう。


 どんな些細なボロであったとしても、地獄のメイド長、ロジリーが見逃すはずはない。


「残念ね。綺麗な立ち居振る舞いを見せるあなたの家柄が気になっただけなのに」


 怪しいわね、と言わんばかりの鋭い目つきをロジリーが向けてくるが、私は決して目を逸らさなかった。


「両親が亡くなって以降、貴族の身分ではなくなりました。現在の私に姓はございません」


「よく聞く話ね、?」


 偽名の『シャル』という名前を呼ばれ、猛烈な勢いで背筋に悪寒が走る。


 あのロジリーに『ちゃん』付けされるなんて、考えたこともなかった。仮に仲良くなったとしても、距離を置いて接したいと思うのは、人間としての防衛本能が働くからだ。


 ただ、ロジリーが悪いわけではない。急にレオン殿下がグレースを婚約者にしたこともあり、最大限に警戒している結果なのだろう。


 彼女はとても真面目なメイド長であり、王族の信頼も厚い。幼いレオン殿下の育児にも関わり、王国を陰で支え続けている人物の一人でもある。


 仮に正体をバラしたとしても、今は敵対しないはず。しかし、どこにウォルトン家の人間がいるのかわからない。細心の注意を払い、王城に潜入するべきだ。


「私と同じような境遇の方がメイドにいらっしゃるのでしょうか。心強い先輩たちと仲良くできると嬉しく思います」


 よって、地獄のメイド長にも勇敢に立ち向かう。どれだけ厳しい視線を向けられても、ローズレイ家らしくないメイドスマイルを保った。


 あまりにも厳しい視線で見つめられるため、拷問でもかけられているのかしら、と頭によぎると、控え室の扉をノックする音が聞こえてきた。入ってきたのは、小柄なメイドだった。


 銀色に輝く髪を後ろでまとめるのは、伯爵家の令嬢、ソフィア・ルーサム。年齢は同い年の十八歳であり、共に学生時代を過ごした私の唯一の親友だ。


「ロジリーさん。お呼びでしょうか」


「ええ。ソフィアさんに新人教育をお願いしたいの」


 ソフィアはギョッと驚いた表情を見せるが、すぐに平然とした表情を取り戻す。


「恐れながら、ボクはまだ教える立場にないと――」


「心配しなくてもいいのよ。彼女は即戦力として雇用しているの。しばらくはソフィアさんとペアで仕事をこなしてもらうわ。それとも、何か意見があるの?」


「……う、承りました」


 地獄のメイド長・ロジリーの脅しである。ソフィアが屈服するのは、自然の摂理に基づいたまでだ。


 しかし、私はソフィアが教育係についてくれるのなら、嬉しい限りである。次期王妃とメイドという立場ではあったものの、ひと月前には一緒にケーキを食べたほど、今も親交が深い。


 ソフィアの家は王族に近しい家系だし、城内で仲間を作るなら、彼女しかいないとも考えていた。


 無理やりソフィアに教育係を押し付けたロジリーは、私の履歴書を彼女に手渡す。


「じゃあ、は任せたわ」


 そう言ったロジリーは、振り返りもせずに部屋を離れていく。


 急いでソフィアが履歴書に目を通すが、ちゃんと性別は女に丸を付けたはず。見た目からしても、私は女性とわかるだろう。


 よって、顔を合わせた私たちは、互いに首を傾げ合っていた。


 マナーにうるさいロジリーが性別を間違えるはずはない。しかし、教育係を任されたソフィアに向けられた言葉ではなく、新人メイドの私に……いや、に向けられた言葉だったとしたら、納得がいく。


 レオン殿下の元婚約者である私に、彼を任せると言ってくれたのだ。


 ソフィアを教育係に付けたのも、私の正体に気づいていたからかな。今まで厳しく接していたのも、油断はするなというメッセージだと思う。


 何とも不器用なやり方ではあるが、味方がいると知れたことは大きい。表立って頼りにすることはできなくても、多くの人が裏で動いていると信じよう。


 でも、まずはメイドに溶け込むことを優先するべきね。


 ロジリーが警戒して動いている以上、この場でソフィアに打ち明けることはできない。そのため、彼女にも見せたことがない満面の笑みを向けた。


「これからよろしくお願いします。ソフィアさん」

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