第10話


 第9話



 愛、の対義は無関心だという。

 無関心だろうか。

 今ならそう、言えるだろうか。

 いやそれでも、十分過ぎる以上に呪縛されているのだ。

 それは自身に巣食う抜き難い妄念を自嘲しながらの、胸中の吐息。


 産まれ付きから鬼子として育った訳ではない、と思う。

 物心付く頃は、父母にも家にも、素朴で率直な思慕を抱いていた、その記憶はある。

 それがどうしてここまでこじれてしまったのか。

 端緒はやはり、当然の如く持ち出された、時代錯誤も甚だしい「政略結婚」の一幕だろうか。

 伴侶として引き合わされた男は、容姿端麗頭脳明晰品行方正、正に非の打ち所も無い相手だった。

 彼には、その出逢いそのものには何の不満も無かった。ときめきすら覚えた。

 ただ一点を除いて。

 彼は、若くして自らの人生に既に疲れ果て、倦みきっていた。

 ふだんは快活に振る舞っているが、不意に断崖絶壁から深淵を覗き込む様な、救いようがない瞑い表情が浮き上がり、消える。

 彼にも、彼女に対しては特段、不平不満は一見、何も無い様に見えた。

 だから、思い切って訊いてみたが。

 彼からは、その答えを得ることは出来なかった。

 ただ事実として、彼と彼女の間には格段の家格の差が、上下があった。

 もちろん、彼女の中にあった意識ではない。世間で言うところでのそれだ。

 今も理由は判らないが、この婚約はいつの間にか解消されていた。

 だから、判然としたものは無い。

 それでも、今思えばあれが間違い無く契機の一つだったのだと思うのだ。

 叔父は、直ぐに次の相手を探して来た。

 その男は、そつが無かった、“世間一般”で言えば、生涯の伴侶として必要十分以上に立派な相手だった。

 しかし、そうした表現が許されるなら、“彼”に比べ総てに一段、劣っていた。

 そして、家格は同等か、やや向こうが上。

 それはやはり、彼女の意識にあったことでは無い。

 “元彼”と引き比べて不満を募らせたのでも無い。

 寧ろ糾すべきは自分自身だった。

 いや、このまま総てを委ね家に収まり、思慮深い笑顔を刻みながら良妻賢母を演じれば人生はそれで円満だろう。

 それで佳いでは無いか。思えば世の多くの者が望んで止まない、一生を賭しても決して適わず得られ無い様な破格の好待遇では無いのか。

 何処まで自分は、ここまで貪欲であったのか。

 何が不満だと、不安だというのか自問した。

 やはり答えは得られ無かった。

 それはありきたりな、苦労知らずな深窓の令嬢が抱く浅薄な反抗だったのだろうか。

 もし例え真実そうだったのだとしても、今は、違う。

 如何ほどの覚悟があったというのか。軍の扉を叩いた時から彼女の世界は劇的に変化してしまった。

 自身、唾棄している筈だった家名の威勢で、たわけた偽名を押し通してしまった。

 それはしかし同時に、自らの手でミラの名を辱めんとする幼稚な、そして淫靡な、或る種の加虐趣味でもあったことを、今であれば受け容れることも出来る。

 そして、今になればこうして幾らかの余裕さえ保ちながら振り返りも出来るが、軍という此の世にありながら過剰なまでに実際的な異界は、家中でメイドにかしずかれながら幻想的な浮き世を生きて来たたわいもない少女の内観世界が自己完結の果てに最終解として導いたこの解決、などというものを根底から破壊してしまった。

 その身体性は、彼女が過ごして来た精神性に依拠する過去を全否定する程に苛烈かつ熾烈な「常識」と「日常」だった。

 常に落第生の枠に居た。

 しかし、軍は「落伍者」の存在を許容しない。

 何度でも、精魂尽き果てる迄。

 諦めて、もうやるしかないやってやる、出来た!。となるまで執拗に反復し、総てを完遂させる。

 それは任務であり命令であり、必然なのだ。

 名門の令嬢であろうが志願した以上平等にその原則は知った事ではないし、事実、入隊後は何の区別も無かった。

 だからこそ、その選択は正しかったのだと、これも今であれば自信と、僅かな誇りすらを添えて、言い切れる。士官の端くれとして、それこそが軍という組織の目論見通りであるのを差し措いてでも。

 何より、与えられたファイターパイロットという職務は期待どころか意識の埒外からの闖入であったにも関わらず、魅力的に過ぎた。

 地を蹴り空を舞いつつそれは初めて、人生に対して素直に賛嘆と歓呼を叫んだ瞬間でもあった。

 

 機械的にライトグレーの低認識迷彩で塗装された機は、晴れ上がった空を背景にすると逆に悪目立ちしていた。

 これが有人機であれば運用での不手際、大問題だが、偵察専用のUAVであるのでまあこんなものか、だ。これをわざわざ適宜塗り直していたらコスト割れしてしまう。

 光学、赤外、電子の眼でUAVは針路上を見はるかす。

 得られた走査情報は、遥か上空を遊弋するディッシュの1機が隈無く拾い集め順次南米本部に向けた後送を中継している。

 解析結果は前進基地に順次発送され、それが再び前線のディッシュに戻されて来る。

 データ伝送のタイム・ラグは殆ど発生しない。宙戦ではやや齟齬があるかもしれないが、地上でならこれが最大効率の戦術統制とされている。

 ここは堀り尽くしたかな。

 ディッシュに搭乗している前線航空統制官がその判断を下し掛けた時だった。

 まず、先頭機が落ちた。

 約0.5秒間隔で、航続する2,3番機も相次いでコネロスする。

 だがもう、これだけの時間があれば射撃諸元を得るには十分だった。機械達には1秒という時間は余りに長過ぎ、退屈な時間なのだ。

 母機からの反撃指令を待つまでもなく、観測された標的に向け火力チーム3機は即座に統制射撃を開始。

 無論、IFFと照合し射界のクリアランスは確保している。

 だが敵は狡猾だった。

 敵兵装は光学火器では無い。射弾は実弾。

 射撃から弾着までの僅かな時間に機位を変更。

 かつ、勇猛だった。

 MSは機動限界で加速。

 前へ。

 上空へ。

 前進と前進。

 2kmの距離が一瞬で消える。

「この!無人機如きがぁ!」

 06-2はヒートホークを一閃、先頭機を叩き墜とす。

 だが、そこまでだった。

 前進を継続していたのは先頭機のみ。

 2,3番機は敵機動を感知すると同時に逆噴射。前進モーメントを打ち消す。

 標的との対敵距離は変わらず2km。

 機械達は長機をデコイに敵を殲滅する戦術を案出し、直ちに実行していた。

 ほぼ空中に制止している標的に向け、直射を実施。

「畜生この……」

 ヒートホークを持ち替え、撃つ。

 射撃を浴びた2番機が大破。

 しかし06-2はそこで力尽きた。

 母機はこの戦闘に全く介入出来ず、ただモニタリングしているだけだった。


 ** kil 1 : rem 0 **

 

 3番機の申告に統制官は我に返る。

 更に、1番機の喪失並びに2番機が無力化との報告。

 自分も規定の残弾数を割り込んだ、帰投し整備補充したいが如何か、と重ねて訊いて来る。

 統制官は機械達の問いに規定通り、受諾を発信。

 

 ** rog   : gl    **

 

 無人機に幸運を祈られてしまった。統制官は苦笑する。

 全く、頼もしい奴らだ。勝手に戦って勝手に帰って行く。こっちはただ観戦しているだけ。

 戦っているのは俺達なのに。

 人類発祥の地か。統制官は思う。

 つくづく、戦争てのはばかのすることだよな……。

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