第36話 何か良い能力のアイデアはないものか

 「ごほっ……ごほっ!、ごほっ!」


 窓を覆うカーテンが朝の日差しを受けてほんのりとした茜色へと変わっている。


 この部屋の中だけもう夕暮れになってしまったかのようだ。


 床には気持ち良く寝そべることもできるくらいフカフカの真紅の絨毯が敷かれていて、壁際には巨大な振り子の付いた据え置き型の時計に暖炉。


 他にも西洋風のアンティークが色々と飾られている。


 そんなお洒落な寝室の……。


 歴史映画なんかに登場する王族の人達が寝ているような四隅をカーテンで覆われた天蓋てんがい付きのベットの上で『地球』の世界で6回目の転生を迎えた僕は横になっていた。


 大分体の調子が悪そうな様子で酷く咳き込みながら……。


 「(大丈夫なの~、アル~。ちょっとしんどく感じるならもう少し楽になるように調整してあげようかなの~?)」


 「(調整してあげようかなの~?)」


 「大丈夫だよ。働かない為に病人の振りをしてるんだからこれくらいでないと皆に怪しまれちゃうかもしれないし」


 今の状況を簡単に説明すると今僕は『地球』の世界への転生で6回目の転生を迎えた状態。


 今の会話から分かる通り今回もベル達が僕の体の細胞として転生してくれている。


 6回目の転生で無事人間として転生できた僕だけどなんと父親が超大手の製薬会社の社長という最高に裕福な家庭に生まれ育つことができた。


 その製薬会社の社長にして僕の父親の人物に転生したのは勿論父親のソウルメイトとして共にこの世界に転生したMN8-26さんだ。


 既にランク2相当の世界でまともに転生できる程魂を成長できているMN8-26さんだからこそこうしてランク1の世界である『地球』でこれ程裕福な家を築くことができたのだろう。

 

 そのおかげで僕は日本に生まれながらにしてこのような西洋風の豪邸で暮らすことができているというわけだ。


 折角もう僕自身が一生働かずとも暮らしている程の資産があることだし僕は転生前に計画していた通り固有オリジナル転生スキルの能力のヒントを見出すことに専念することにした。


 しかしながらいくら裕福な家庭に生まれたからといって傍から見て只遊び呆けていると思われる人生を送るのは何ともばつが悪い。


 そこで僕は体の細胞に転生したベル達に頼んで死なない程度でありながら一生家で看病を受けて生活しなければならない程度に体の調子を調節して貰った。


 ほとんど家から出られない生活は流石にちょっと苦ではあるけれど家で作品を見ている分には特に問題はない。


 部屋のベットに寝たきりの状態になったまま僕は固有オリジナル転生スキルのヒントとなるような能力が登場することの多い漫画やアニメの作品をメジャーからマイナーなものに至るまで見漁っていた。


 「ゴ○ゴムの実を食べたゴム人間……。今回の『地球』の世界でもワ〇ピースの人気は凄まじいね」


 『地球』の世界は他の世界と違ってどの転生においても世界の在り方にほとんど変化が見られない。

 

 例えば僕が今生きているこの時代。

 

 西暦2022年の時代にある作品で謂うと毎回ワ〇ピースという漫画の作品の人気が凄くてその作者の名前も尾〇栄一郎さんとなっている。


 『地球』の世界は霊界に誕生したばかりの多くの魂達が一番初めに転生を経験することになる僕達魂にとって謂わばチュートリアルとも謂える世界だ。


 その為予め世界に誕生することが定めれた転生先。


 僕達が確定キャラと呼んでいるような転生先の存在が数多く設定されている。


 つまりは今のワ〇ピースの例で謂えばその作者である尾〇栄一郎さんに転生する魂が絶対に存在し、この世にワ〇ピースという作品を生み出すよう設定されているというわけだ。


 只どのような魂がその存在に転生するかは定かではなく、転生する魂によって若干作品の内容や作風が変化したりする。


 今僕が読んでいるワ〇ピースはいつもの『地球』の世界と変わらないキャラの表情がとても豊かで戦闘シーンでは1コマ1コマにとても迫力があり読みやすさ、読み応え共に抜群の作品だった。


 【転生マスター】として作品の内容をほぼ記憶している状態でも一日中読み漁ってあっという間にこの時代に出ている最新刊まで読み終えてしまったのだけれど……。


 「メ〇メラの実にヒ〇ヒエの実……。ヤ〇ヤミの実にグ○グラの実……。どれも魅力的で凄く強そうな能力だけどこんなの魔法がある世界に転生したとしても再現することができるのかなぁ……」


 「(う~ん……。パ〇メシア系やゾ〇ン系ならまだしもロ〇ア系なんて細胞に転生した僕達が全力で協力したところで……それこそ魔王や勇者みたいな元々その世界で特別な力を持つよう設定されている確定キャラに転生しないと無理だと思うなの)」


 「(無理だと思うなの)」


 「そんなんじゃあ固有オリジナル転生スキルの取得なんて絶対無理だよ。何処かにそれなりの難易度で手頃に習得できてそれなりに強力な威力があって、僕にしか扱うことのできないような能力はないかなぁ……」


 『地球』の世界の漫画に登場する能力は独創的で相当なパワーを誇っていそうだけどどれも他の世界で実際に再現するのは難しそうであった。


 そもそも主人公各のキャラクターが使う能力なんてそう簡単に真似できると思えるようなものでは漫画としての人気が成り立たない。


 ここはもっとマイナーな作品のマイナーなキャラクターに的を移していくべきだろうか……。


 「失礼します、マスター。恐れながら今日もマスターの御体の診察を行わせて頂きます」


 僕とベル達が固有オリジナル転生スキルに色々と頭を悩ませている最中、看護師の姿にふんしたアイシアが点滴と色々な医療器具を載せた医療用カートを押して部屋へと入って来る。


 今回も僕の妹として転生したアイシアは病人となった僕の看病をする為に看護学校にまで通ってくれた。


 病人と謂っても僕の体内の細胞に転生したベル達によって意図的に体の調子を悪くして貰っているだけでそんなに心配して貰う必要はなかったのだけれど……。


 しかもわざわざ家の中だというのに看護師の衣装まで着て……。


 「今日はマスターの血の検査を行う日ですのでまずは採血をさせて頂きます。手を裏返してこちらの台に置いて下さい」


 僕の体の調子がベル達が管理してくれているからわざわざ血の検査なんてしなくていいのに……。


 っと僕達の方は思っていたのだけれどどうやらアイシアは今後の転生に備えて少しでも医療の知識を身につけておきたいようだ。


 こうして僕が固有オリジナル転生スキルのアイデアを得る為の転生に付き合って貰っているのだからここは大人しくアイシアの医療実習の為の患者になってあげよう。


 「血管が出てきましたね。それではアルコールの方を塗らせて頂きます」


 腕に駆血帯を巻き、肘の内側の血管の浮き出た箇所にアイシアがガーゼに浸したアルコールを優しく塗っていってくれる。


 更にアイシアの思い遣り溢れる声を掛けられて僕の心が落ち着いている内に……。


 「はい……それでは少しチクっと致しますね」


 しっかりと血管の位置を確認して刺された注射の針はアイシアの繊細で柔らかな手付きのおかげもあって全く痛みを感じなかった。


 アイシアがゆっくりと注射桿プランジャーを引いていくと共に僕の体から血液が注射器の筒の中へと段々と吸い出されていく。


 アイシアの優しい雰囲気のおかげで血液というより僕の体の中の悪いものを全て吸い出して貰えてるような感じだ。


 「終わりました。それでは次に点滴の用意をしていきますね」


 採決を終えた後今度は点滴を行う為の針をさっきとは反対側の腕へと刺してくれる。


 これも全く痛みがなく、ゆっくりと落ちていく点滴と共にアイシアの愛情まで僕の体に注がれていくような感じだった。


 「いつもありがとう、アイシア。それにしてもアイシアは注射の針を刺すのがとっても上手だね。まるで注射すると同時に僕の体から悪いものを抽出して更にアイシアの愛情を一杯に注入されている気分……」


 「……?。どうかなさいましたか、マスター」


 「抽出と注入……これだっ!。これこそ僕の固有オリジナル転生スキルの能力にピッタリのアイデアだよっ!」


 「えっ……それは一体どういう……」


 アイシアにして貰って注射を受けて僕の頭の中に突然ある閃きが走った。

 

 『抽出』と『注入』


 これこそが僕だけの固有オリジナル転生スキルを生み出す為の重要なキーワードになるかもしれない。


 「悪いんだけどこれから注射器に関する資料と……。注射器を武器や魔法の能力として使ってる漫画やファンタジー小説なんかを掻き集めて来てくれないかな。この時代なら大分インターネットの検索機能も進歩しているはずだし通販サイトなんかを利用すれば簡単に探せると思うから」


 「分かりました。しかしそれは一体どういった意図があるのですか?」


 「(僕達も気になるの~っ!。固有オリジナル転生スキルについて何か思い付いたのなら勿体振らずに早く教えて欲しいなの~)」


 「(教えて欲しいなの~)」


 「いや。アイシアにして貰った注射を見て漠然と思い付いただけなんだけど注射器みたいに何かを『抽出』したり『注入』する能力はどうかなって。血液とか細胞とかだけじゃなくて敵の能力自体を『抽出』して使えなくしたり……。『注入』に関してはその意味の通り敵に毒を注射して弱体化させたり、反対に自分に薬を注射して肉体を超絶強化したりとか……。後は『抽出』ものを利用して色々と魔法を発動させたりなんかも考えてる。例えば魔法で容量を底上げした注射器に水を大量に『抽出』しておいてその水を利用して更に水属性の魔法を発動させたりとか……」


 「(おおっ!。確かにそれは中々面白そうで良いアイデアだと思うなのっ!。水属性の魔法を使うなら魔力で水を生み出すより直接その場にある水を利用した方が効率が良いだろうしなの。今のLA7-93のアイデアだといつでもその魔法に利用する水を大量に持ち運ぶことができるなのっ!)」


 「(できるなのっ!)」


 「でしょっ!。他にも水を『抽出』しておいた注射器を遠隔操作で飛ばしてそこから更に水弾を放ったりとか……。一度思い付いたらもうアイデアが止まらなくなっちゃったよっ!。この調子で閃きが止まない内にどんどん色んなアイデア……」


 「入るわね~、とおる~。今日の体の調子はどう?。サンドイッチを作って持って来たんだけど良かったら食べる~?」

 

 「母さんっ!。ちょうど良いタイミングで食べ物を持って来てくれたよっ!。母さんのサンドイッチを食べながら考えれば頭が冴えて更に良いアイデアが思い浮かぶぞっ!」


 固有オリジナル転生スキルについてのアイデアが浮かびテンションが上がっているところに今回の僕の母さんに転生したPINK-87さんがサンドイッチを作って持って来てくれた。


 激美味ウマのサンドイッチを頬張りながら僕はアイシアとベル達と共に更に固有オリジナル転生スキルについてのアイデアを模索していく。


 色々と能力を盛り過ぎてこんな魔法本当に実現できるのかってぐらいになっちゃったけど想像する段階においてはどんな能力でも自由だ。


 後は霊界に帰ってから実際に魔法の存在する世界に転生しても実用可能なレベルになるように調整していけば良い。


 このアイデアが思い浮かんでようやく僕の転生人生が本格的にスタートしたような感じがした。

 

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