第31話 煙草魔法

 「さてと……拠点を出てから大分進んできたしそろそろモンスターと遭遇し始める頃かな。アル君とアイシアちゃんはなるべく僕の元から離れないようにしてね」


 「はい」


 待合室で今回の依頼の内容や任務遂行の段取り、その他諸事情の最終的な確認を行った後、僕とアイシアはハーディンさんとそのパーティメンバー達と共に中継拠点を出立しダンジョンの奥へと進んでいた。


 僕達が暮らしていた中継拠点があるのはこの【ヴァーバイン洞窟】のダンジョンの第3層。


 今回の依頼ではそこから更に5つ下の第8階層に存在するメルトラン鉱物という資源を20キロ以上採取して持ち帰らなければならない。


 第8階層より下の階層でもメルトラン鉱物は採取できるのだが、基本的にダンジョンは下の階層に行く程危険度が増すのでわざわざリスクを冒して向かう必要はない。


 っと言っても第8階層で既定された量のメルトラン鉱物が採取できなかった場合は更に下の階層まで赴かなくてはならないようだが。


 「取り敢えず今日の目標は1つ下の第4階層の入り口まで進行すること。第4階層の入り口から少し進んだ川の近くにキャンプ地があるから今夜はそこで野営しよう。他の冒険者達も近くに来ていればそこを利用するはずだから心強いしね」


 第3階層から第4階層へと下りる為の通路は全部で5か所ある。


 ハーディンさんによるとここから一番近い通路まで順当に進むことができれば今日の夕方には第4階層へと辿り着くことができるとのことだ


 中継拠点のあるこの第3階層は拠点の外のダンジョン内にも街道等がある程度整備されていて比較的安全に進めるらしい。


 とはいえ全くモンスターが出没しないというわけではなく、既に僕達は中継拠点がある安全と定められているエリアを大きく越えてモンスターに襲われる可能性もある危険地帯へと足を踏み入れていた。


 道なり進んでいた街道も段々と敷石が割れた箇所が多くなり単なる荒道へと変わってしまっている。


 街灯の数も少なり辺りも急激に暗くなってきていた。


 どういう訳か日の光が全く入って来ない程の下層であるにも関わらず外と同じように昼夜の存在するこの世界のダンジョンだが、閉鎖的な空間が生み出す暗闇は外界とは重みが違う。


 頭上からずっしりと覆いかぶさってくるような暗闇と薄気味悪い静けさがダンジョンを進む僕とアイシアの足取りを重くする。


 恐怖への防衛本能からかハーディンさんに言われるまでもなく僕達はこの暗闇の中でも堂々とした態度で歩く先輩の冒険者達に自然と身を寄せるようになっていた。


 「……っ!。静かにっ!」


 先頭を行くノーマンさんの合図で僕達全員がその場で足を止める。


 それと同時に何処からか銃口を向けられていると感じるような鋭い僕達の間を駆け巡った。


 どうやらいよいよ冒険者を目指すなら避けては通れない危険に直面しなければならない時がやって来たようだ。


 その危険は楽器のチューバのような重低音の唸り声をダンジョン内に鳴り響かせながら暗闇より僕達の前に姿を現した。


 「グルゥゥゥゥッ……」


 「こいつ等は……ティミルデかっ!」


 僕達の前に姿を現したティミルデと呼ばれる無数の狼の姿をした怪物達。


 ティミルデは40~50匹規模の集団で行動し獲物を襲う時も容赦せず全員で仕留めに掛かってくる。


 どうやらティミルデ達は僕達を獲物と捉えずっと前から襲い来るタイミングを窺っていたようだ。


 モンスターに関わらず野生に棲息する生物達の気配の断ち方は並外れている。


 こうして直接姿を現すまで僕とアイシアは愚かハーディンさんやドン兄さん達一流の冒険者でさえその接近に気付くことができなかった。


 「ちっ……どうやら完全に囲まれちまったみたいだな。どうするよ、ハーディン」


 ドン兄さんの言う通り既に僕達はティミルデ達により全方位を囲まれてしまっている。

 

 前後左右どこにも退避できる場所はない。


 つまりは迎え撃つしかないということだがハーディンさんの判断は……。


 「2手に別れて迎撃しよう。ノーマンは前の奴等を、バージーは後ろの奴を頼む」


 「了解だ」


 「あいよ」


 「ノーマンの援護はドン、バージーの援護は僕がする。コズミちゃんは両方の状況を把握しながら回復魔法で支援してやってくれ。アル君とアイシアちゃんはコズミちゃんの護衛だ。決して無理をして自分から敵に立ち向かったりしないように。……いいね」


 「分かりました」


 ハーディンさんの指示に従って各々行動を開始する。


 僕とアイシアはコズミさんの護衛を命じられた。


 僕達にコズミさんの護衛を任せるというよりはむしろ自分達がコズミさんと共に僕達の護衛をし易くする為の命令だったのだろう。


 護衛すべき対象を一カ所に集めておくのは戦術の基本だ。


 ティミルデだけでなくこの第3階層に出現するモンスター達は一番下のランクの冒険者達の実力でもどうにかなるレベルだと聞いているのでできれば僕達にも迎撃の役目を任せて欲しかったのだが。


 「グオォォォォォッ!」


 「来やがったな……うおぉぉぉっ!」


 先程のハーディンさんの指示だが少し問題があるように感じられた。


 冒険者としては初心者中の初心者である僕如きが歴戦の冒険者であるハーディンさんの指示に疑問を持つなどっての他かもしれないが、前方のティミルデ達を迎撃しているノーマンさんには何の問題もないが後方のティミルデ達の対応を任されたバージニアさんは前衛のジョブには就いていなかったはずだ。


 出立前にハーディンさん達のパーティでノーマンさんが唯一の前衛だと話していたからやむを得ない選択だったのかもしれないが、それなら今回新たにメンバーとなったアイシアを前衛として迎撃に向かわせても良かったのではないだろうか。


 何なら錬金術でいつでも武器を錬成できる僕を向かわせても良い。


 この前の試験で僕にも前衛としてのある程度の戦闘能力があることは分かっているはずだ。


 さっきも言った通りティミルデ程度なら今の僕達でもどうにか相手にできる。


 「うぉおりゃぁぁぁーー……ってああっ!。一匹抜けちまったぞっ!、ドンっ!」


 「任せとけ、ノーマン」


 傍若ぼうじゃくに振り回されたノーマンさんの強靭な斧が次々とティミルデ達を薙ぎ払っていき、斧を逃れて内側へと入り込んで来た者はドン兄さんが【地獄の業火インフェルノ】の黒い炎で焼き払う。

 

 そんな感じで前方ではノーマンさんとドン兄さんが上手く連携を取って順当にティミルデ達を撃退していっていた。


 だが後方でティミルデ達を迎え撃つバージニアさんはどうだろう。


 前足と後ろ足で交互に地面を蹴って凄まじい勢いで一斉に襲い掛かって来るティミルデ達を前にバージニアさんは未だに何の行動も起こさず只その場に突っ立って煙草を吹かしている。


 バージニアさんの援護についたハーディンさんも目の前でそんな光景を見せられているにも関わらず何ら口を出そうとする様子はない。


 まさかこのまま黙って見す見すティミルデ達の餌食となるつもりなのだろうか。


 何か考えがあってのことだと必死に頭に言い聞かせてはいるものの不安に駆られた僕は今すぐにでも武器を錬成して自ら迎撃に向かうべきだと考えていた。


 腰に下げたポーチへと手を伸ばし武器の錬成に使用する『マルキュリオ』の入った薬瓶を取り出そうとする。


 しかし取り出した薬瓶の蓋を開ける直前のところまでいったその時……。


 「フッ……」


 軽く息を吐いて煙草の煙を吹かすと共にバージニアさんは直前まで吸っていた煙草を挟んで持っていた人差し指と中指をピっ!っと弾いて前方へと飛ばす。


 その煙草は宙を回転しながら10メートル近く前方まで飛んでいっただろうか。


 ちょうど襲い来るティミルデ達の群れの目の前に来たところで凄まじい爆発を引き起こした。


 遠目で見ていた僕にもバージニアさんの投げた煙草が爆発の引き金になったのは明らかなことだった。


 更に驚くべきことはそれだけでなく……。


 「おらぁぁーーっ!」


 煙草の爆発で体勢を崩したティミルデ達の元へ猛烈な速度で移動したかと思うとバージニアさんは強烈な拳と蹴りで残ったティミルデ達を全て打倒してしまった。


 その姿は正式な前衛のジョブを持つノーマンさんの戦闘力に引けを取らない、まさに武闘家と呼ぶべき実力をバージニアさんは僕達へと見せつけたのだった。


 「ふっ……どうやら僕の援護は必要なかったみたいだね。流石はバージー」


 「す……凄い」


 「驚いたかい、アル君、アイシアちゃん。今のがバージー自身がが独学で編み出したバージー専用の魔法、『煙草魔法シガレット』だ」


 「シ……煙草魔法シガレット……」


 「ああ。バージーは特殊な製法で製造した煙草を用いて専用の魔法を発動することができるんだ。今のように吸った煙草を投げ放って爆発させたり、更には吸った煙草の種類によって自身の能力を様々に強化することができる。今のは恐らく身体能力を強化させる為の煙草を吸っていたんだろうね。煙草の種類によって霊薬ポーションのように自身の体力を回復することも可能だ」


 「そ……それじゃあ出立前に僕の錬成したアイテムを受け取らなかったのは……」


 「そういうこと。大抵のアイテムの効果ならバージーの『煙草魔法シガレット』の魔法の煙草で代用できるみたいだからね」


 「そ……そんな……特殊な効果を持つ魔法を独学で……」


 今目の前で起こった光景、そしてハーディンさんの説明を受けて明らかとなったバージニアさんの実力。


 『煙草魔法シガレット』だなんてなんて独創的な魔法を生み出したんだ。


 しかも煙草を吹かす姿が滅茶苦茶クールで格好良い上に性能まで折り紙付きときている。


 しかしそんなバージニアさんの『煙草魔法シガレット』の魔法のことを聞いて僕の中にある疑問が思い浮かぶ。


 もしかしたらバージニアさんも【転生マスター】なのでは……。


 何の根拠もない只の思い付きでしかい憶測だけど普通に転生して『煙草魔法シガレット』だなんて高度で複雑な術式を要する魔法をそう簡単に生み出すことができるのだろうか。


 偶々今回の転生で偶発的に思い付いただけかもしれないけどもし『煙草魔法シガレット』を習得することを前提で転生していたのならそれを確実なものにする為に色々と転生前にも準備をしていたはずだ。


 転生先の世界で自分だけの専用となる特殊な魔法を創造する。


 そんな方法があるとすれば一体どのように魂を成長させれば良いのだろうか。


 『煙草魔法シガレット』の魔法を見せつけられてからというもの僕はそのことが気になり、ダンジョンを進む道中の間ずっとバージニアさんに意識を釘付けにされてしまっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る