第10話 人間

 「おぎゃぁっ!」


 やったっ!。


 自身の上げた産声を聞くと共に僕は【転生マスター】の意識の中で喜びの声を上げる。


 おぎゃぁっ!、っという産声で思い当たる生物と謂えば1つしかない……そう。


 『ソード&マジック』の世界においてとうとう僕は人間への転生に成功していたのである。


 しかしながらこの人間への転生は今回の『ソード&マジック』の世界への転生において既に5回目の転生。


 クラゲのような生物への転生を終えた後3回目、更に4回目の転生へと進んだのだがどちらも人間への転生は叶わなかった。


 3回目は蛇の種族と思われる生物。


 しかも全長1メートル程までにしか成長できないような小型の蛇で外敵に襲われないようずっと巣穴に篭りっきりの人生を余儀なくされた。


 4回目は蝶の種族の生物。


 外敵ばかりの森林の中を幼虫の状態で生き延びるのはとても大変だった。


 立派な蝶へと成長し大空を羽ばたいた時はそれはもうこの上ない達成感を得られたのだが、やはり魔法に関してはサッパリだった。


 そんな転生を乗り越えてようやく……。


 『ソード&マジック』の世界の5回目の転生において僕は人間へと転生することができた。


 残された転生の回数はこれも含めて後2回しか残されていないが、初めての世界への転生で人間へと転生できただけでも上々だ。


 これまでの自分の成果を褒め称えながら僕は立派な大人へと成長する為自分を産んでくれた母親から腹一杯になるまで母乳を貰っていく。


 「冒険者になりたいですってっ!。それもベルカとアイシアの2人揃ってっ!」


 「うんっ!」


 「はい」


 僕が人間の赤ん坊として転生してから10年が経過した。


 両親からベルカと名付けられた僕は1年後に僕の妹として転生したアイシアと共に順調に成長を遂げていく。


 そして僕が10歳、アイシアが9歳になった年のある日。


 僕達2人は冒険者になる為家を出て行くことを両親へと願い出ていた。


 「駄目に決まってるでしょっ!。冒険者がどれ程危険な職業がちゃんと分かって言ってるのっ!。あなた達にはとても冒険者なんて務まらないから大人しく家の手伝いをしてなさいっ!」


 しかしそんな僕達の申し出を母さんはかなり怒った様子で一蹴してしまう。


 冒険者。


 それはまさに僕が夢見ていた剣を携え各地を冒険し時には危険な戦いに挑む『地球』の世界のファンタジー作品に登場する主人公のような存在だ。


 最もそのファンタジー作品の世界が現実となったこの『ソード&マジック』の世界においては少しニュアンスが違ってくるのだが。


 この『ソード&マジック』の世界における冒険者とは主にダンジョンの探索、モンスターの討伐、賞金稼ぎ、あるいは傭兵として戦地へと赴き生計を立てている者達のことを謂う。


 どれもが高い戦闘能力を必要する言うまでもなく危険な職業だ。


 普通に考えて子供がそんな危険な職に就くことを許す親などいるわけがない。


 けれども僕達はそんな冒険者になりたくてこの『ソード&マジック』の世界に転生してきたのだ。


 周りには僕達と同じ年頃でも既に立派に冒険者として生計を立てている者達も沢山いる。


 冒険者となることを諦めきれなかった僕はアイシアと共に密かに家を出て行くことにした。


 これまで育ててくれた両親には悪いとも思ったのだが【転生マスター】である僕達に己の魂の意志を止めることなどできはしない。


 家を出た僕達は故郷から遠く離れた街で冒険者稼業を始めることにした。


 「おおっ……ここが夢にまで見たダンジョンの入り口か」


 「ここは【蒼玉そうぎょくの洞窟】と言いこの辺りでは一番難易度の低いダンジョンのようです。ここの最下層にある星蒼玉スター・サファイヤを持ち帰るのが冒険者としての第一歩だと冒険者ギルドの案内の人が話していました。同時にこのダンジョンを攻略できないようなら冒険者になることは諦めた方が良いと……」


 「ふっ……望むところだ。人間として転生した今、僕は遂に念願だった魔法も習得することができた。弱い水流を敵にぶつけるだけの簡単なものだけどそんな初心者向けのダンジョンなら十分通用するはずだ」


 人間へと転生した僕は【水撃ストリーム】という水流を発生させて敵にぶつける魔法を習得していた。


 『ソード&マジック』の世界に転生する前にも懸念していたがどうやらキャンペーンで取得した【水術師】の転生スキルの効果の方が強く出てしまったらしい。


 折角【錬金術】系統の転生スキルを沢山取得したのにそれらの魔法に関してはまるで扱うことができなかった。


 転生スキルの効果が働いていないというよりは【錬金術】系統の魔法の難易度が高すぎるというのもあったのだろう。


 しかしながら今僕は【錬金術】系統の魔法を使えずとも【水撃ストリーム】の魔法に加え、街の武器屋で一番価格の安かったものではあるが鉄製の剣も手にしている。


 勿論アイシアも同様だ。


 剣を握った感触から【剣術】の転生スキルの効果が働いているのも実感できる。


 自身に満ち溢れた僕はアイシアを連れて【蒼玉そうぎょくの洞窟】のダンジョンへと入って行った。


 「グオォォォ……」


 「おっ!。早速モンスターが現れたぞ。見た目からしてこいつは……序盤の雑魚モンスターとして定番のゴブリンかっ!。手始めにこいつを軽く蹴散らしてやろう」


 「お待ち下さい。まだこの世界におけるモンスターとの戦いがどのようなものか分かっておりません。ここは一先ず私にお任せを、マスター」


 「アイシア……」


 転生マスターとして若干の知識があるとは人間に転生した僕達がこうしてモンスターと戦うのは初めての経験だ。


 敵の実力を探る為にアイシアはまずは自分が先陣を切ることを申し出てきた。


 主人である僕の危険を少しでも減らしたいのだろう。


 早く自分の手で敵を打倒してみたいという気持ちもあるけどここはアイシアの気持ちを汲んで任せることにしよう。


 「分かったっ!。一先ずここはアイシアに任せることにするよっ!。けど相手の方が実力が勝ってると感じたらすぐに退いてくるんだよ」


 「畏まりました。……では行ってきます」


 僕の了承を得たアイシアは剣を構えゆっくりと慎重な姿勢で敵へと近づいて行く。


 危なくなったら退くように命じたがこの時僕は内心ではアイシアが敗北することなど夢にも思っていなかった。


 なんせ敵は僕が『地球』の世界でプレイしていたRPGでは最も序盤に登場するような雑魚中の雑魚と謂えるモンスターだ。


 魔法等も使う必要はなく只剣を一撃振るうだけで打倒せるものと思っていた。


 「はあぁぁぁーーっ!」


 「グオォォォォォッ!」


 適度に距離を詰めたところでアイシアは剣を振り上げ一気に敵に向かって斬り掛かっていく。


 その勇ましさたるもの僕が『地球』の世界で見てきた数々のファンタジー作品に登場する剣士達と何ら遜色はない。


 このまま敵を一丁のもとに斬り伏せてしまうものと思ったのだが……。


 「ぐはぁぁーーっ!」


 「えっ……」


 「ぐふぅっ……」


 「アイシアァァーーッ!」


 剣を振り上げたアイシアが敵の目の前へと迫ったその時だった。


 突然アイシアが悲鳴を上げたと思うと物凄い勢いで僕の元へと吹き飛ばされて来て地面へと叩き付けられてしまった。


 地面に叩き付けられたアイシアは横たわったまま口から血を吐きとても苦しそうな表情を浮かべている。


 必死に呼吸を整えようとしていたのだがスゥーっと息を引く共にその表情が安らかなものへと変わってしまい……。


 「アイシア……アイシアァァーーッ!。ま……まさか死んじゃったなんてことはないよねっ!。……そうだっ!。今念の為に買っておいたポーションを飲ませてあげるから少し口を開け……」


 「………」


 「アイシアァァーーっ!」


 地面に横たわったままアイシアは最早呼吸すらしていない。


 冷たい洞窟の中に悲観した僕の叫び声が木霊する。


 僕は目から溢れんばかりの涙を零しながら必死にアイシアの肩を揺すり名を叫び続けていたのだが……。

 

 「申し訳ありません。やられてしまいました、マスター」


 「アイシアっ!。……ってうわぁぁぁーーっ!」


 大望のアイシアの声が聞こえてきたというのに僕は喜びではなく驚きに満ちた叫び声を上げてしまう。

 

 泣き崩れてしまいアイシアの体に顔を埋めていた僕が顔を上げるとそこにはなんと全身が半透明の青白い姿でこちらを見るアイシアの姿があったのだ。


 しかもそのすぐ下には今も亡骸となったアイシアの体が安らかな表情で目を瞑ったまま横たわっている。


 「あわわわわぁっ……。これは一体どうなってるの……アイシア。……っ!。もしかして……」


 「はい。どうやら私が取得した【守護霊】の転生スキルの効果が働きこうして霊体として蘇ることができたようです。先程は不甲斐ない姿をお見せして申し訳ありませんでした、マスター」


 「ううん。別にそんな風に思ってないよ。それに霊体とはいえこうしてアイシアが蘇ってくれて本当に良かった……」


 どうやらアイシアは自身が取得した【守護霊】の転生スキルの効果により霊体として蘇ることができたようだ。


 霊体となったアイシアに最初は驚いたもののすぐに状況を理解した僕は安堵した表情を浮かべアイシアとの再開を喜ぶ。

 

 もし【転生マスター】としての力がなかったら未だに状況を理解できず驚き戸惑ってしまっていたはずだ。


 「グオォォォォォッ!」


 「どうやら敵はまだ我々を襲うつもりのようです。どうか御下がりを、マスター。今度こそ私があいつを打倒してご覧にいれます」


 「えっ……でもさっきはまるで歯が立たなかったのに大丈夫なの……」


 「はい。【守護霊】となったことで【護衛】の効果が更に強く働き凄まじい力が体に漲っています。体と謂っても今の私が持つの霊体ですが……」


 「よ……よしっ!。そういうことならアイシアに任せるよ」


 「では行ってきます。……はあぁぁぁっ!」


 そう言ってアイシアは自信満々な態度で再び敵へと立ち向かって行く。


 霊体となったアイシアはまるでレールの上を走るかのようにスムーズに宙を移動し自身と同じく霊体として生み出した剣で敵へと斬り掛かって行く。


 その勇敢な姿を見て僕は今度こそアイシアが勝利することを確信したのだが……。


 「グオォォォォォッ!」


 「あっ……」

 

 「アイシアァァーーッ!」


 勝利を確信したのも束の間。


 敵のゴブリンの振るう棍棒の一撃を受け霊体となったアイシアの体は掻き消され完全にこの世から姿を消してしまう。


 やられる瞬間に微かに発していた声が何とも言えない虚しさを感じさせた。


 「グオォォォォォッ!」


 「あわわわわぁ……」


 アイシアを打倒した後今度は僕に向かってゴブリンの魔の手が襲い来る。


 雑魚モンスターだと侮っていたが決してそんなことはなかった。


 【守護霊】と【護衛】


 2つの転生スキルの力を最大限に発揮したアイシアが勝てなかった相手に僕が太刀打ちできるわけもなく僕の5回目の転生の人生はあっけなく幕を閉じることとなってしまった。

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