婚約破棄したら賢者の石をくれるというので1つ願いを叶えてみました
広田こお
第1話 破局は突然に
「すまない。本当にすまない。今日限りでこの賢者の塔から出ていってくれないか?」
涙が止まらない。くやしい。王女から熱烈な求婚をうけ、あの手この手を使って、断りきれないようにされ、彼氏である賢者のランドルは、私との秘密の婚約を破棄せざる得なくなったということらしい。
「泣かないでくれ、エル。お詫びとして、この賢者の石を君にわたそう。石の力の及ぶ限り、どんな願いをも叶えてくれるという夢のマジックアイテムだ。すまないが、早く出ていってもらえないかな?王女に君との関係を勘ぐられていて……。助手ということにしてあるが。剣士の君を助手とは苦しい言い訳なんだ」
「わかりました……。でも1つ聞かせて?なぜ、その賢者の石で私との結婚を願ってくださらないの?」
「!!」
「……いいです。わたしも、この石をあなたとの結婚の願いの成就のためには使いませんから。おあいこね」
「すまない。その石は非常に価値が高いモノだ。個人のわがままのために使うのは違うと思った」
その答えで私は出ていく決心が定まった。
「さようなら、ランドル。王女殿下とお幸せに……」
塔の階段を降りる。塔を出ると、雨だった。
そういえば、わたしがランドルと出会ったのも、こんな豪雨の中だった。
あれは今から3年前のこと。
冒険者として見習いだった頃だ。剣士であった私は、僧侶で盗賊のマリーと魔法使いのファーファと道具屋を連れて、あるモンスター討伐に向かった。
だが、地図屋でもある道具屋の地図は間違っていて、私たちは非常に危険なモンスターのいるダンジョンに間違えて潜ることになる。
「どうしよう。レッサードラゴンの子供だなんて!ドラゴンの巣がある谷だなんて聞いてないっ」
たとえ子供でもドラゴン、見習い冒険者である我々がかなう相手ではない。
その時
「みつけたぞ!」
と太い男の声。
と同時に炎のブレスが吐きかけられる。
「賢者の石よ、我々を街に帰還せしめよ!!」
すんでのところで、男の転移の魔法が完成し、私たちパーティーは瞬間移動の魔法で街へ生還することに成功した。
「なぜ、道に迷った私たちがわかったのですか?」
道具屋の男の子が口を開く。
「僕、いえ我々道具屋は追跡魔法をギルドから受けています。道具屋は様々な道具で仲間を護るのが勤めです。追跡魔法をかけられるのは、道具屋の義務でもあるのです」
道具屋とは、冒険に必要な様々な道具の運び屋だ。冒険についていき、様々な道具を必要に応じて売るのが彼らの商売である。見習い冒険者である私は知らなかったが、パーティーに欠かせない存在であるため、彼らに追跡魔法をかけ、窮地に陥った冒険者をいざというとき身元がわかるようにしておく、という手配が取られていた。
「ごめんなさい、地図を取り違えていたみたいです。ここはゴブリンの巣穴ではなかった」
うつむく、道具屋の男の子。
この子はジョフィアといい、わたしと同じようにまだ見習いといっていい道具屋だった。
まだ12才で成人すらしていない。
そんな子の過ちを怒る気にもならなかった。
正規の道具屋の高い雇い賃を払えないようなレベルの私たちが文句を言える相手ではない。
窮地を救ってくれた、元秘密の婚約者の賢者ランドルはそんなやりとりを黙ってみていた。
あとで説明を聞くと、なんでも豪雨のなか谷をゆくわれわれが洪水に巻き込まれるのを心配して見に来てくれたらしい。
道具屋のジョフィアは二重の意味でミスをしていたのだ。ダンジョンを取り違えたことと、谷という雨では危険な地域の探索を止めなかったこと。
ランドルの優しい眼差しで、私はさっきまでドラゴンに睨まれ恐怖に陥ったことを忘れ安心した。
私が、大切な仲間と私の命を救ってくれたランドルを頼もしく思い、恋に落ちたのは必然といえなくもなかった。
そして、二人は賢者の塔で愛を育んだ。
だが、それも昔の話だ。婚約破棄された今、私が怒りをぶつける相手は、この状況をつくりだした王女に決まっていた。
「この賢者の石で、王女がいないことにできないかしら」
そんな不届きなことも考えたが、それでは、婚約破棄を取り消すために賢者の石を使うことになり、私の誇りがそれを許さなかった。
わたしには帰るとこすらなかった、賢者塔でずっと暮らせると思っていた。
しかたなく、私は仲間の僧侶兼盗賊のマリーの寄宿舎を目指して歩いて行った。
彼女はプリーストだが、珍しくシーフでもあり、賢くて狡猾な女性だった。
世慣れた彼女を頼れば、今は安心できる。
魔法使いのファーファは天然ちゃんで頼りないし。
道具屋のジョフィアは成人してないから、これも頼れない。
ああ、屋根と美味しい夕食が欲しい。料理も得意なマリーはきっと、私を優しく迎えてくれるだろう。
持つべきモノは友達で、異性の婚約者ではなかった。ということか。そんなことを考えながら歩き続けた。
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