グダグダうどんとそば駄弁り
長月瓦礫
壁ドンはやらない。迷惑だから。
霧崎奈波は我が親愛なるご友人様、永瀬花梨が飲み会をパスする理由として毎回出動することになっている。出動料金はなんと驚きの0円。
これまで何度召喚されただろうか。
今日はたまたま駅で鉢合わせ、そのまま一緒に帰宅した。
家に帰って来てからというもの、永瀬がテーブルから一歩も動く気配がない。
家主だからと言って、働かないのはどうかと思うんだけどな。
「赤いきつねと緑のたぬき、どっちがいい?」
「黒のカレーうどん」
「じゃあ、緑のたぬきなー」
ケトルでお湯を沸かす。
その間に蓋を開けてかやくを入れている。
最低限の仕事はしてくれるようだ。
「昔はうどん一択だったのにな」
「テメェが勝手に蕎麦にしたんだろうが」
「カレーうどんを用意していないお前が悪い。諦めなさい」
その言葉通りにテーブルに突っ伏した。
隣の部屋から女性の声が響く。
ずいぶんと大声で喋っているようだ。
「隣の人な、うるさいだろ」
「まあ、確かに……」
「夜中もな、あんな調子なんだよ」
「うげ、マジか」
げんなりした様子で壁を睨む。
あんな大声で騒がれると、夜は眠れないかもしれない。
「でな、男を連れてくるんだよ」
恨めしそうな視線を感じた。
視線の先はまちがいなく声の主だろう。
彼氏を連れ込んだ後、夜の実況プレイなるものが始まるらしい。
まあ、具体的なことは聞かないでおこう。
なんとなく想像ができてしまうが、知らぬが仏という言葉もある。
「お前はいいな、カップ麺並みに寝付き良かったもんな」
「寝るのに3分もかかるのか? そりゃ大変だな」
てか、飯前にする会話じゃねえだろ。
迷惑被ってるの分かるけど、せめて考えてくれ。
「……この前、とうとう我慢できなくなってさ。
ちょっと嫌がらせしちゃったんだ」
おお、とうとう反撃に出たか。コイツにしては珍しい。
この声は耳に障るし、仕方がないと言えば仕方がない。
「今は反省してるんだよ。
やっちまったなって、本気で思った。
でもさ、こっちのことも考えろって感じだし」
真剣な表情で語り続ける。
よほどのことをしたのだろうか。
「『およげ! たいやきくん』をな、大音量で流しちまった……。
いや、俺も反省してるんだよ。ホントに」
お茶を思い切り噴き出してしまった。
誰でも知っているあのメロディが脳に響き、深夜の隣人の声に重なる。
「何笑ってんだてめー。人が真剣に話してんのに」
いや、笑わないほうがおかしいだろ。
壁でも叩いたか、部屋に殴り込んだかと思ったのに。
完全に笑い声が響いてんなと頭のどこかで思う。脳裏からたい焼きが離れない。
「いや、お前、マジ何やってんの?
夜中になんということを……」
言い切る前にまた吹いてしまった。
続行不可能。完全にツボに入ってしまった。
「笑いすぎだから」
呆れるように湯気で蓋が揺れた。
グダグダうどんとそば駄弁り 長月瓦礫 @debrisbottle00
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます