11拾い
最近景気が悪い。
「やあアリッサ、またおすすめを詰めてくれないか?」
このチョビ髭軍人が店に落とすお金は日々増えているが、その他は寂しいものだった。
ルノにコートを買った日から1ヶ月ほど経ち、真冬も通り過ぎた頃。ルノが雪かきに駆り出される回数も減ってきたというのに、この街の雰囲気は悪くなる一方だった。理由は簡単で、隣国が不安定なのだ。戦勝国だというのに、内部でいざこざがあるとかなんとかで、今までのようにこちらまで物が入ってこなくなってきていた。
「拾い主さん、大丈夫?」
ソファでぼうっとしていたら、コートを着たルノが帰ってきた。今日も大家さんにこき使われたのか。
あの告白から、ちょっとは距離が近づくかなと思ったのに、ルノは相変わらずだった。せめて名前で呼んでほしい。
「.......あーあ。うちの店、今月ちょっと危ないのよ。どうにかならないかしら」
「!」
ルノがだっと走って裏紙とペンを持って私の前の床に座った。それでもコートは床につかないように脱いで、ちょっと得意そうな顔で私を見上げている。ちなみに2号はソファの上でぐうすか寝ていた。なんだか1号の方が犬らしい。
「どうしたのルノ、似顔絵でも描いてくれるの?」
「.......お店の状況を教えてくれる?」
へら、と笑って、似顔絵はまた今度頑張るよ、とペンを握ったルノに。
「あら、本当に何とかしてくれるつもりなの?」
「できる限りはね」
「ふふ、じゃあ今月の売り上げが足りないのと、小麦が高いのと.......」
なんだか張り切っているルノが可愛くて、勤め先の状況を伝えた。別に本当に何かを期待していた訳では無いが、ルノが自分から何かをするのが珍しくて、ペラペラと話してしまった。
「うん、細かい数字は想像だけど」
ペラりと渡された紙には、びっしりと角張った文字が並んでいた。うっ、脳が読むことを拒否している。私は読み書きが苦手なのだ。
「まず、小麦の入手ルートをね」
澄んだ瞳を輝かせ、数字や文字を指しながらルノが話す。売り上げと生産がどうたら、中間コストがどうたら、と止まることなく話しているルノは、なんだか生き生きしていた。
「.......ルノは、お店をやってたの?」
「え?」
言ってから、しまったと思った。ルノに過去のことを聞くまいとしていたのに、あまりに楽しそうだったのでつい聞いてしまった。
ルノが出ていってしまってら、どうしよう。
「あはは、やってないよー」
思いのほか軽い返事が返ってきた。ほっとする。
その後も特段変わったこともなく、ルノはご飯を食べて寝た。
次の日、パン屋の主人にルノが書いた紙を見せれば、確かに、と言いながら奥に消えていった。それから、帳簿を見たのかと問われる。
「見てません。それに私、学がないので見ても分かりません」
「.......この数字、ほとんど帳簿と合ってるんだ。プロに相談でもしたか? この街にそんな奴いたかな.......」
お礼にと1番お高いパンを貰った。
そしてなんと月末ギリギリに、今月はダメだと思われた利益がなんとかノルマに乗った。
「ルノ! ルノすごい! 今月大丈夫だった!」
「よかったぁ」
大家さん自慢のラジオを修理していたルノに、2号と一緒に飛びつく。見ていた大家さんがちょっと慌てた。それでもルノは部品を落とすことなく、手を止めることすらなくガチャガチャとラジオを組み立てていく。手際が良すぎる。
「はい、出来ました大家さん」
「本当か! 良かった良かった、いやぁ、お前本当に器用だなぁ! 前は電気屋でもしてたんじゃねえのか?」
「あはは、してないですー」
ルノは、やっぱりなんでもないようにそう言った。ちょっとでも心の傷が癒えたのならいいな、と思いながら、3人でご飯を食べた。
そして。
その三日後、ルノが消えた。
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