9拾い
「.......ルノ」
「はい」
わふ、と2号まで返事をした。よく出来ました、ではなくて。
「なんで着いてくるの!?」
「あはは、御見送りを」
ヘラヘラ笑って私の後をついてくる寒さで鼻が赤い1号と、誇らしそうに尻尾を上げて歩く鼻が濡れた2号。私今から仕事なんだってば。
「じゃあ、僕らはここで」
パン屋の娘にこのイケメンを見つけられたらどうしよう、と悩んでいたら、あっさりと店の1歩手前の角で立ち止まったイケメン。うん、外で見るとより顔が良い。
「気をつけてね、拾い主さん」
なんで急に見送りなんて、と思いつつ、今日もお花畑娘とパンを売る。
「アリッサ、あの軍人さん今日もこっち見てるよ」
店の窓の外には、チョビ髭軍人が。私と目が合うと、にこりと笑って店に入ってきた。
「アリッサ、おはよう。今日もパンをいただけるかな?」
「はい、いつもありがとうございます」
「君のおすすめを好きなだけ詰めてくれ」
1番大きなお札を握らされる。どんだけ食べる気だ。棚買い占めても余るぞ。
「ちょっとアリッサ! なになにどういうことよ!」
「はいはいどいてねお花畑ちゃん」
「なんでいきなりいい感じになってるのよ! 恋バナ? ねえ、もしかして壁ドンとかされちゃったの? きゃー!」
思考回路がお花畑の娘を放っておいて、店で1番高価なパンを袋いっぱいにつめた。それでも全然貰った金額に達しないので、普通にお釣りを出した。朝イチで売り切れにする訳にはいかない。街のパン屋には常連さんが多いのだ。
「ありがとうアリッサ。お釣りは取っておいてよ」
「こんなに、いただけません」
「昨日怖がらせてしまったお詫びさ」
チョビ髭は大量のパンを抱えて出ていった。隣りのお花畑娘が騒がしいのを無視して、手の中に残ったそれなりの大金を見る。レジに入れておくか。
「アリッサ! どうするのよ、それ! 新しいコートでも買っちゃう? 彼に見せてあげなさいよ!」
「.......コート」
ルノはコートを持っていない。最近も寒くないのかと聞いたら、大丈夫、と言って薄着でヘラヘラ庭をいじっていた。私だったら凍ってる。
「.......そろそろかな」
「えっ!? アリッサ、まさか結婚!? やだぁ! 新婚さんじゃなーい!」
「.......」
ちょうど明日はパン屋が休みだ。うきうきしながら、手の中にあるお金をレジに突っ込んだ。
閉店時間になって、スキップでもしそうな勢いで店を出て。
「やあ、アリッサ。今日のパンは特別美味しかったよ」
チョビ髭につかまった。仕事をしろ軍人。
「君が選んでくれたからかな?」
お値段が高いからですわ、お客様。
「明日の昼、暇かな? この街でおすすめのレストランがあったら、紹介して欲しいんだ」
5ヶ月前にあなた達がその肩の銃で撃ち殺した主人の店が1番美味しかったです。
「.......今日は仲間をまいてきたんだけど、まだ怖いかな?」
チョビ髭が肩を竦めた拍子に、銃ががちゃりと鳴った。思わず1歩下がった足に。
「お疲れ様です、拾い主さん」
灰色がかった金髪に、澄んだ青い瞳がやって来た。
「帰ろうか」
ヘラヘラ笑って、2号のリードを差し出される。ここはルノの手が良かった、なんて。なんだか、私の頭はおかしいみたいだ。お花畑娘にあてられたのかもしれない。
「.......君は、アリッサの知り合いかな?」
「拾われ物です、少尉殿」
チョビ髭は、少し嫌そうに首元のマークを隠した。これ、少尉のマークだったのか。たしか少尉ってそこそこの階級だったような。もしかしてここにいる軍人の中でも相当上の方なんじゃ。あれ、でも隣国の軍も階級は同じなのだろうか。
「拾い主さん、帰ろう?」
うっ、顔が良い。思わず言うことを聞いてしまうほど顔がいい。
「.......また今度、アリッサ!」
チョビ髭が笑って去って行くのを、ルノは無表情で見ていた。あぁ、そうだ。ルノは軍人が嫌いなんだ。それなのに、来てくれたのだ。
「ありがとう、ルノ」
「.......チョビ髭はやめときなよー」
また2号の裏声で、もごもご口を動かしたルノは私の部屋に向かって歩き出した。
「ね、ルノ」
「なに?」
「なんでもない!」
ぎゅっとルノの腕に抱きついた。びくともしなかったルノは、ヘラヘラ笑って歩き続ける。
「拾い主さん、ちゃんと掴んでてね」
「え?」
「よいしょー!」
いきなり持ち上げられたルノの腕にぶら下がるようにして、足が地面から離れた。そのままぶらん、と揺らされる。
嘘、片腕で? 私が重くなったから大家さんでも最近じゃやってくれないのに。
「あはは、楽しい?」
「.......うん」
「それはよかった」
にんまり笑ったルノは、部屋に帰るまで何度も私を片腕にぶら下げて遊んだ。2号は何かを勘違いしたのか、尻尾がちぎれそうなほど喜んで私にじゃれてきていた。
その日は帰ってきた大家さんと3人で、笑って夕飯を食べた。
次の日。ルノは大家さんにどこかに連れ出されて行ったので、私も用を済ませるために部屋を出た。
昨日からずっと楽しい気分が抜けない。これからのわくわくも止まらないし、私は相当浮かれていたんだと思う。
だから、しばらく気が付かなかった。道行く人々の、酷く荒んだ視線に。
目的の店に入る直前、誰かの舌打ちが聞こえてふと振り返ると。みんなが、ほぼ憎しみに近い暗い瞳で何かを見ていた。
私達の国の、軍人を見ていた。
この国の国民は、酷い戦争の終わりには自国の軍人が大嫌いになっていった。しかも、つらい我慢と抑圧の末に軍人達が持ち帰ったのが降伏文書だったのだから、国民の気持ちは黒いままだ。
今、この国は隣国の統治下にある。しかし、段々と隣国の人間の手を離れ、自国の軍人がやってくるようになった。隣国の法に照らして、この国の国民を縛るために。
言いなりになった軍人。それも、市民にとっては不満なのだ。どう足掻いても、といった感じなのは。
みんなの気持ちのはけ口が、もうそこにしかないからだ。
「.......」
肩身が狭そうに、それでもぐっと唇を噛み締めて顎を上げて、私達の国の軍人は道を歩いていった。
なんだか、涙が零れそうだった。
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