11.荒らし喰い
それはその日の夜だった。
ドシンと木々を揺らし、近づく巨体。
赤い眼光が怪しく光り、黒い毛皮で覆われてもなお目立つ、膨れ上がった筋肉。
膨大な熱量を持つ殺戮マシーンのように湯気を迸らせ、ターゲットを正確に補足している。
見た目はクマだ。
クマというと愛らしさが残るな。
熊だ。
グリズリーという方がいいかな。
ただし、その大きさたるや、あの大黒狼ですら小物に見える程だ。
だって家とほぼ変わらないもん。
おれはモンスターベアと呼ぶことにした。
え? モンスター熊じゃないかって? ちょっとアホっぽいだろ。モンスターグリズリー? 長い。語呂も悪い。
そんなどうでもいいことを考えている間に、木の上のおれに気が付くことなく、モンスターベアが半壊した家の保管庫に入った。
「喰らえ!!」
その瞬間、大爆発が起きた。
いや、大・爆・発!!だな。
モンスターベアが吹き飛びあおむけに倒れた。全身に色濃くダメージを負っている。片腕も吹っ飛んだようだな。
家は跡形もない。残骸の破片が空からカラカラと森に降り注いだ。
さらばマイハウス。お前のことは忘れないよ。
ドスという音がおれのすぐ横でした。
「ひゃ!」
木の幹に太く長い釘が刺さっている。
「あああ、ああぶねぇ~~。ちょっと近すぎたか……」
真正面から戦っていたら、あんな化け物に勝てる見込みは無かっただろう。
おれは保管庫の中に油を置いてそのまわりに水瓶を置いた。そして壁に尖った石や家に使っていた釘、割れたガラスなんかをみっしり積み上げたのだ。
そして火種を油の中に全魔力で転移させた。
『転移・榴弾』で発生したテレショックと火、油の引火と水による爆発的延焼が合わさり大・爆・発を引き起こしたのだ。
「トドメだ」
おれは釘を引き抜いた。
モンスターベアはもがいているが体中に石や釘が突き刺さり、爆発の衝撃で動けない。
『転移・闇討ち』からの『転移・徹甲弾』で頭に釘を撃ち込んだ。
今度は着地も成功。
モンスターベアはそのままがくりと動かなくなった。
この作戦が上手くいかなかったら逃げようと思っていたが、おれの獲物を横取りし生活を脅かした意趣返しぐらいはしてやろうと思ったのだ。
ここまで上手くいくとは思ってなかったけど。
「さて、ここで安心したら前回の二の前だ」
問題はモンスターベアの死体をどうするかだ。
家の爆発でちょうどよくクレーターができている。
「えぇ~、埋めるの~」
考えただけでも疲れる。
だが、山の上からもっとやっかいな化け物が下りて来ておれの拠点を見つけるなんてリスクは回避したい。
一体何トンなんだ?
基礎能力が上がっているとはいえ、押して動く重さじゃない。
下に丸太を敷いてか?
面倒だ。丸太を見繕うのがまず面倒だよ。
あ、いや。
そうか、もう死んでるんだから『部分転移』で良かったんだ。
身体の各部位に魔力を注ぎ、『部分転移』でちぎって埋める。
悪戦苦闘している間に朝日が昇った。
今度はこれを埋めるのか‥‥‥
「はぁ、疲れた‥‥‥」
おれはクレーターに何とかモンスターベアの惨殺死体を運び込むことに成功し、穴から這い出た。
その時。
「うぇ?」
切れ長の大きな眼がコチラを見下ろしていた。
「見 つ け た」
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
悲鳴の主はおれだ。
マズい。魔力が無いから何もできない。
おれは急いでクレーターの反対側に駆け出した。
「おい、そんなに焦ってどうした?」
「嫌ぁぁァァァ!!!」
誰が叫んでるって?
おれだ。
囲まれてた。
狩りの後の始末の後の油断を狙われるとは。
シビア過ぎるって!!
「待て待て、落ち着け! 私たちはあなたを害するためにやって来たのではない!!」
「‥‥‥油断させようったって無駄だぞ!!」
「いやだから違うのだ!!」
「必ず生き延びてやる!! こんなところで死んでたまるか!!」
「だから、誤解なんだ!!」
「‥‥‥え、誤解?」
「ああ、話を聞いて欲しい」
「‥‥‥油断させようったって無駄だぞ!! 必ず生き延びてやる!! こんなところで死んでたまるか!!」
ネコ獣人は半眼でため息を尽き、こちらに何かを投げてきた。
「ひゃう!!?」
あれ、これはおれの荷物。
「それは返す」
「‥‥‥はっ」
おれは荷物を漁った。
無い! 魔力回復薬!!
しまった、罠か!
「探しているのはこれだろ?」
「あ」
「さすがにこれを放り投げるわけにはいかないだろう」
瓶に入っているから確かにそうなのだが。
「ここに置く。私たちは離れるから登ってくるといい」
くそう、主導権を握られている。
どうするか。中身は入っているようだが、同じ色の別の液体の可能性もある。
奴らが襲って来ない間に、『省エネ転移』ぐらいの魔力なら回復するはず。
「ちょっと待て。考える!!」
「なら考えついでに知っておいて欲しいことがある」
「うん? うん、まぁ、いいですけど?」
話を引き延ばそう。
「先日は悪かった。得体の知れない只人が私たちの狩場に突然現れて村を観察していたからどこかの領地の間者か何かだと思ったのだ」
「狩場?」
「ああ、あの丘の上で獲物を見つけて囲んで狩るんだ」
あれ、じゃあおれ、彼らが狩りをやってるところに『転移』しちゃったのか。そりゃ怪しいな。
「見たことの無い顔立ちだし、只人なのに私たちの言葉を流暢に話しているから変だと思って連行したんだ」
あ、こちらの世界の言葉は神様がくれた特典だろう。
おれには昔から使っている言葉のように自然に聞こえて話せた。
それが災いしたのか。
「なんでここがわかった?」
「あなたが現れた丘の上にあなたのにおいがする布が巻かれていた。等間隔にそれがあったからそれを追っていて、さきほど大きな爆発音がしたから急いで来たんだ」
「ああ‥‥‥」
しまった!!
細かくマーキングし過ぎた。
これじゃあ位置がバレるのも当然だ。
「まさか人が住んでいるとは思わなかったが、あなたの荷物からはこの森の匂いがしたからもしかして思ってな」
「ふ、ふ~ん‥‥‥」
おれは相変わらず異世界を舐めてたようだ。
近距離の転移を繰り返すと居場所がバレるわけか。
「ここに来るまでは半信半疑だったが、やはり間者というのは私たちの杞憂、いや思い違いだったと確信した。申し訳ない。どうか謝罪を受け入れて欲しい」
獣人たちが頭を下げた。
「ど、どうしてここに来ておれの疑いが晴れたんだ?」
「その『荒らし喰い』を一人で討伐したのだろう?」
「『荒らし喰い』? コイツのことか?」
「そうだ。その魔獣を一人で倒せるほどの男が私たちに拘束されて大人しくしていたのはあなたが本当に潔白だからだろうとわかった。その気になれば私たちを倒し、荷物を奪い返すこともできたはず。あなたは一方的に罪人として扱った私たちに危害を加えまいとしてくれたのだろう?」
う、う~ん。
ただ『転移』できなくて怖くなっただけなんだが。
「まぁ、倒そうとか争おうとは考えてはいなかった」
「うん」
なんだかおれも警戒し過ぎたか。
潔白をうまく言葉で説明できなかったのはおれの方も悪いしな。
あ、よし、『省エネ転移』できるぐらいは回復しただろう。
おれはクレーターをよじ登った。
地面に置かれた瓶を二つ拾い上げた。
中身はいつも見ているものと変わらない。
「申し遅れた。私はウィズ。フラノ村の村長ヴァクーネンの娘だ」
異世界で初めてあいさつされたかも。かもじゃない、初めてだ。
「その、あの……壬生京志郎です、はい、どもス」
ああ、練習してたのに全くできてねぇ!!
そうだ、おれって元々対女子コミ症だった。
仕事とかの業務連絡はできるんだけどなぁ。プライベートで女子としゃべったことないし。
「ミブキョウ? 変わった名だ」
「あ、京志郎です」
「そうか‥‥‥」
「‥‥‥」
え!!?
おれターン!???
おれがしゃべる番なの???
ええっと‥‥‥この人達そもそも何しに来たの?
「あの、恐れ入りますが当方へはどういったご用向きでしょうか?」
「え? ああ、実はお詫びに参っておいて言い出しにくいのだけれど、あなたにお願いがあるのだ」
「お願い?」
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