堕天使達のミソロジー

天使天津

【一章】乖離、そして邂逅

幼馴染と同級生と天使と

#1 ロイニーの乖離について

「さて、お前ら三年生の前期も今日で終わり。いよいよ切羽詰まらなくてはいけない訳だ。……」


 なんだか儚く感じてしまう季節だ。


 手元にはもう何度目か、あと何度書けるかわからない進路希望用紙。

 窓の外は枝が見えてきた枯れ初めの木に、枯葉のカーペット。

 この雰囲気に黄昏れるようにため息を吐けば、たちまち温かな息が白く染まりそうな、そんな季節。

 別に好きとか嫌いとかそんな話では無いが、この時期だけは、息を吸って吐く度に五感が季節を感じとるのだ。

 例えば、学期末のHR。

 教室のこの騒がしさからも、冬を控えた涼しい匂いが連想される。


「センセェ!進路って『天使学校』でもイイのォ!?」


「お前『凡魂スピリット』のしかも18歳だろ。むしろ行けるもんなら行ってみろ。」


「先生言うじゃん(笑)。」


「おいレインお前天使ってツラじゃねえだろ!」


「うっせェぞテメェ!(笑)」


 クラスメートと先生と、

 罵声の皮を被った戯れ合いが何故だか心地よい……。


 テンポ良すぎるだろ相変わらず(笑)


「まあ、先生から言わせてみれば、進路が天使学校で納得できるのはネグくらいだな。」


「……俺っすか。」


「先生ネグ出すのはずるいと思いやーす!」


 ……俺っすかぁ。


 天使学校ね。

 行けるものなら行きたいと何度想っただろうか。



---六年前---



 目から感情が溢れ出るようだ。

 堪えていたと言う事実が、自分も気づかなかった事実が、頬を伝っていく。


「ネグ、泣いてるの?」


 俺は、泣いているのか。


「ネグ、悲しいの?」


 俺は、悲しいのか。


「……なんで俺こんな……。」


「きっと、寂しいんだよ。」


 目の前の少女は小刻みに震えながらも、極めていつもと変わらない様子で続ける。


「ロイニーはね、寂しい。」


「そうなの?」


「うん、寂しい。そしてね、ネグも寂しいって思っていてくれたら……。」


「俺が思ってたら?」


「……うん、あのね?寂しいって思ってて欲しいなって。」


 今思えば俺は寂しいのだろう。

 勘違いじゃなくて、確実に。

 ただそれが勘違いじゃなかったからこそ、なにもこたえられなかった。


 その先が、更に辛くなってしまうんだと、何とはなく感じたから。

 彼女の目を今にも覆い尽くしそうな感情が、俺にそう訴えていたような気がしたから______。




「ただいま。」


「お帰りなさい。お別れ、頑張ったね。」


 ……母ちゃんの声だ。


「うん、でも頑張ってたのはロイニーの方だよ。」


「そうね。でもネグはそう感じるほどロイニーちゃんをみていたのよね?」


「……うん。」


「……辛かったね、追いかけたかったよね、引き止めたかったよね。」


 そうか、俺は悲しいとか寂しいとか、そんな言葉よりも______。



「『好き』って言葉を飲み込んで、そんなネグが辛くない訳ないじゃない。」



 ……ああ、だめだ。もう。だめだ、これは。



「っ!母ちゃん!母ちゃんっ!なんで……なんで俺は天使じゃないの!?なんで!......」


「……ネグ……」


「なんで、ロイニーは天使なの……。」


 応えはなかった。

 いや、答えなんてない。

 愚問が俺を呑むように、居心地の悪い沈黙がつづく。

 そんな非日常の中に、飛び込んできた日常。


「ネグ、おかえり。とりあえずご飯食うか。」


「……父ちゃん……」




 小さい頃に、家で見つけた本の表紙に表記された”天使”の文字が気になって、それを乱暴されないようにと両親は、僕に天使について話をし始めた。


 人間は凡魂スピリット特魂ソウルの二つの魂系統に分かれていること。


 少数派かつ能力の高い特魂が”天使”として世界中に分布し、それぞれ自治を行っていること。


 天使の中で特に優れ、天使を治める立場となった者たちを『神』と呼ぶこと。


 そして、特魂たちは天使になるため、小学校卒業と同時に天使学校への入学が義務として課せられていること。


 天使学校入学生は、現世とは乖離された空間で生活を送ること、など。



「パパ、ママ、僕も天使学校にいくの?」


「ん〜、ネグは凡魂だから、天使学校には行かないな〜?」


「え〜なんでだよ!パパのいじわる!ねえ、ママ!」


「そうね〜、ネグも行けると良いわね。うん!」


「メグ……そうだな、ネグももしかしたら行けるかもな!」



 そんなやり取りを、小さい時の記憶ながら覚えている。

 早い話、僕は天使にはなれない。

 そしてロイニー、彼女は特魂だった。

 それだけだ。

 たったそれだけなのに、それがこんなにも痛い。

 普段なら呼吸の裏に埋もれて意識すらできないような五感。

 呼吸が意識された途端にその五感も顔を出してきて、とても耐え難い。とても寒い。

 冷え初めは好きじゃなかったのかもしれない。


 こんな時のご飯は味気ないって相場じゃないのか……。


 食卓にならんだ旬の味覚が、今までよりも美味しく感じたのが本当に嫌だった。




---現在---




「ネグはちょっと洒落にならんくらいなんでもできるからな……ワンチャン夢じゃないんじゃね?」


「何が?」


「いや、だから天使学校つうか天使つうかさ。」


「ん〜、流石に無理だよ(笑)。 俺じゃ無理。」



 俺じゃ、無理なんだよ。



「ほらお前ら静かにしろ〜、もうHR終わるぞ、帰りたくないのか。」


「いや先生が天使学校の話広げたからじゃん!」


「うるせ、早く帰るぞ。俺も残業したくない。ほれ、日直。」


「気をつけ、さようなら。」


「はい、さようなら。高校最後の長期休みだからな、お前ら楽しめよ!」



 教室を出てすぐ、廊下には眩しいオレンジ。

 ふと取り出したスマホには15:45の表記。


 時間感覚狂うなぁ……あ。



「……さようなら、言い忘れた。」

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