第30話 夢のためなら
こうして、なんやかんや色々あり(割愛)カインに紹介された新しい仕事が始まった。
夢の実現のため、目標の資金を貯めるため、夜はマギリア食堂、昼は新しい仕事の二足の草鞋、夢のためならと、ルルルンは新しいスタートを切ったのだ。
新たな仕事の初日、ルルルンを指導する立場の先輩が笑顔でルルルンを迎え入れる。
「あなたがルルルンね!カインから話は聞いてるわよ!!私の名前はマリア、とてもやさしいお姉さんだから、優しく指導するわよ!!覚悟しなさい!!」
こうして、先輩のおばちゃ
「お姉さんよ!!!」
……お姉さんの付き添いの元、ルルルンの研修が始まった。
「にゃにゃにゃ~ルルニャンじゃにゃいですか?」
仕事が始まろうとしたその時、背後から聞いた事のあるあざとい声がする、振り返るとそこには聖帝騎士団第一騎士団副団長のミーリスが立っていた。相変わらず、あざといネコミミをピコピコさせている。
「どうしてルルニャンが騎士団の屯所にぃ?」
不思議そうな表情でルルルンに話しかけるミーリスであったが、隣にいるおば、お姉ちゃんを見て、そういう事かと納得している。
「色々ありまして、屯所の管理をする事になりましてね」
「あらミーリスちゃん、ルルルンとは知り合いなの?」
「ライネス様のお気に入りにゃ」
「え?なんで?どういう事?」
「ライネス様の妾にゃ」
「妾!?」
「違いますよ!おい!」
誤解を生むような事を平気でペラペラ話すミーリスに釘を刺すが、ミーリスはへらへらと笑いながら自分の仕事に戻っていく、初日に助けてくれたように街の外の怪物を退治しに行くのだろう。
ふざけたミーリスの振る舞いに、新しい仕事で緊張していた気持ちが少しほぐれた気がするルルルンであった。
「よし!改めて、よろしくおねがいします!!マリアさん!!」
「元気がいいね、うんうん、じゃあさっそく始めるとしますか!」
ちなみにルルルンの新しい仕事とは、首都マギリアに点在する騎士団屯所の管理と清掃、実に地味で堅実な仕事である。
屯所とはルルルンの元いた世界でいうところの交番のようなもので、街の各所に点在しており、各団の団員が持ち回りで屯所でに常駐して街を巡回、住民の安全を見守っている。
ルルルンたちのいる主都マギリアは【ゼイホン】エリアでもっとも大きな街である、それを全域カバーするのには、ゼイホンの中央に存在する教会を拠点にしていては管理が行き届かない。そのために屯所がいくつも存在する、大きな街の安全を守るために必要な施設なのだ。
「それにしても……」
聖帝騎士団なんて派手な名前に似合わない、地味な事までこなしている事に、改めて尊敬と感謝を感じるルルルンであった。
ライネスと深く付き合っているからなのか、聖帝騎士団は魔女の討伐を主としたものかと考えていたが、そんなことはなく、もっと広くこの世界の守護を目的とした集団であった。カインや他の騎士団からは、純粋な正義感が強く伝わってくる。まだ世界の全てを知り尽くした訳ではないルルルンは、一面的ではあるが、彼らの行いを素直に認めていた。
屯所管理の勤務時間は朝の6時から10時まで、週2回、各屯所を周りチェックリストに書いてある仕事をこなす、街の平和は俺が守る!事もなく、やる事は施設の管理、団員の出勤確認、清掃、ゴミ出し等々……地味である。
そもそもの話、夜の仕事を希望したのにも関わらず、この仕事は早朝勤務。
カイン曰く、若い女子が夜に働くなんてけしからん!!朝働け!との事である。
「しかしながら……」
給料は良い、すごく良い、週二回とは思えないくらい、びっくりするくらい良い、さすが教会の仕事だ。週二回の午前勤務ならマギリア食堂の仕事も問題なく続けられる、理想的な副業だ。
面接の時、同伴したカインに「仕事のできる優秀な奴だ」と紹介され、カインのさりげない優しさに感動したルルルンは、地味ではあるがこの仕事を頑張ろうと心に誓うのであった。
「カイン様の紹介だったり、ミーリスちゃんと仲が良かったり、不思議な娘ねあんた」
マリアおばちゃんが素直な疑問を投げかける。
「まあ、いろいろと縁がありまして」
「で、ライネス様のお気に入りってのはどういう意味なの?」
どの世界でもおばちゃんはゴシップトークが好きなのか、目をキラキラさせてライネスとの関係を聞いてくる。
「姉さんの想像してるようなもんじゃないですよ」
「そう?でも、ライネス様って言ったら孤高の聖騎士、男も女も憧れる最強の騎士様よ」
「そうでしょうね」
「それのお気に入りなんて聞いた事ないわ、ましてや妾なんて」
「そうなんですか?いや、妾じゃないですよ」
「そうよ、誰にでも平等、清く正しい聖帝騎士団の象徴のような方なんだから、特定の人物に肩入れするなんて事、聞いた事ない」
ライネスという人物がいかに素晴らしく、高潔な存在なのか、他人からの評価を聞いて再認識する。自分が褒められているわけじゃないのに、ルルルンはなんだか嬉しい気持ちになる。
「なにニヤケてるんだい?」
「いや、なにも」
「とにかく、あんたも見た目は可愛いんだから、ライネス様を見習いなよ」
「はい、見習いたいです!!」
「じゃあ、ちゃっちゃとはじめましょうか」
と、ルルルンとおばちゃんは早速お仕事を開始する。おばちゃんの優しい指導の下、テキパキと仕事をこなすルルルン。こうやって改めて雑務と言える仕事をこなすと、心底痛感する。
元いた世界で会社の雑務を全てこなしてくれていた、パートのありがたさ。良く喋る事以外、完璧な仕事をしていたおばちゃん。
「パートの人達はすごかったんだなぁ」
しみじみと掃除をしながら昔を思い出す。自分の手が行き届かないあんなことやこんなことを、黙々とやってくれていたパートの人たち。
「感謝しかないなぁ」
感謝を胸に隅々まで掃除を遂行する。チェックリスト通りにやれば迷う事は無いと、いきなり掃除のワンオペさせられた理由が理解できるほどには、このチェックリストは良く出来ている。
掃除を済ませて備品の在庫チェックを、おばちゃんと二人で問題なく済ませてこの屯所での作業は完了となる。
「これでよしと」
「こんな感じで私らはあと4か所回るよ」
「了解です」
一カ所目の屯所を後にしようとしたその時、ルルルンは自分に突き刺さる気配を察する。自動で対抗魔法が発動し、それをキャンセルしたが、攻撃は続いている。
「魔法?」
「どうしたルルルン?行くわよー」
「あ、はい」
勘違いするはずもない、向けられた気配は間違いなく魔法によるものだった。
「勘弁してくれよ」
平和に暮らしたいルルルンにとっては、ノイズでしかない邪な気配。しかもこれは『呪い』に分類される厄介な魔法、うんざりするルルルンは
「マリア姉さん、先に行ってて、すぐに次の現場いくから」
「なんだい?トイレ?」
「まぁそんなところ」
嘘をついて申し訳ないと心の中で謝りつつ、呪いを飛ばしている相手の居場所を探知魔法を使い探りを入れる。
「
指をパチンと鳴らし魔力を周囲に拡散させる、意識を集中させ、魔力を持つ人間を特定する。
「いた」
目を開け、殺気を出し続ける魔法使いの場所へ移動しようとするが。
「ルルさん」
聞きなれた声がルルルンの行動をキャンセルさせる。
「シア?」
目の前には笑顔のシアが立っていた。
「前話してた新しい仕事ですか?」
「あ、あぁ、そうだよ、聖帝騎士団の雑用!」
「すごいですよね、教会の仕事なんて、憧れます」
「憧れるものでもないよ」
シアと話しながらも、強まる殺気にルルルンは警戒を怠らず、相手の場所を視認する。
「どうかしました?なんだか難しい顔してます」
「え?あぁ、朝早いから寝不足でさ、ははは、朝ご飯もまだだから、お腹減ってるのかな?」
「朝ご飯は食べないとだめですよ!!」
「分かってるけど、料理苦手だから、ははは」
シアとの会話をしながら、殺気の主を視界に捉える、フードを被った怪しげな魔法を使う輩にルルルンが睨みを利かすと。それに驚き、殺気の主はゆっくりと路地の暗闇に消えていく。
「(俺の事、気が付いてるのか?)」
「ルルさん?」
「あぁ、ごめん、シアは昼から食堂?」
「はい、今日も夜までです」
「じゃあ、夜にまた食堂で」
「はい、では……」
シアが何かを言いたげにリアクションをしている。
「ど、どうかした?」
「あ、いえ、な、なんでもありません!!お仕事頑張って下さいね」
「うん、じゃあまた!」
嬉しそうに小さく手を振るシアに、手を振り返して雑用の仕事に戻るが、モヤモヤした感情が残る。
「ただ挑発してきただけ?なんなんだ」
何かを確かめるように、攻撃性のある魔力を飛ばしてきた、謎の存在の行動を深読みするが、思い当たるふしはない。楽観的に、まっいいかで終わらしたいところだが、ライネスに後で聞いてみるかと、ルルルンは今回の出来事を胸に留める。
そして、路地に消えたフードを被った魔法使いは、一人ほくそ笑む。
「なるほど、確かに普通ではない、どうやってこちらに気が付いたのかも分からない」
フードの魔法使いの正体は、塔の魔女の側近フェイツ、報告にあった青い髪の魔女を探してマギリアに潜んでいた。ようやく見付けたターゲットが想像以上だと、満足の表情を浮かべる。
「普通なら発狂して死んでしまう呪いを飛ばしたのに、あいつは簡単にそれを無効化した……いいぞ……これなら、塔の魔女様もお喜びになる」
ルルルンの存在がフェイツの野望に火をつける。「首都マギリア」で大いなる野望が始まろうとしていた。
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