第28話 星空の誓い

 二人は帰路につく。特に言葉もなく、先程までの激しい戦いが嘘のような静かな夜、背中にいるライネスの顔を見ようと顔を少し上に向けると、空一面に星の海が広がっている事に気が付く。「キレイだ」と心の底から感じるのは、ライネスもその視線に入っているからだろうか。本当にキレイな星空だった。


「ねえ、ライネス?」

「ふぁ??」


 ルルルンが、背中でうとうとしていたライネスに声をかける。


「ごめん、眠かった?」

「いや、問題ない」

「無理してない?」

「してないぞ」


 慌てて取り繕うが、寝ていた事はバレバレである。


「聞きたい事があるんだけど」

「なんだ改まって?」

「なんでライネスは、てか、聖帝騎士団は魔女を討伐しようとしてるの?」

「……それは前も話しただろ?魔女はこの世界に害をなす存在だからだ」


 その話は、確かに以前ライネスに聞かされた話だ。強大な力を持った4人の魔女によって、世界が気まぐれで滅ぼされるかもしれない状況だということ。

 ……しかしルルルンは、少しだけ疑問に思っていた事がある、それは、この世界における魔女の『目的』についてだ。


「あれからさ、結構考えたんだけど、やっぱり分かんなかったんだけど、魔女は、具体的に何をしようとしているんだ?」

「何を?」

「そう、世界を支配したいとか、最強の魔法を研究したいとか、永遠の命を手に入れるため、世界中の命を生贄に、大規模な魔法儀式をしたい!とか」

「わからない」

「わからない?」

「なにが目的かと聞かれれば、それはわからないんだ」


 何となく予想はしていたものの、やはり納得はできない答えであった。世界共通の敵である魔女の目的が不明、にも関わらず、魔女は討伐されるべしと世の中ではそれが共通認識になっている。

 目的が不明なのに……何故討伐する必要があるのか?雲がかかっていた想像はさらに不明瞭になる。

 ルルルンは「もしかしたら」ではあるが、可能性の話をする。


「じゃあ、世界はなんで【魔女は討伐】って決めちゃってるの?」

「それは」

「相手の目的も分からないのに条件反射的に討伐って言ってるなら、俺は何で?って思うんだ」

「それだけの理由が……あるからだ」

「魔女戦争?」

「そうだ」


 かつて起こった、魔女による虐殺、それを引き金に起こった旧騎士団と魔女の大規模な戦争。結果は旧騎士団の全滅で幕が閉じた、騎士団側には大義名分があった。虐殺の事実はこの戦いの引き金に足る大事件である。しかし、ルルルンはそれよりも以前、火の魔女が虐殺を行った理由を知りたいと考えていた。未だに誰も知りえていない魔女の行動理由、直接的な大きな被害はその一件、火の魔女と塔の魔女以外は、世間に現れてもいない完全に引きこもっている無害の魔女だ。


「対話は出来ないのかな?」

「魔女とか?」

「あぁ、話してみたら意外といい奴かもしれないぞ、俺って前例もあるだろ?」

「それは……」

「火の魔女の話も、実際に見てないんだし、もしかしたら悪意はなかったとかさ」


 会話の途中でルルルンの肩をライネスが強く掴む。


「ライネス?」

「……私の両親は、火の魔女に殺された」


 ルルルンの足が止まる。


「私は、火の魔女の虐殺で唯一生き残った、生き証人だ」


 ライネスの口から零れた言葉は簡潔で、誰にでも分かる十分すぎる意味を持っていた。ルルルンの中でぼんやりとしていた魔女の悪性が、一気に現実味を帯びる。


「……ごめん、軽率だった」

「大丈夫だ」

「いや、ほんと、なにも知らず……ごめん」


 軽率に自分の意見を押し付けようとした事に、ルルルンは俯き、ライネスに謝罪する。ライネスはそんな顔しないでくれと、ルルルンに促し自分の思いを語る。


「ケイスケには聞いてほしい……」

「うん」

「……たしかに、魔女の目的は誰も知らない、4人が4人同じではないからだ……私の両親を殺した魔女は10年前突然現れた」

「突然?」

「奴は突然現れて街を4つ焼き払った、理由はわからない、いきなり現れて、建物も、人間も、動物も、なにもかも、全て炎で焼き尽くした。誰一人逃がすことなく、全て、全てを炎で包んだんだ……私はなにが起こっているのか理解できず、ずっと泣いていた。記憶はほとんどない、炎の熱と、知っている人たちの叫び声と、私の両親が目の前で奴に焼き殺された事だけが、鮮明に記憶に残っていて、何もかも奪われて絶望に伏してる私に魔女はこう言った」


【呪えその力はいずれ私の糧になる】


「私は魔女に生かされた、理由は分からない、言葉の意味もどうしてこうなったのかも、分からないまま……ただ私は魔女の気まぐれで生かされたんだ……何の力もなかった私はただ怯えて見ているだけで、焼き殺される父と母を助ける事はできなかった、手を差し伸べても熱くて、熱くて……何も……何もできない……そんな己の無力さが憎かった、たまらなかったんだ。だから私は強くならなくてはいけない、この手であの魔女を打ち取るために、だから……」


 言葉が出ない、何か言葉をかけようとするが、ルルルンは聞いている事しかできなかった。思いつく言葉の数々は、事情を知らない第三者の浅はかなものだった。


「ケイスケ?」

「……悔しかったよなぁ、そんなの、そんなの」


 ルルルンは大粒の涙を流していた、ライネスの根源に触れて、ルルルンは涙を流さずにはいられなかった。


「なんでケイスケが泣くんだ!」

「泣くにきまってるだろ!馬鹿なのライネスは!」

「馬鹿って言うな!」

「ごめんね!馬鹿じゃないよね、ごめんね」


 両親を目の前で、魔女に悪意を持って殺された、魔女に対しての執念、初めて会った時のライネスの反応、全て納得した。


 ライネスの強さは両親の無念を晴らすため。


 そのためにどれだけの努力を重ねてきたのか、剣と拳を交えたルルルンには痛いほど伝わった。彼女の意思の強さは、自分の理解の遥か先にあった事に、浅はかな自分を呪いたくなるくらい、後悔と慈悲の気持ちで涙が止まらなかった。

 この世界にとって、魔女がどんな存在なのか、ライネスにとって魔女がどんな存在で、それをどう思うのか、ライネスの気持ちを考えると、ルルルンの心は酷く締め付けられて、感情が溢れてしまう。


「泣くな、馬鹿」

「馬鹿って言うな!」

「ごめん」

「ごめん」

『ごめん』


 声が重なった、ごめん、いろんな意味が重なったその言葉が、星空の下で重なって風に溶ける。


「今でも俺が憎い?」


 ルルルンは恐る恐る聞く。


「そんなわけない」

「……でも俺は魔女だ、世間からすれば、そう呼ばれる存在だ、きっと世界は俺の事を許してくれない、俺が逆の立場だったら、ライネスだったらきっと許せない……」


 どんな事をしてきたのか、そんな事は関係ない、ルルルンが魔女と呼ばれる存在である事実は変えられないのだ。魔女の行った業は世界からは消えることなく、永遠に遺恨として残り続ける。

 ライネスの両親を殺したのが魔女ならば、ライネスにとっては魔女と呼ばれる存在は、全て復讐を果たすべき敵だ。


「俺がライネスなら、許す事なんてできない」


 前の世界でもそうだった、魔法を使える者が、使えない者を差別し、迫害した。長く続いた支配の図式は、魔法が使えなくなった世界で逆転する、過去された記憶は遺恨として消えず、報復と言う形で元魔法使い達は逆に迫害されていった……決して許されることは無かった。

 ケイスケはそれに必死で抗おうと奮闘したが、憎しみの感情を消す事は叶わなかった。過去の恨みを忘れて仲良くしようなんて絵空事、そんなことはルルルンが一番理解していた。だからこそ、この世界で魔女として扱われる自分の立場、それを容認してくれているライネスに甘えているのではないかと、心配になってしまうのだ。


 心配をしているルルルンとは逆にライネスは何を心配しているんだ?と言わん表情で。


「違うだろ」


 優しく言葉をかける。


「だけど」

「お前は、」

「俺は、」


 言いかけたルルルンの口をライネスは遮る。


「魔法少女なんだろ?ルルルン」


 ライネスがルルルンの頭をポンポン叩いて優しく言った。

 ルルルンの心に響く優しい言葉だった。


「お前は魔女じゃない、そんなのは、あの時無理やり空に放り出された時に分かった」


 いたずらな言い方だが、ライネスはルルルンに、お前は魔女じゃないと念押しする。

 その言葉はルルルンの曇った気持ちを晴らすには十分な救いの言葉だった。


「あれは、悪かったよ」


 ライネスの皮肉に微笑んで謝ると、張りつめていた空気は解け、いつもの2人の空気に変わっていた。


「それに、憎い魔女の背中で寝ぼける奴がどこにいる?」

「それはライネスが、その」

「なんだ?」

「いえ、なんでも」

「ケイスケは、もう魔女の事を心配しなくてもいい、魔女と戦うのは我々聖帝騎士団の役目だから」


 ライネスにもう一度頭をポンと叩かれ、ルルルンはゆっくりと歩き始める。


「ケイスケは、ケイスケの夢のために頑張ればいいんだ、会社っていうのを作るのだろ?」

「そうだけど」

「私は、ケイスケの夢が叶うことが、なにより嬉しい、だから私は魔女を倒し、ケイスケの夢を叶えられる世界にしたい」

「ありがとう」

「まあ、ケイスケが協力してくれるなら、それはそれで心強いっていうのは本音だがな」


 冗談を交えて、お互いが笑う。


「さっきは冗談ぽく手伝うとか話したけど、本当に困ったときは呼んでくれよ」

「困ったらな」


 そんな冗談を言いながら、泣いたり、笑ったり、いつまでも続きそうな時間はゆっくりと過ぎて……二人は満天の星空の下、ゆっくりと帰路についた。



 魔女の気配にまだ気が付く事もなく……。 

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