『リスキーゲーム』

3-1. 面白そうじゃん?

 趣味はまぁ、ネットショッピング。

 家にいながら色んなものが買えるって最高じゃん? 十八で働き始めてからずっと、俺はネットショッピングにハマってる。まぁ、大きいサイトは一通り使ったことがあるけど、最近ハマってるのはこれ。「tique」っていうサイト。


 言っちゃえばアンティークっていうの? 古いものを扱っている物流サイトで、掘り出し物の壺とか、絵とか、オブジェとか、そういうのが買える。安くて五万くらいの買い物だから、一度使うと結構な額を持っていかれるけど、ああいう歴史を感じるものって、家に置いとくと何だかいい身分になれたみたいで気持ちいいんだよね。


 tiqueの仕組みは、マッチングアプリとかフリマアプリみたいなところとちょっと似てる。売り手が自分の持っている商品をサイトに載せておく。で、買い手がそれを見て「欲しい」と思った時に入札の意思を示す。価格は基本的に売り手側の提示額固定だが、売り手側との交渉もダイレクトメッセージなんかでできて、まぁ多少の融通は利く感じ。


 いい商品をたくさん売った売り手は有名になる。インフルエンサーみたいな? 必然そういう人から買うことを目的にしている人もいる。何せ目利きから買うんだから確実ってわけだ。でも俺は、ちょっとマニアックというか、あまり名の知られていない売り手から買うのを楽しみにしていた。だって、アンティークだぜ? 謎めいているものを買った方が楽しいじゃん。


 そういうわけで、俺はあのゲームと出会った。

〈リスキーゲーム〉

 商品の名前だ。

 何とかって名前の絵だとか、漢字の読み方も分からないような壺が並ぶ中で、カタカナの、それも「ゲーム」なんてのがついた商品は珍しかった。一応言っておくと、tiqueは中古ゲームなんかも扱っているから、ちょっと古い家庭用ゲーム機なんかをサイトの中で見ることはあったが、でもその「リスキーゲーム」は「オブジェ」コーナーにあった。中古ゲームなら「ゲーム」のコーナーにあるはずだ。


「リスキーゲーム」

 声に出して読んでみる。不思議だ。何かワクワクする。

 商品ページを開いてみる。出品者は「Lenfanir(レンファニル)」さん。アンティーク屋っぽい名前だ。

 ただ、商品ページからだけではちょっとどんなものなんか想像がつかなかった。碁盤? でも白黒だな。チェス盤の目をもっと細かくしたような、板……? ただチェス盤と違うところは、どうやら目のひとつひとつが四角形の木片でできているようで、どうもこれを動かすなり何なりするパズルのようだ。


 俺は出品者にダイレクトメッセージを送ってみた。興味があります。どんな商品ですか。


〈快感、とても、です〉

 ちぐはぐな返事。ははぁ、と俺は察する。中国系か、もしくは東南アジアか……。とにかく、国内の出品じゃない。

 と、続けざまにメッセージの通知があった。

〈夢中なります、ぜったい〉

〈あなたを離さないとても〉

 機械翻訳にかけたみたいな日本語だったが、続いた一言が俺の背中をぐっと押した。四通目のメッセージにはこう書いてあった。

〈割引します〉

 シンプルな一文だと伝わりやすいな。俺はそう笑って、購入ボタンを押した。



 リスキーゲームが家に届いた。梱包は割と丁寧で、その点は好感が持てた。

 段ボール箱を開けると、中にそれがあった。リスキーゲーム。チェス盤みたいな白黒模様。でもやっぱり目は碁盤みたいに細かい。取り出してみると、思ったより厚みがあった。コンクリートブロック二個分くらいの厚さ。けど見た目の割に軽い。側面にもチェス盤みたいな模様があって……これ何て言うんだっけ? ああ、思い出した。寄木細工みたいな箱だった。

 説明書のような紙切れが一枚入っていた。手に取り、読む。


〈快感です〉


 そう書かれてあった。相変わらず滅茶苦茶な日本語だ。

 ただその説明書には絵がついていて、どうやらそれがこのゲームの遊び方を示しているようだった。やや難解な絵だったが、おおよその遊び方は理解できた。まぁ、これくらいの苦労はあった方が面白いんじゃん? アンティークだし。


 どうも俺の予想通り、碁盤の目のひとつひとつが動く仕様になっているらしい。そのひとつひとつを(タイルって言えば通じるか?)動かしたり押し込んだりして、どんどん下の層に行くことが目的のゲームらしい。コンクリートブロック二個分の厚さの木の塊があんなに軽かったのは、どうやらそういう理屈のようだ。中がスカスカなんだ、あれ。


 第一ステップとして、適当な一面の模様を黒半面と白半面に分ける工程があるようだ。


 早速触ってみる。説明書の絵によるとどこかのタイルが引っ込んでそこを起点にタイルを動かすことができるようなのだが……しばらく触っても引っ込みそうなタイルは見つからない。

 撫でまわすだけじゃ駄目だな。これはひとつしらみつぶしに……と、細かなタイルの一枚一枚を押して回る。全部でいくつあるんだ? ざっと一辺に五十個くらいタイルがあるから、まず一面だけで二千五百個、そんで側面も合わせると……結構あるな。


 へぇ、面白そうじゃん? 


 全部押して回ってたら日が暮れる。何か攻略法は……なんて、デスゲームの主人公になった気分でぶつぶつ考えながらゲームを楽しんだ。二時間くらい遊んだ頃だろうか。急に何かが降ってきた。あれ、もしかしてここ、押せるんじゃないか? 


 カチッと音がして、タイルが一枚、本当に僅かにだが、引っ込んだ。よく見てみると、タイル一枚分の厚さだけ引っ込んだようだ。

 そこからはするする解けた。後はスライドパズルみたいなものだ。幼稚園の頃に遊んだような。あれよりボリュームはずっとあったが、でも楽しくリズムよくタイルを動かすことができた。また二時間くらい遊んでいただろうか。俺はリスキーゲームの一面を、完全な黒半面、白半面に分けることに成功した。ふう、とため息をつく。


 ……はぁ。続けてため息が出た。楽しい。これすっごく楽しい。やってることはシンプルだし、人によっては退屈に感じるかもしれないが……頭を使う感じ、指先を使う感じ、創意工夫して、問題に取り組む快感、どれもが最高だった。俺は昔一度、ルービックキューブを極めたことがあるのだが(一応三十秒内に全面揃えられるくらいまでには極めたことがる)、あんなの比較にならないくらいの快感だった。知的快感ってやつ? 俺には縁がない言葉だと思ってたけど。


 黒半面、白半面になったリスキーゲームを見る。綺麗だ……美しい。

 最初の工程でタイル一枚分だけ奥に押し込んでいるので、黒白半分になったとはいえ、白の方に一か所凹んでいるタイルがある。

 よく見てみると、凹んだ縁のところに小さく、文字が書かれていた。目を凝らして読んでみる。


〈first gate〉


 ふぁーすとげーと。

 俺の貧困な英語の知識でもその程度は読めた。ファーストゲート。第一門。第一「問」じゃないんだ? あれ、問って英語で何て言うんだろ。


 まぁ、いいや。第一関門突破みたいな意味だろ。そう思ってリスキーゲームを横に置き、ごろりと寝転がった、その時だった。


 電話があった。もうしばらく使ってない通話アプリを通じての連絡だ。久しぶりだなぁ、なんて思いながらスマホを手に取ると、何と何と、我が愛しの妹からの電話だった。まぁ、愛しの、なんてのは冗談で、俺と妹との仲は最悪。妹が高校生の頃なんて俺が先に風呂に入ろうものなら一度湯を抜いてもう一度風呂を入れ直すようなことをする馬鹿だったが、あいつが女子大に行ってから、多少俺への態度も柔らかくなった。今は実家から都心のキャンパスに通っているらしいから、高卒の俺にはちょっと想像のつかない世界にいる。

 そんな妹からの連絡なんて何だろう、と思いながら出た。


「もしもし?」

〈もしもしお兄ちゃん?〉

 何だか緊迫した様子の声。何があったのだろう。

 するとそんな俺の不安を貫くような大声で、妹がまくし立ててきた。

〈お母さんが倒れた! 今病院! 先生が言うには、もしかしたら……って〉

「えっ?」

 おふくろが病院? しかも先生がもしかしたらって……あんな、大根片手に魔王討伐してそうな妖怪婆さんが? 

「病院って何だよ。病気してたのか?」

〈分かんない。分かんないの。昨日まで元気だったのに、さっき急に……〉

「さっきっていつ?」

〈二時間くらい前。本当に急に倒れたの〉


 二時間くらい前……。

 ふと思う。俺、何してたっけ……。

 と、目線が吸い込まれる。部屋の一角。そこに置かれた箱。


 リスキーゲーム……。

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