差し伸べられたその手
闘牛場へ向かう一行。
ヴァロリアには無い名物とあってみな楽しみにしていた。
「バミリオンの国技と言っても過言ではない!さあ、存分に楽しんでくれ」
貫禄のある王が挨拶をする。
一同は王の座の下に並んだ席で観覧する。
場内に立つ男が声を張りあげる。
「最初の闘牛士は―――――!ヴァロリアからのご来賓を歓迎し、我ら王と愛人の息子!!―――――レーオナルド!!」
「「えっ」」
「…………」
ヴァロリアの一同はぽかんとする。紹介の仕方もダイレクトである。
「これ、危険はないのでしょうか」
「さあ、レオナルド様はいつもされてるのでしょうかね」
すると、背後から耳をつんざくビオラ王女の怒号が飛ぶ。
「なにしてるのよー!!バカタレ!!!」
「どうやら、これは異例みたいだね」とアンリーが苦笑いする。
しかし、王は
「あいつの思い切った度胸は気持ちが良い。さすが我が息子だっ!!」
それを聞いたエルナンド王太子は怒りに震えている。
「―――ヴァロリアの王太子 フィリップ殿下!!
私がもし闘牛に乗ればリリアを無罪放免!ヴァロリアの民として受け入れてくれますか―――!!!」
とレオナルドが下から叫ぶ。
「あいつ、あんなこと言ってポニーでも牛だって言って出すんじゃないかしら」とビオラがぼやく。
観客は沸き立ち、王が更に便乗する。
「フィリップ殿下、どうかね?」ギラついた顔で黒くギョロリとした目を向け二度頷く。その顔はイエスと言えと言わんばかりである。
王は盛り上がれば満足なようで、リリアの処遇など眼中にないらしい。
ヴァロリアの面々も誰も反対はしないようだ。
「―――分かった!リリアが望むなら受けいれよう。レオナルド!」
歓声が湧き上がる中リリアは固まり、エルナンドは怒りを通り越したように無表情である。
赤い布を振り上げたレオナルドの合図で、檻の鉄柵が開けられる。飛び出てきたのは紛れも無く闘牛であった。
興奮した観客は、みな立ち上がる。
レオナルドは幾度も向かってくる闘牛をかわす、なかなか角を確保する程には近づけない。
「キャーーーッ」
危機一髪角に突き刺されそうになる度悲鳴が上がる。
リリアも直視できないようであった。
ビオラは鼻息荒く、立ち上がり。
「父上、止めましょう!」と叫ぶ。
しかし次の瞬間、下に伏せた布めがけた闘牛の角に掴まり狂い跳ね回るその背に見事、レオナルドは乗っていた。
そして、拍手と歓声の中振り落とされ逃げながら尻を突かれそうになり間一髪で場外へ転げ出たのだった。
闘牛の閉幕後
レオナルドはフィリップ達の前へ立つ。
「さ、フィリップ殿下 男に二言はない よね?」
「ああ 何故あなたはあそこまで?」
「さあね。悲しげな美女が居たら放っておけない質で」
と笑う。
皆の視線はリリアへと向けられた。
その隣には微動だにせずレオナルドを睨むエルナンド。
「リリア、ヴァロリアの民として戻るか?」
フィリップは穏やかに問いかける。
視線をフィリップに上げたリリア。
その目は零れ落ちそうな涙を震わせ耐えていた。
(どうしてそんなに優しいのですか。どうして何度裏切ってもチャンスを与えるのですか。ヴァロリアに、行きたい。ただ、民としてでいい。フィリップ様、あなたの愛がほしいなんて醜いことはもう望まない。この地獄から逃げてしまいたい……)
「私は……ヴァロリアには戻りません」
そう言ったリリアは一輪の花のように明日にはまた枯れてしまいそうな儚い笑みを浮かべた。
その儚い笑顔と引き換えにフィリップの穏やかな笑顔が消えた。
エルナンドに脅されているからか?と問い詰めそうな自分を抑え小さく返す。
「そうか……それで良いのか。『幸せはまた訪れる』スズランの花言葉を忘れるな お前が飲んだ毒だ リリア」
ロザリーヌの受け売り花言葉である。
納得いかずエルナンドに向かって行こうとするロザリーヌをダミアンが止めた。
◇
その後ヴァロリアの一行が去る時
ビオラ王女は「嫁に欲しくなったら言ってね」とウィンクする。
ロザリーヌとダミアンには「早く二人のベイビー見たいわ」と茶化したのだった。
フィリップは、レオナルドをじっとみる。応えるようにレオナルドもフィリップに頷いたようだ。
ロザリーヌはずっとリリアに目を向ける。
すると、リリアがじっとロザリーヌを見て、微かに微笑んだ。それは、作られたものではなく自然とこぼれたように思えたのだった。
後ろ髪を引かれながらダミアンに手を引かれ馬車へ向かうロザリーヌをリリアが呼び止める。
「ロザリーヌ!」
ハッと目を見開いて振り返ったロザリーヌに走りよるリリア。
「ごめんなさい。……また いつか」
「うん。また会いましょう。いつかじゃなく、絶対にっ」
とロザリーヌは鼻をすすりながら笑った。
その後フィリップを見たリリアはエルナンドの隣で何も言葉には出来ないが、同じく微笑んでいた。
(さようなら フィリップ様……ありがとう)
◇◇◇
リリアは自室で鏡の前に座る。
零れ落ちた涙一粒二粒を拭う。
そして、気が抜けた表情をぐっと引き締め鏡に映る己を睨みつけた。
「リリア リリア」
部屋を訪ねてきたエルナンドを迎えるリリア。
ヴァロリアへ皆が帰ったからか、明るい声を出すエルナンド。
「良かった。君はついていかなかった」
「当たり前よ。エル あなたは私を愛して守ってくれると言ったわ。私が二度と悪に染まらないように見ててくれるって。」
「……リリア?」
瞳孔が開いたように大きな瞳を向けるリリアにエルナンドは少々戸惑う。
「エル 私は愛し方がわからないの。でも、あなたが私を助けてくれると思ったわ。ねえ エル 助けて」
「…………」
何も言わないエルナンドに近づき口づけをするリリア。
そして、その唇を噛んだ。エルナンドの唇から血が滲む。
唇に触れ血の付いた指先を見たエルナンドは表情を強張らせる。
「何するんだ!僕を傷つけて良いと思うの?」
とリリアを押し飛ばす。
「ごめんなさい、これが愛情だと思ったの。エルがいつもしてくれたから。痛い?痛いでしょ。ごめんなさい」
と涙を溢れさせる。
「リリア、ごめん 大丈夫だよ。僕が守ってあげる」
と座り込んだリリアを抱きしめる。
リリアはエルナンドの肩に顔を乗せたまま笑みを浮かべた。
(歪んだ愛情ね。私と同じ。ふっ馬鹿みたい ほんと馬鹿みたい……壊さなくちゃ こんなもの)
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