黒いマスクの男
社交界の出来事といい、記憶喪失など噂が尽きない元王女ロザリーヌは教会とレストランを行き来し静かな日々を送る。令嬢達のお茶会やパーティーに誘われるも顔を出さずにいた。
ある日、ロズベルト執事から改まって話があると言われ屋敷のダイニングテーブルに向かい合って腰をかける。
「ロザリーヌお嬢様 御存知の通りシャンティ家は今となっては名ばかり侯爵家であり、その……富も家柄も何も無いに等しい。いわば貧乏侯爵家でございます。」
丁寧だがなかなか酷い言われようである。
「お嬢様はこれから先、生きていかねばなりません。ま、私は片足を棺に突っ込んでおりますが。やはり子孫も残しておくべきです。で、ですね。縁談の話がございます。」
リリアは、早くロザリーヌに嫁いでほしいため人脈を使い両親を使い、ロザリーヌ シャンティ侯爵令嬢の婚約者候補を募り動き回っていたのだ。
だが記憶喪失、フィリップ王太子が固執する元王女。さらに富も家柄もない。面倒な元王女というイメージが定着した今、なかなか誰も名乗り出なかった。
しかし、その噂を知り名乗り出た者が二名いたのだ。
「一人はオルジアン王族貴族のロイス様、えーっともう一方が、クリストフ・キーズ伯爵家当主の甥にあたる……ああ、すいません名を忘れました。」
「あはは、あのロズベルトさん、ロイス様は、その……苦手です。ごめんなさい。」
「そうでしたか、王族貴族だからと思いましたが何か訳ありならば、仕方が無いですね。ではもう一方とお会いしますか。」
深いことはさらりと流す分をわきまえた執事である。さすがは年季がはいった執事である。
「はい。ありがとうございます。」
(そっか、お見合いと言うやつ。仕方がない。どんな方か伯爵家の甥?会ってみよう。これ以上王宮の皆をかき乱すわけには行かない。フィリップ様の異変がある限り私と関わればみんな苦労する。
それを知ってるからほとんどの令息がお見合いだって嫌がってる。あ、この世界はお見合いお断りしますってあり?!即効でお断りされる可能性も?!)
ロザリーヌは転移前の性格上やはり自己評価が低いのである。
「あの、その方に断られたらもう後は無いと言うことですよね?」
「はあ。そうなりますかね。しばらくは……ただ、お相手はロザリーヌ様を把握されているかと。元王女は有名ですので。
あ、いっその事フィリップ王太子のお気持ちに応えるという選択肢も無きにしも非ずと存じますが。あ、いえ。忘れてください。お嬢様。」
フィリップは何度か使いを寄越し宮殿に来るよう言っているがロザリーヌはあれ以来足を運んでいない。
◇◇◇
数日後、ロザリーヌのシャンティ家に招待状が届く。
クリストフ・キーズ伯爵から仮面舞踏会の招待状であった。
「ロズベルトさん、仮面舞踏会って!?」
「ああ上流階級の戯れです。あ!お嬢様くれぐれも怪しい男性にはご注意を。必ずクリストフ伯爵の甥という方だけをお相手してください。私も昔はよく足を運びました。あ、もっと砕けた一般庶民のですが」
「その場に伯爵様はおられますか」
「ええ。タルテ家のあの赤毛のお嬢様も行かれるのでは」
当日
マルチーヌ男爵令嬢からロザリーヌは仮面を借りる。
「……これなら知り合いはすぐ分かるわね。」
「……そうね。」
ロザリーヌの仮面は眼鏡に毛が生えた程度の孔雀のような羽をあしらった緑のものである。
「私もすぐに分かるわ。だってこの髪だもの」
ロザリーヌは迎えに来た馬車にマルチーヌと乗り王都の外れにある屋敷へと向かった。
中から出てきたエプロンとアームカバーをしたメイドの女性が
「お待ちしておりました。受付で招待状とボディチェックをいたします。こちらへ」
仮面舞踏会では以前暗殺未遂事件が多発した為セキュリティチェックをするのが常であった。
「あの、クリストフ伯爵様は?」
「旦那様は最初にご挨拶をされますので、どうぞ中でお待ちに」
「お お邪魔いたしますっ」
仮面を付けているとはいえ、みな知人友人をすぐ見つけて話に花が咲いているようであった。
ロザリーヌはマルチーヌと隅っこによりパトリシア達に出くわさない様に小さくなっていた。
前の方で人一倍大きな声を張り上げる中年男性。
彼がクリストフ伯爵である。
挨拶を終えた伯爵はあろうことか、身を潜めているロザリーヌを呼ぶ。
「ロザリーヌ・シャンティ侯爵令嬢!居られるかな?――――あれ?!」
フルネームで叫ばれるなど仮面舞踏会の意味は全く無い。
見兼ねたマルチーヌが手を上げ合図した。
一直線にやって来たクリストフ伯爵。
その背後から伯爵について歩く黒ずくめの男性。顔半分が黒いマスクに覆われている。
「これはこれは、ロザリーヌお嬢様 御足労頂きありがとう。食事に招待するつもりがね、うちの毎年恒例の仮面舞踏会で会いたいと言うもんだから」
「こちらこそ。お招きいただきありがとうございます。」
伯爵に促されロザリーヌの前に立った黒い仮面の男。
話をしようとした時、音楽が奏でられる。
「ロザリーヌお嬢様 まずは踊りましょう」と彼は手を取った。その手はゴツゴツしていて鍛え抜かれたようであった。
向かい合って仮面からちらりと覗く瞳をロザリーヌはじっと見るも彼がぐいっと抱き寄せるようにした為、互いの顔は見えない。
踊る二人はそのまま会話する。
「あの、執事がお名前を聞いたか聞いていないかで分からなくてですね。失礼ですが、おなま……」
「それは失礼だな。私に名を名乗れと?」
「……!?」
(なんだかキツそうな言い方……だけどなんかこの感触……この香り……)
一曲が終わるとすぐ、彼はロザリーヌの手を引き屋敷の裏庭に出る。
所々に置かれた椅子やテーブル、ベンチシートに仮面をつけたままの男女が座り寄り添い愛を確かめあっている。
(―――なに?!ここは!!)
隅のベンチシートにロザリーヌを座らせると黒い仮面の男はそのまま口づけをする勢いで顔を近づける。と急に笑い出すのだった。
「ああ はははは すいません。本当にごめんなさい。からかいました。」と仮面を外した素顔はダミアンである。
「ダミアン?!伯爵様の甥になりすましたのですか?」
「なりすまして、どうするのですか 私は」
「え さあ」
ふっと笑みを浮かべたダミアンはロザリーヌの前に片膝をついた。
「ロザリーヌ・シャンティ侯爵令嬢 今宵はお会いできて光栄です。クリストフ伯爵の妹は私の母。私、ダミアン・アンドレはアンドレ家の次男です」
(ということは……ダミアンは貴族の令息?!いや違う?婚約者として本物?ダミアンが婚約者に?!)
しばらく目をぱちぱちして状況を把握したのか、しないかのロザリーヌ。
「ダミアン 私の婚約者になどなればフィリップ様が……」
「平気です。お忘れですか、私はあなたの為ならこの国の王にでも刃を向けます」
「それは王女だったから……」
(はあ ダミアンは騎士のプライドが高いから……私を守ろうとしてくれてる。自分が危険にさらされるかもしれないのに…… )
「アンドレ家は今や貴族とはいえません。この王都から外れた田舎に領地をもつ領主です。私は家を出て騎士となった身、大した贅沢は、させてあげられません」
「あの え、ほんとには結婚しないですよね?その、婚約者のフリですか。フィリップ様が正気を戻されるまでだけ。」
「いえ、直に伯父が皆に言いまわります」
「え」
「駄目ですか?」
「あ、いえ。あの、王宮は知っていますか?あなたの叔父様がクリストフ伯爵だと」
「騎士団長とメリは知っていますが、調べられれば直ぐに分かることです。」
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